1-8
「こんなもんか」
姿見を前にして俺は変な所がないかチェックする。
鏡なんて歯磨く時と顔洗うぐらいしか見たくないが、最低限の身だしなみを整える程度の常識は持っている。
あの蟹だか蜘蛛だか分からないフィールドボスを撃破した後、俺達は平原の真ん中に建つ城へと向かった。
そこの城下町で宿を取り、休息しながらこれからの事を簡単に打ち合わせた。
PLの活動拠点として十分に使えそうなこの大きな街、というか国を見つけた時点で今回の未開拓地域の調査は成功と言えた。あとは周辺にある筈の転送装置を見つけ、予定していた調査の終了日までに城下町の店やクエスト、周辺に出現するモンスターの情報、そして可能ならば別の街や村の場所を調べるだけだ。
その為にも、城下町をマッピングするついでに各々準備を整えようという事になった。修学旅行で言う自由時間だ。
今までの探索で、得た換金アイテムはほとんどが消費アイテムに変わってしまったが、今回はボスモンスターを倒した事で懐が暖かくなった。
なので、開拓隊にいるほとんどメンバーが新しい街で装備の新調を始めた。俺もその一人という訳だ。
訳なのだが……。
「セナさん、よく似合いますよ」
「ありがと。アヤネもグー」
「うんうん、二人とも可愛いね」
後ろでキャアキャア騒ぐ声が聞こえる。
「どうでもいいが、何でお前らもいんの?」
店には俺だけでなくアヤネ、セナ、アールの三人の姿があった。
「君がこの店紹介したんでしょ」
そういえばそうだった。
俺達がいるのはとある商会の店の、軽装の防具を扱っているフロアだ。
防具は重装、軽装の二つに分かれていて、それぞれ必要な熟練度を満たせば装備することが出来る。一応、満たしてなくても装備できるが、マイナス補正が掛かってしまう。
重装防具は主に金属鎧で戦士が使っている事が多く、逆に軽装防具は布・皮装備で魔術師が多い。
金属鎧は頑丈なんだが回避や移動にマイナス補正があるので、囮やったり山登ったりする俺は防御力が低くても速さを優先して主に軽装防具を装備している。
ただ、軽装は布装備でもあるのだ。そう、布。
「こっちも良いんと思う」
「あっ、本当ですね。でも、ちょっとフリルが多い気がします」
「アヤネなら似合うよ」
「…………」
女という漢字を三つ書いて姦しいと言うが、二人でも十分やかましかった。
布、つまりは見た目普通の服。服あるとこに女子あれば、買い物だ。諸々略すと、要は疲れる。
自分でもよく分からん理論展開だが、自分だけの事を優先して装備を調えたり、別に意見を求められたりしていないのにも関わらず傍にいるだけで疲れるのは間違いなかった。
「お前、よく平気だな」
「これぐらい耐えられないと女の子にモテないよ」
「うるせえ」
モテなくてもいい。時間と金をかけて女を作るなんて甲斐性と責任感は俺に無い。
エノクオンラインでの装備品は、見た目が違っても同じ装備というのがある。店売りされている武器や鎧はほぼ統一されているが、店によってデザインが違う。
特に布系の服やアクセサリーのデザインは多種多様で、性能一緒ならよほど変なものじゃなければどんなデザインでもいいだろ、なんていうのは男子の理屈らしく、女子は違った。
現実世界と変わらず、女衆は買い物一つにあーだこーだ悩む。性能は一緒なのに。
「君も何か言ってみたら?」
「センスないからパス。敢えて言うなら、動きやすいのにしろよ」
パラメータやスキル補正に何の変化もないのだが、VRである以上あまりヒラヒラしていると引っかけたり動き難かったりする。
「あれ、どこ行くの?」
「他のフロア」
買い物を終える気配のない女子とそれに忍耐強く付き合うアールを放置して、俺は軽装フロアから出る。
デパートのようにいくつもの店(と言っても、どれも一つの商会の傘下だ)が一つの建物の中にあるこの場所は俺達PL以外にもNPCがウロチョロしている。
NPCどもを避けて移動し、俺は鍛冶・武具フロアに入る。
入り口前に設置してある店内マップ見て今更気づいたのだが、鍛冶屋と武器や金属鎧などの重装装備を扱っている店は一カ所にまとまっている事が多い。
「うえ……」
フロアに入ると、イヤな物を見た。
「店員の顔を見てイキナリ嫌そうな顔をするお客様も珍しいですね。とにかく、いらっしゃいませ~」
剣や槍、鎧や盾が並ぶフロアの奥にあるカウンターに0円スマイルをかます女店員がいた。
「あっ、その服はウチのですね。お買い上げありがとうございま~す」
「何でお前ここにいんの?」
「何でって、私売り子ですから」
「………………」
この店員は確かにこのヴェチュスター商会の店の売り子だ。
ある程度の大きさの街になら必ず一つは店舗を置いているヴェチュスター商会。その店舗を俺が訪れる度に、必ずこの女がいた。
「お前、俺のストーカー?」
だとしたら趣味が悪いので思い直すよう説得しよう。
「何でですか。違いますよ」
「じゃあ、同じ顔の姉妹とか」
ゲームじゃキャラクターの容姿を使い回すなんてよくある事なのだが、エノクオンラインの場合NPC一人一人が違う顔をしている。
少なくとも俺は、同じ容姿をした奴はこの店員以外見たことがない。ショップ故の仕様かと思えば、他の店だと違うのだ。
「現在私と同じ顔の姉妹機は見つかってませんよ」
「ああ、そう」
「それはともかく、今日は何をお求めでしょうか?」
切り替え早く、耳にセンサーっぽいのを付けた店員がハキハキと喋る。
よく見ればその店員、耳以外にもおかしな所があり、目がガラス球のような結晶体で、体の間接が球体だ。
「へぇ、魔導人形が店員やってるなんて珍しいね」
「お前ら…………」
人がいなくなった途端にショッピングを終えたのか、アール達がいつの間にかフロアに入ってきていた。
「街を歩いているのを二、三回見たことあったけど、店番してるのは初めて見るかな」
魔導人形とはエノクオンラインの世界に存在する種族の一つだ。名前の通り見た目が人形、というかロボである。エルフや亜人など異種族の血を引くという設定のPLはいるが、魔導人形はNPC専用のようだった。
「クゥってロボっ娘フェチ?」
「お前、街の外出たらボコるわー」
街の中は攻撃禁止エリアになっているので相手に危害を加えられない。
「冗談だって。それより、武器の買い換え? なら、僕もロッドを新調しようかな。アヤネちゃんとセナはどうする?」
「あ、私もそうしようかと……」
「私は弓。あと、槍も使ってみたい」
と、それぞれ商品を見始める三人。あー、鬱陶しい。
「クゥも武器を補充しにきたんだろ? 色々壊れたもんね」
「まあな。ついでにこれも頼もうかと思って」
俺はアイテムボックスから黒い塊を数個取り出してカウンターの上に置いた。
「あらまあ、これは」
物珍しげに人形はそれを見下ろす。
黒い塊は黒鋼殻という名の素材アイテムだ。あのフィールドボス、大黒鋼甲虫とその子供のドロップアイテムだ。
俺はザコの方を相手にしていなかったが、ボスのドロップでそれだけはゲットできた。
ザコを大量に倒したこともあって、人数分この素材アイテムが行き渡っている。
「えっ? ここで作ってもらうの?」
「あははー、それはどういう意味でしょうか、お客様」
微妙に失礼な言い方をしたアールが店員に笑顔で睨まれた。
「鍛冶職にやってもらわないの?」
対してセナは堂々と店員の前で聞いてきた。
NPCの鍛冶屋でも材料と金さえ出せば武具の生産は可能だ。だが、PLが作った物の方が性能が良く、効果を追加したりと幅が利く。
既製品と特注品の違いみたいなものだ。
手に入れた黒鋼殻は調査が終えた後、鍛冶スキルを伸ばしている生産職のPLにやってもらおうというのが開拓隊メンバーだいたいの考えだ。
「面倒。だいたい、特製っての求めてないし」
それに、鍛冶スキルでなると素材を全て集めなければならないが、NPCの鍛冶屋だと重要な素材以外は店が用意してくれる(という設定)ので手に入れるのが楽なのだ。まあ、性能は当然落ちるが。
「というわけで店員、篭手と靴を所望する」
ちょっと偉そうに言ってみる。
「でしたらこのような物が作れますー」
センサー耳の店員は笑顔のまま手の平を上に向ける。するとその上にウィンドウがこちら向きに開き、黒鋼殻で生産できる篭手と靴を表示させた。
「失礼ですが、お代の方は大丈夫でしょうかー?」
「問題ない!」
「それでは、こちらの二点を生産でよろしいですかー?」
「ああ。だが――熟練度が足りねえ!」
「台を叩くのはお止めくださいお客様。それと、大声も控えてください」
叱られた。
「何やってんだか」
「そんな目で見るな」
冷たい視線をくれるセナを無視し、もう一度ウィンドウに表示された情報を見る。
この二つを装備するのに必要な重装スキルの熟練度が足りていなかった。
「ボス戦で他の熟練度は上がってるんだけどね。騎馬スキルとか」
エノクオンラインは熟練度制だ。該当スキルを使うかそれに類する行動によって熟練度が上がっていく。そして前者の場合は強い敵に対して、後者の場合は複雑で難易度の高いものに対してより多い熟練度が得られる。
ボス戦によって俺達のスキルは結構上昇している。
んで、当の俺はなんでか騎馬スキルが上がっていた。ボスの上で暴れていたからのようだ。ついでに他にも上がっていたが、その時重装装備である金属系の防具を装備していなかったのでそっちは上がっていない。おい。
「武器にしたらどうですか?」
「却下。いつ無くすか分からん」
「武器が消耗品扱いってスゴいよね。なんで手と足だけ重装なの?」
「手足だけならマイナス補正は許容範囲だし、格闘スキルも取ってるからだよ。それに盾代わりに使える」
格闘スキルの攻撃力は手足に装備した防具の防御力が関係してくる。硬い物で殴られると痛いという理屈だ。
基本軽装である俺は全体の防御力が弱い。だが、局所を金属で覆ってそれを盾代わりに防御すればダメージは多少なりとも軽減できる。
「どうすっかな……」
この調子だと、他のも同じくらいの熟練度が必要そうだった。ペナルティのマイナス補正を覚悟して、身に合わぬ防具作って装備するか。でも、それはそれで無理してるようで嫌だ。
「それなら、こういうのはいかがでしょうか?」
店員ロボがウィンドウを切り替える。すると、先ほどのとは違う物が表示された。それは防御力が下がっているものの重装の回避ペナルティも半分だ。
同時に、必要な重装スキルの熟練度も下がり、代わりに軽装スキルの熟練度も一定以上必要になっている。
「ぶっちゃけて言いますと、布装備に鉄板付けて補強しただけのものですね」
「…………コストパフォーマンス的に割に合ってないよ、これ」
アールが忠告してくる(というか何でそんな一瞬で計算してやがる)が別に最強の装備とか求めてないので、今の装備よりはマシで装備可能なら気にしない。
勿体無いとか、知るかコラ。俺の勝手だ。
「それでいいからくれ」
重装スキルと軽装スキルの二つが必要だが、どちらも必要値を満たしている。
「承りましたー。それでは少々お待ち下さい」
言って、店員が黒鋼殻を持って奥に引っ込んでいく。そして三秒で戻ってきた。早いよ。
ゲームだから当然だが、過程がすっ飛んでいる。
さっそく受け取って装備。
元となった素材の通り、黒いそれは不思議な光沢を放っていた。
腕装備の篭手は肘まである手袋で、手の甲と腕の上部分が黒鋼殻で保護されている。靴も同様に最低限の所を保護する程度に黒鋼殻が使われているようだ。
「う~ん、色合いが服と合わないなあ」
「少し、手足に大して地味すぎると思います」
「センスない」
好き勝手言われた。
「おい、店員。古いほうを売る。んで、武器見せてもらうから」
入れ替える形で古い装備を売り、それで武器を補充する。
「もっと強いのがあるだろうに、わざわざそんな二つもランクが下のもの選べなくても」
「万が一無くしたらもったいないだろ」
「投げ捨てる前提なんだ」
「こだわりも無ければ執着も無いからな。ミノルさんが手に入れた剣みたいなレア物でなければ使い捨てだろ」
「ああ、あれはねぇ」
倒されたフィールドボスがドロップしたのは黒鋼殻だけじゃない。同時にレア武器も落としていた。
「あれ凄いよね。なにが凄いって、耐久値。もの凄く頑丈だ」
ボスの落とした大型武器・刀剣に分類される大剣は斬撃属性がそこそこの代わりに打撃属性と耐久値が異様に高かった。ボス同様、とにかく頑丈がモットーの武器のようだ。
「ああいう武器が手に入れば、そっちに集中してスキル伸ばしてもいいと思うんだけどな」
そんなの無くても一つに集中しろって感じだが、こう見えて俺は根が小心で心配性だから武器とかたくさん持って安心したいのだ。
普通逆だろ、と突っ込みは何度か来るが、無視。
「そんなメインウェポンにお困りのお客様、こんな物はいかがでしょうか?」
「要らん」
獲物を狙う狩人の顔を浮かべたロボ店員の提案を即却下する。
「あのぅ、せめて商品の方を見てからでも……」
「どうせ商会が新しく作った魔剣だろ。そんな物買う金無いから」
ランダムイベントなのか知らないが、ショップには偶に高性能の武器が入荷される。当然、お値段がバカ高く、俺の手に届く額ではない。
「そうだ。んな物よりベルトだよベルト。軽装屋で聞いたらこっちに売ってるって言ってたぞ。寄越せ」
「ベルトとは収納ベルトの事でしょうか?」
「そう、それ」
収納ベルトは名前の通り、アイテムを収納するためのベルトだ。アイテムボックスのポーチと違ってスロットの数が少ないが、いちいち選択せずとも触れるだけで収納していたアイテムを取り出せる。
「残念ですが売り切れです」
「………………」
「ですが、こちらの当社新製品である魔剣とはセットとなっており――」
このクサれロボはまだ諦めてなかったようだった。そういや、こいつのせいで要らん魔術書買ったこともあったっけ。
ようやく必要な物(収納ベルトは無理やり売らせた)を買い揃えた俺、というか俺達は店を出た。
「ポイントカードなんて持ってたんだ」
「まあな」
前に初めてヴェチュスター商会を利用した時にポイントカードを貰っていた。せっかく貰ったのだから利用しない手はないと俺は通い続けているのだが、段々とあのロボの態度がでかくなっている気がする。
ちなみにアール、セナ、アヤネの三人の買い物分のポイントも加算されたので実は結構得した。まあ、たかが買い物にか~な~り時間はかかったが。
「もう夕方ですね」
「そろそろ集合時間」
こんな時間になったのはお前ら女子二人のせいなんだが。
「とっとと戻るか」
開拓隊が取っている宿に戻る為、少し早足になったその時に開拓隊メンバーが数人、ある建物の前に立っていたのを見つけた。
「何をやっているんでしょうか?」
「…………」
アヤネが首を傾げる。
だが、俺はあいつらの神妙ながらも落ち着きの無い空気と、その見上げている建物から漂う妖しい雰囲気を感じ取っていた。
俺は隣にいるアールに視線を送る。僕はモテるんですよ、といった感じのアールは苦笑いを浮かべて肩を竦める。
「………………」
「あっ、クゥさ――」
俺があいつらに向かって歩いた時、ついていこうとしたアヤネがアールに止められたのが視界の隅で見えた。
お子ちゃまを放置し、俺はあいつらを驚かせないよう同様の空気を纏いつつ、慎重に声をかける。
「この店はもしかして……」
「――クゥか」
どうやら上手くとけ込めたようで、こいつらは驚くことなく俺を受け入れた。
「ああ、ここは……」
男達が見上げる、店というより館のような三階建て建物は煌びやかな装飾が施されており、微かに香の匂いがする。
入り口の所に掛けられている看板にはエノクオンラインでのみ通じる文字が書いてあり、それを視野に収めると自動で拡大現実に翻訳表示がされる。
その看板から分かるようにこの店は――
「娼館、か」
「その通り…………ここは娼館だ」
静かながらも、内に強い意志を感じる返事が返ってきた。
馬鹿だ。馬鹿がいるぞ。それも一人じゃない、たくさんだ。
「入るのか?」
とりあえず場の空気に従って、神妙に聞いてみる。
「そのつもりだ」
「資金は? こういう店だといくらになるか」
「長い旅の間に、懐は暖かい。それに俺のマグナムも最近使ってなかったからな。久々に使ってやらねえと錆ちまう」
下品な奴。あと、ダセェ。
「ここにいる連中には初めての奴もいるからな。こんな世界だ。何時死ぬか分からねえからこそ、今のうちにこいつらに一時とは言え夢を与えてやりたいのさ」
かっこつけてるつもりだろうが、スッゲーかっこ悪いぞお前。
「お前童貞なんだな」
「ど、どどどど童貞ちゃうわ!」
「どもんなよ」
見ると、他の男衆も目を逸らすようにそわそわし始めた。気にし過ぎだ。余計にみっともない。
「く、くそっ、人がせっかくみんなを落ち着かせようと余裕ぶってたのに! お前ってやつは!」
「それで落ち着くのかよ。どうでもいいけど、入るのか入らないのか。つか、もしかして全員筆下ろしにでも行くつもりか?」
もしそうだとしたら素人童貞もいいとこになるぞ。
「そ、そうだよ! せっかくあるんだし別にいいじゃねえか!」
「初めてで何が悪い! それにみんなで行けば怖くないだろ!?」
「超美人が入ってくの見た。――ぶっちゃけ一目惚れした! お、おお俺の初めて受け取って下さい!」
「キモイぞお前ら」
それに一部、人生をドブに捨て破滅する未来が見える。
てか、VRだって事忘れてないかこいつら。まあ、満足できるなら何だっていいか。
「そ、そういうお前はどうなんだよ、クゥ!?」
「俺か? 俺も初めてだぞ」
娼館がな。
「とにかくお前らさ。入るのか入らないのか」
「……………………入る」
どうしてそこまで間を要する。
「じゃあ、店入ろうぜ」
「……お前も来るのか?」
「悪いか?」
「…………いや、歓迎しよう同志よ」
とか言って握手してきた。重ねて言うが、馬鹿だ。本物の馬鹿だ。
「では、気を取りなおして……。新たに同志を加えた俺達に怖いものは無い! いざ出――」
「ああ、ちょっと待て」
足を踏み込もうとした男衆を呼び止め、俺は後ろを振り返る。
「おーい。お前らはどうする?」
「なんだ、まだ他にもいッ!?」
気配から男衆が石と化したのがなんとなく分かった。
「で、お前来んの? どうなの?」
「………………」
アヤネは俯いて首を横に振った。
「え? 来ないの? なあ、なあなあなあ、マジで来ないのかよー」
「………………」
更に首をブンブンって風切り音が鳴りそうなほど横に振り始めた。この手の女子には執拗に聞いてみたくなる時があるのは何故だろうか。
「クゥ、ちょっとゲスいってば」
「自分でも思った。ところでアールはこういう店の経験は?」
イケメンは肩を竦めてみせた。どっちとも取れるが、多分クロだ。
「………………」
そして本命。セナはまるでどころか正に汚物を見る目で俺達を見ていた。
「あ、あわわ……こ、これは、その、ですね?」
罪悪感でも感じたのかアヤネの反応に男衆は狼狽え、更にはセナのコカトリスもかくやという視線を受けて金縛り状態になっている。
セナの視線が段々と汚物を見るソレで無く、ゴミをどう処理しようか冷静に計算する掃除人の眼になっていた。
ヒイィーーッ、と悲鳴を上げながら一歩も動けない男達。
そして、セナが取った行動とは――
《全体チャット》
セナ:
『報告。男子達が風俗店にアヤネをつれていこうとしてた』
「いやぁーーーーっ!!」
男子一同(俺とアール除く)の悲鳴が街に木霊する。
というか、一部捏造が入っていた。
現在この城下町にいるPLはおそらく北方開拓隊しかおらず、全体チャットは完全な身内チャットと化していた。
《全体チャット》
セナ:
『入ろうとしていた男子は――』
アール:
『あっ、一応誤解ないよう弁解するけど、僕は関与してないどころかアヤネちゃんを保護した、つまりは魔の手から守った側だから』
「あっ、アール! この裏切り者!」
「裏切り者もなにも実際僕は無関係だし。地獄に道連れなんてお断りだから」
とか言い争っている間にもセナが男どもの名前を送信し、チャットには女子達から、心をマジ折りにきている罵倒の言葉が留めなく流れ始めている。
《全体チャット》
ミサト:
『とりあえず今名前の上がった男は説教するから今すぐ戻って来るように。一分ね。間に合わなかったら身を持って知ると思いなさい』
我らがアマゾネス閣下からお達しに、男衆が悲鳴にも似た奇声を上げながら全力疾走を開始した。
「おーおー。速い速い」
娼館に入ろうとしていた所を女子に見られたという気まずさと羞恥から逃れる為もあるだろうが、そんなにミサトさんが怖いのだろうか。
「さて、行くか」
「なに平然と店の中に入ろうとしてるんだよ。僕達も帰るよ」
「チッ」
その後、娼館前に屯っていた男連中はミサトさんにたっぷりと絞られて、女子連中に軽蔑な視線を送られながらしばらくコキ使われる事となった。
女子供混ざった団体行動中にそんな店行こうとするからだ。つまり自業自得。
ちなみに一部説教に興奮していた奴がいた気はするが、そんな特殊なのは放置。
関係なかった他の男子達は触らぬ神に祟りなしと隅の方でじっとし、アールは口八丁で上手くかわしていた。
俺は、むしろ堂々としつつ隠密スキルを使って空気状態となり、難を逃れた。まあ、後でミサトさんから小言をもらったが。