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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第一章
14/122

1-9


「凄いな。まるでムービーだ」

 冷たくも涼しい風を受けながら、俺は目の前の光景に感心していた。

 風には潮の匂いが混じり、海に来たという実感を得られた。

「たしかに。中世の港町に来た気分」

「同感だ」

 城下町での脱童貞未遂事件から数日、俺達はあの城から更に北に行ったところ、大陸の端に位置する港へと来ていた。

 到着直後に一度既に見ているというのに、隣にいるミノルさんとアールもまた俺と同じように目の前の光景に驚き続けていた。

 前には広大な海があり、眼下の港の船付き場には大小様々な帆船が停泊している。その数は十では足りず何十、もしかしたら百をいっているかもしれなかった。

「それに、これが全部軍艦とは……」

 ミノルさんが苦みを混ぜた声で呟いた。

 停泊している船は全て軍艦だ。装甲となる鉄板が貼り付けてあり、大砲が乗っている。船の上やその周囲、荷運びをしている船員を監督しているのまで全員が軽装ながら鎧をつけ、腰には剣を下げている。

 俺達のいる場所だって分厚く高い、まるで砦のような壁の上で、ちょっと視線を横に向ければ見張り台があり、NPCの兵士達が詰めていた。

 この港町、砦に囲まれた街と言うべきか――砦の中に街があるのは何ら問題ないのだが――陸側には確かに大きな宿泊施設や酒場があったりなど町と言えるが、海側になると軍港といった感じで物々しい雰囲気が漂っている。

「最前線だからね。まあ、物々しくなるのは当然だよ」

 アールが視線を向ける先、海を挟んだ向こう側には小さな影が見える。

 遠過ぎるから分かりにくいが、ここと同じような軍港が、それも山を削って作ったようなまがまがしい砦があった。

「あそこに魔王がいるんだよな?」

「正確には魔王の軍勢。大陸の北側を支配するジブリエル公国と魔王レヴィヤタンはこの海を挟んで睨み合いを続けている」

 なにやらウィンドウを開いてこの世界での設定を読み上げるアール。

 俺達がこの港に着いて行った情報収集の結果、あの海の向こうにPL達の倒すべく魔王がいる事が判明した。

 軍港か砦なのか、それとも山か分からないあの場所に、魔王に従うモンスター達が集まっており、こっちの港にはジブリエル公国という国のNPC兵士達が集まって警戒している。

 魔王はPLの敵であると同時に人族NPCの敵でもあった。

「この港のクエストのフラグとか調べてみたけど、ここと城でのイベントをこなしていくと船が手に入るみたいだね」

「それで向こうに渡ってようやくボスのいる城に行けるということか」

「もっと詳しく調べないと分からないけど、他にも手段があるみたいですよ。多分、いくつかルートが用意されているんだと」

「いや、ちょっと待て。お前、どうやってそれ調べた?」

 予想はついてるが、一応聞いておく。

「ハッキングして」

 だよなー。

「何でもありだなお前。チートだチート」

「何でもじゃないよ。出来る事と出来ないことがある。それに、こうやって情報を得るのはあちらの予想範囲で、見れる情報にも限界がある。せいぜい情報収集の省略程度だよ」

「ふーん」

 あちらと言うのは、制作者の事だろう。

「むしろ、敢えて情報収集の手段の一つとして認めて、回覧しやすいようにしている節がある」

「あっそう」

「聞いてきたくせにこれだよ…………」

 だって面倒臭そうな流れの話だったし。だいたいプログラムとかセキュリティがどうのと言われてもチンプンカンプンだ。理系が全員コンピュータに詳しいと思うなよ。

「ところで、ボスの所に行くためのクエスト、やるんですか?」

 おっかないから個人的には嫌だ。ただ、海に出てみるのも一興なので誰かが魔王倒してここら一帯が平和になったらやってみよう。

「いや、受けない。聞き込みしていたトルジがNPCとの会話で偶然この港に襲撃にくるモンスターのデータを手に入れたんだけど、絶対とは言わないが適う相手じゃなかった」

 ミノルさんがそのモンスターデータを開いて見せてくれたが、確かに隊全員でも難しい相手だった。戦争状態でならこれが何十匹も出てくるらしい。コエー。

「他の開拓隊も魔王のいる場所を発見したみたいだけど、やはり周囲のモンスターに阻まれて進めなかったようだ」

「ふうん」

「……魔王討伐に関して興味ないか?」

「ない。正直言って、誰かが倒してくれるだろって感じ」

 そうなのか、とミノルさんは苦笑いする。

「……怒らないんですね。不謹慎だと言われるんじゃないかと思ってた」

「自覚はしてるんだ」

「うっせ」

 アールが口を挟んできたので、寄りかかっていた壁の上にあった小石を指で弾く。街の中なので小石はアールに触れる直前に見えない壁によって弾かれた。

「怒りはしないよ。実際命懸けなんだから。そういう待ちの姿勢は否定しない。それに、私だって魔王に挑むか分からないんだ。人の事は言えない」

 意外だ。俺みたいにマップ情報が欲しくて開拓隊に参加するならともかく、わざわざそれのリーダーをやるような人だ。てっきり、率先して魔王を倒しに行くのかと思っていた。

「正直に言うと、怖いからな。今までだって何度もモンスターに殺されかけた事があった。そんな恐ろしいモンスターを従える魔王なんて存在はどんなに恐ろしいか」

 ああ…………この人は恐怖って感情を正常に理解出来てる人なんだな。

「それに……」

「それに?」

 そこでミノルさんは言葉を一端切り、少し恥ずかしそうに笑って誤魔化しながら続きを話した。

「ミサトがいるし……」

 眩しっ!

「うっわ、眩し過ぎて目がやられそう!」

「クゥは心が汚れてるからね」

「お前もだろ、アール。てか、それ普通に死亡フラグだろ」

「いやぁ、ミノルさんって何気に死亡フラグ立てても生きてるから」

「ああ、そういやフィールドボスと戦った時はヤバかったよな。ミサトさんにすっげえ説教されてたけど」

「その後ミサトさん、しばらくミノルさんの傍離れなかったよね」

「――ケッ、ミーミー夫婦が」

「ミーミーって……。それ、セラ君も言ってたけどさ……」

 ミノルとミサトでミーミー。なんだか教育番組のマスコットのようだ。

「それにまだ夫婦じゃなくてだね」

「まだ、だってよ」

「熱いね、まったく。これは是非とも、夕食の肴にして盛り上がらないと」

「か、からかわないでくれ……」

 小さな笑いが俺達の間に起きる。

 だが俺達はその後、この日の事を後悔した。その時に気がついておくべきだったのだ。

 ミノルさんが何気なく死亡フラグを建てていたことに。

 実に、惜しい人を亡くした…………。

「いや、勝手に殺さないでくれるかな? 全部口に出てるから……」




「誰か回復薬余ってないかー。クゥが使いまくっててこっち足りてねえんだよ」

「おーい、ここの街周辺のモンスターデータ、抜けがあるぞ」

「海岸沿いのマップ埋まってないわよ。行ってきたパーティーはすぐに来なさい」

「しまった! ジブリエル名物料理食べ損ねてた。今から食ってく――ヒィッ、サボろうとして申し訳ありませんでしただからお許し下さいセナ様ギャァーーーーッ!?」

 一部悲鳴が起きつつ、ミノルさん率いる北方開拓隊のメンバーは大忙しだった。

 というかセナの奴、攻撃禁止エリアである街の中でどうやってあんな悲鳴を出させているんだろうか。人垣で見えないが、とりあえず周囲が引く程の事だとは分かった。

 長い開拓隊の調査はもう終わりを迎えようとしていた。

 あらかじめ決めていた期限が目の前にまで迫っていたのだ。

 今はジブリエル公国の城下町の宿で、みんなして手分けして集めたマップを初めとしたダンジョンの位置、モンスターデータ、街の見取り図やクエストなどの情報を一つにしているところだった。

 そんなものすぐに終わるだろうと思うが、それぞれが得たデータを一つにするにはアールの作ったオリジナル魔法が必要であり、しかも情報としてデータに残らない情報というのが勿論あって、それを纏める作業もまた多くのPL達の話を統合し整理しなければならない。

 書類作成スキルを持ってないPLや情報を既に伝え終えた者は長い調査によってぐちゃぐちゃになっている共有財産の整理を行っている。

 俺はと言うと、既に得た情報はアールに渡しており、共有財産の整理組にも参加していないので暇を持て余していた。

 俺が触ると余計グチャグチャになるとか言われた。

「……散歩でもするか」

 さすがに宿にいてもしょうがないので、外に出る。

 現実世界のように街灯なんてものは無いが、未だ灯りの消えていないむしろ夜から本番な店だってある。

 このまま妖しい店に駆け込みたい衝動に駆られたが、自重しつつ目的もないまま街の中を歩く。

 ようやく、明日で終わり。

 明日には東西南北をそれぞれ調査していた開拓隊全てが始まりの街に集まる。俺達も朝にはジブリエル公国城下街を出、転送装置を経由して行く予定だ。

 開拓隊の連中との旅は悪くはなかったが、やはり肩が凝る。一人でいる時の方が自由でいい。

 明日、開拓隊のリーダーがそれぞれの調査結果を一つにまとめて、それを参加者全員と掲示板に張り出された後は解散会みたいな感じでパーティを行うらしいが、地図を貰ったら即バックレよう。ちょっとしつこそうなのもいる事だしな。

「…………どこだここ?」

 テキトーにブラツいてたら見知らぬ場所に出た。

 柵に囲まれた大きな木や手入れされた花壇、ベンチがある事から小さいながらも公園だと分かる。

 マップウィンドウを出し、自分の居場所を確認する。

「なんだ、宿の裏側か」

 どうやらグルッと回ってきてしまっていたらしい。暗視スキルで周囲をよく観察すると、公園の入り口のほぼ反対側に宿の建物が見えた。

 どうせだ。このまま宿に戻ろう。また回って行くのも面倒だしな。

 公園を突っ切り、宿に近づいて最初に目に止まった窓に近づいて開け――ようとしたら普通に鍵が掛かっていた。

 他の窓も軽く確認すると鍵が掛けられている。防犯意識が高くて結構な事ですな。ペッ。

 しょうがないので、キーピッキングで開けよう。トラップを仕掛ける為の道具の筈なのに何故かピッキングの道具まで入っているトラップツールを取り出す。

 鍵付き宝箱を開けるためでなく、建物の中に入る為に<鍵開け>を使うと考えると、何故かドキドキする。

 と、イケナイ事への興奮を味わっていると頭上から音がした。反射的にトラップツールを仕舞って見上げると、二階テラスの手摺りにユイがもたれ掛かっていた。

 こっちに気づいてないようで、普段見せる事のない気力が無さそうな顔をしつつ、ポーチから何かを取り出した。

 建物の中から光がテラスに差し込んでいるものの、そっちに背を向け影となっているのでそれが何なのか正確には分からない。

 ただ、それの持ち方からして<暗視>を使わなくても大凡検討がついた。

 ユイはそれを右手で持ち、袖をめくって露わにした左手首に強く押しつける。

「っ……」

 痛みに、顔を僅かに歪ませながらもユイは強く押し当てながら横にゆっくりと引いていく。そしてある程度までいくと手首からそれを離して、静かに息を吐いた。

「はぁ……――っ!?」

 ユイが深く息を吐いて頭を下げた際に目が合ってしまった。

「あ……」

「………………」

 なんつうか、面倒そうなモンを目撃してしまった。だが、向こうがこっちに気がついた以上このまま無視して去るわけにもいかないだろう。

 俺は地面から壁に向かって跳び、壁を蹴ってテラスの手摺りを掴み一気に体を持ち上げて手摺りの上に登る。

「ど、どうしてあんな所に?」

 外から二階に登った俺を見上げながらユイが口を開いた。彼女の右手にはナイフがあり、左の手首にはダメージを表現する青い線が入っていた。

「道に迷った。一階の窓は全部鍵閉まってたけど、二階が開いてて良かった」

 この短い距離で道に迷ったとか、自分で言ってて馬鹿らしい。

「ところで、何で街の中で傷つけられるんだ? 攻撃禁止エリアの筈だろ」

「…………自傷はいいみたい」

「ああ、そうなのか」

 試しに短剣を取り出して指を浅く切ってみると鋭い痛みがはしった。

「本当だ」

「あの…………」

 目を逸らしていたユイは一度目を閉じて開くと、ナイフを仕舞って俺に向き直る。

「何も聞かないの?」

「リストカットのことか? ストレス発散の仕方は人それぞれだろ」

 血とかを周囲につけなきゃ文句は言わないし、そもそもエノクオンラインで血は出ない。

「ストレス…………」

「違うのか?」

「いえ……分かりません。いつの間にか癖になっていたので。ストレスが原因なんでしょうか?」

「いや知らねえよ」

「ご、ごめんなさい」

 どうやら怒っていると思われたらしい。

 確かにリストカットしてる現場なんて目撃して困ってはいるが、俺は別に怒ってなどいない。

 むしろ――

「…………まあ、人に迷惑かけなきゃなんでもいいだろ。とりあえず、傷見せてみろ」

 手摺りから下り、ユイに近づく。

「あっ……」

 ユイの左手を取って傷口を見ながら、開拓隊に入ってからあまり使うこともなかった回復魔法の詠唱を行う。

 詠唱と言っても本当に何か呟くわけでもなく、魔法発動までのいわゆる溜めだ。

 手首の傷は綺麗な直線として真っ直ぐかつ深く引かれていた。ゲーム内での表現なので肉も見えなければ血も出ず、淡い青色になっているだけだ。

 専門じゃないのでトロい詠唱時間中、ちょっとした好奇心でユイの左手を持つ右手の親指で傷口に触れてみる。

「ん……」

「痛かったか?」

「いえ、触れられてる感覚がするだけで痛くはありません」

「ふうん」

 やはり、攻撃禁止の効果が働いているのだろうか。

 指の腹で傷を撫でながら、詠唱完了した魔法を唱える。水属性のそれは補填するように傷口に水を満たすと同時に急速に修復させていく。

 いくら深いと言ってもゲームではカスリ傷程度なので一瞬で治り、青い傷跡は消えてユイの手首は元の白い肌だけとなった。

 ゲームであるからこそ、リストカットの痕は残らない。

「これでよし。ミノルさんみたいな真っ当な人間に見つかったら心配されるからな。今までどうしてたんだ?」

「回復薬を使ってすぐに治してました」

 もったいない。回復薬など薬などは一口でも飲めば使用されたとして、口を離すとすぐに消滅する。回復量を調節して飲めないのだ。

 俺が手を離すと、ユイは名残惜しそうに傷のあった場所を撫でる。

「…………クゥさん」

「なんだよ」

「私、死にたいんでしょうか?」

「だから知らねえよ」

 こいつ、実は天然かただの馬鹿なんじゃないのか?

「本当に、何で自分がこんな事するのか分からないんです。もしかしたら自殺願望でもあるんじゃないかって」

 自殺するなら首だろ。苦痛が嫌なら睡眠薬でも大量に飲めばいい。まあ、最近の睡眠薬だとそうそう死なないけど。

「お前さ、死にたいの?」

「分かりません」

「あっ、そう。じゃあ、死にたくなったら死ねばいいんでないの? ここなら死体も残らないし誰にも迷惑かけなくてすむ。まあ、今は開拓隊連中に迷惑かけるから止めとけ。それでもそうしたいなら止めないけど」

 多分止めはしないと思う。状況によるが多分な。

「死にたくはありません。でも、やっぱり死にたいような……。どっちなんでしょう?」

 この女しつけェーーッ!

「あー……ならあれだ。死にそうになったら分かるんじゃないか?」

「死にそうになったら、ですか」

「生存本能ってあるだろ。その本能よりお前の欲求が勝れば死にたいってことだろ」

「…………」

「……じゃあ、そういう事で俺は戻るわ」

 考え込みはじめたユイに背を向け、俺はテラスから宿の入り口へと向かう。

「ああ、一応言っとくけど死ぬなら人に迷惑かけないように。少なくとも今下にいる連中にはな」

 俺は気にしないが、下の連中なら抱え込む可能性がある。

「答えが出るまではそうしとけ。答えが出て、それ如何で他人に迷惑かけてもいいって本気で思えるなら好きにしろ」

 最低限の説得(?)を残して俺はユイの目の前から去る。

 死にたいのかそうじゃないのとかで悩めるとは羨ましいよ。だいたい、お前の本当の欲求は多分違うぞ。

 その後、開拓隊メンバーの作業が終わるまでユイは皆に顔を見せず、戻ってきた時にはいつも通りだった。


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