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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第一章
12/122

1-7


 平原の地面を大きく揺らしたボスが、のそりと立ち上がる。心なしか、八つ目の顔にはやりきった感があるのは気のせいだろうか。

「クゥさん!」

 アヤネが叫び、その隣ではアールがキーボードを打つ。


《全体チャット》

『クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答せよ! クゥ三等兵応答――』


「ウザいわ! って、おおッ!? 危ねえ!」

 ウザいチャットが目の前に表示されたせいで、危うく落ちるところだった。あと、誰が三等兵か。

「みんな見てみろ! あんな所にいたぞ!」

「おおっ、虫みたいに張り付いてる! さすが三等兵、生き汚い!」

「なんかキモい」

「あいつら……」

 特にアールとセナは後でぶっ飛ばす。

「それよりもどうしよ」

 俺は今、ボスの体に張り付いていた。

 ボスの落下攻撃はギリギリ致命傷を免れた。というより、カス当たりでボスの足が右肩に当たり一撃死だけは免れたと言ったほうがよかった。

 死ななかっただけで体力バーの残りが少なく、しかも衝撃で空に投げ出された。結構高く飛ばされ、このまま落下ダメージで死ぬかと思ったが、丁度目の前にボスの鋼鉄の体があったので何とか片手でしがみついたのだ。

 伸びてて良かった登山スキル!

「なんてやってる場合じゃねえ」

 危険を前にしてテンション上がる男の習性は危機的状況を前にした強がりだったりする。

 右肩が骨折ダメージを受けてまともに動かない。骨折は継続ダメージじゃないし通常の回復で治る。しかし制限がかかるのは欠損と同じだ。

 俺がしがみついているボスは激しく動いており、片手では限界がある。そう思った直後、体力バーが回復すると同時に骨折が治った。

「…………」

 それはアヤネからの回復魔法だった。だが、その行為は危険を呼び寄せるのと変わらない。

 完全に俺を倒したと思っていたボスがその場で回転して方向を変えると、アヤネ達後衛組の方へと走り出した。

 戦術的な判断を臨機応変に行える知能:高のモンスターを除くだいたいのモンスターにはパターンが決まっており、一定の法則に従って攻撃対象を決める。

 近くの敵からダメージを与えてきた者へ、など優先順位は不明だがパターンがある。その一つに、仲間を回復させるPLへ、がある。

 他は動物的なくせして何でそこだけ戦術的なんだよと思わなくもないが、前衛組と距離を離したボスは回復魔法を使ったアヤネに目標を定めたようだ。

「チッ、しょうがねぇ」

 両手を使い、走り出したボスの体をロッククライミングのようによじ登って頂上(頭か胴体か分からん部位の天辺)まで辿り着く。

 両足とせめて片手で体を支えないとボスから振り落とされてしまう。なので、片手で扱える小型か中型武器、そして打撃系の武器として鞭を選択。

 ポーチから取り出した鞭をボスの体に叩きつける。

「止まんねーっ! つか、減らねーっ!」

 こいつ堅すぎる。ミノルさんは弱っている箇所とはいえよく足を斬ったものだ。

 ボスの背から見える地上では、後衛組が悲鳴を上げながら逃げている。

「これはもう終わった」

「セナ、諦めるの早すぎないかな!?」

「あ、あの、狙われてるのは私なんで……」

「却下」

「自己犠牲精神ってやつだね。それなら先にまず見本を見せるべき人間がいるよね!」

 こっち見上げんな、アール。

「まだまだ余裕はあるみたいだが……」

 後衛組の射手はともかくとして、魔術師連中は足が遅い上に走るのに必要なスタミナも低い。

 このままではあっという間に追いつかれて踏み殺されてしまうだろう。

 ミサトさんのパーティーが守りに入り割ろうとしているが、ボスの動きが激しすぎる。

「なら!」

 鞭をボスの右足、中肢と後肢へと振り下ろし、まとめて縛り上げる。鞭スキルを伸ばして修得できる<束縛>だ。

 右足三本の内一本は破壊され、残り二本が一つにまとめられたボスはバランスを崩して大きく右側に傾いていく。後衛組への進路がズレ、たたらを踏むことでボスのスピードが緩む間にミサトさんらが追いついてきた。

「あんまり保たないぞ!」

 さすがにボスを拘束し続けるには無理がある。暴れる二本の足に、鞭の耐久力が凄い速さで減っていく。

「間接を狙うのよ!」

 ミサトさんが率いるパーティー(別名アマゾネス隊:命名クウガ)は素早い動きでボスの一本に束ねられた右足へと踊りかかる。

 ボスの動きが単調になっている今、アマゾネスどもはボスの足を蹴る三角跳びによって間接部位へ切りかかった。

「ハァッ!」

 最後にユイが槍をもって、二つまとめて間接を貫いた。

「これで多少は……」

 ユイが着地し、安全圏に離れたのを確認してから<束縛>を解除する。危ねえ。もう少しで鞭が破壊されるところだった。

 その時、視界が大きく下がった。

 ボスが間接を曲げて地上近くにまで胴体を下ろしたのだ。負傷したからだと思ったが、違った。

「ああ?」

 後ろから、大きな物体が地上に落ちた音を聞いたので振り返る。そこに繋がっていた筈の、ボスの尾の部分が丸ごと地面に落ちていた。

「はぁ!?」

 そんな箇所は誰も攻撃していないはずだ。少なくとも俺が見ていた範囲では。だとするとこれはボスが意図的に?

 疑問の答えはすぐに出た。

 地上に落ちた丸い尾に亀裂が入り、外殻を破って中からボスと同じ姿をしたザコモンスターが大量に這いずり出た。

 ――キモッ!

 どうやら尾だと思った部分は卵巣、或いは子を保護する為の袋だったらしい。

 下ではキャーとかイヤーとか女子の嫌悪感の籠もった悲鳴が聞こえる。

 ザコモンスターはボスと一緒に地面から出てきたのと比べて小さく、一番大きいので中型犬ほどだ。 先ほどまでザコを掃討していた彼女らの敵ではないだろうが、あんな出現の仕方をされてはたまったものじゃないだろう。

 何より危険なのが、ボスも傍にいるという事だ。

 ボスが大きな鋏を振り下ろして、自分の子もろともPL達を攻撃し始めた。

「こいつ……いい加減沈め!」

 鞭を頭頂部に生えた目に向け振る。ギリギリの距離でなんとか届くが効果は薄い。

「チッ」

 鋏まではさすがに鞭は届かないし、鞭の耐久力も限界だ。なんとか止める方法はないかと考えていると、地上を凄まじい勢いで走ってくるのがいた。

 クウガだ。その後ろにはトルジがいる。

 血走った目でボスに接近したクウガが――

「ハァン――マァアアアァァーーッ」

 よく分からん雄叫びを上げ、鉄槌でボスの左足を横からブッ叩いた。

 よろめくボスに、クウガの肩を足場にトルジが跳び上がって、鉄槌による一撃で弱った場所を狙い左手に持った盾で体当たりをかました。

 盾スキルにも攻撃できる技能がある。それの属性は打撃だ。

 外殻が砕け、追撃として右手の片手剣を振り下ろす。切断には至らなかったが、大きなダメージを与えている。

「お? おおっ!?」

 ボスの体が大きく傾き始め、背中にしがみついていた俺は落ちそうになる。

「クゥ!」

 名前を呼ばれ、振り向くとアールがクウガ達の後ろにいた。その隣にはセナがおり、何か瓶を持って大きく振り被っていた。

「って、おい。それって……」

 セナの持つ瓶を見、視覚に表示される瓶の情報を見て嫌な予感を覚える。

「さっき調合したばかりの出来立てホヤホヤさ!」

 言って、アールがサムズアップすると、それを合図にセナが瓶を、トラップにも使用した爆発薬を俺に向かって投げた。

「おいおいおいおい! ッざけんなよ!」

 投げて使えば普通の爆弾なのだ。あんなニトログリセリンもどきの爆発に巻きこまれれば俺が死ぬ!

「マジで後でぶっ飛ばす!」

 鞭を振るい、瓶に巻き付けて掴むとそのまま引き寄せつつ、ボスの目がある頭頂部に振り下ろして叩きつける。

 爆発が起き、ボスが悲鳴を上げた。

 外殻は砕けてはいないが、さすがに目のいくつかが吹き飛んでなくなっていた。

「ああっ、クソ!」

 出現した時と違い、積み重なる攻撃で大きく体力バーを減らしたボスは最後の力を振り絞るようにして激しく暴れ回る。

 完全に振り落とされる前に俺はボスの背中から外へ向かってジャンプする。

 ついでに駄賃としてポーチから棍を取り出し、爆発の起きた箇所へ投げた。

 命中し、僅かなヒビが爆発を受けた箇所に入った。

「今だ!」

 アールが叫ぶなか、姿勢が低くなったボスへと前衛組が一斉に襲いかかる。そして、先ほどまで瀕死だった筈のミノルさんが遅れてやってきた。

 いくら痛みが一瞬とはいえ死ぬほど痛かったろうに、よくやるものだ。

 ミノルさんは大剣を大上段に構え、姿勢を下げたボスの頭めがけて振り下ろす。

 豪快な音と共にボスの頭部が砕かれ、剣の切っ先がめり込む。

 その瞬間、ボスの体力バーがゼロとなった。

 か細い悲鳴を上げつつ、ボスの巨体が青い光に包まれ分解し、消えていく。

 ボスが消えたことでまだ残っていたザコモンスターが逃げていく。

「――お」

 全てが片づき、周囲にモンスターの姿が消えてようやく誰かが一音を発する。

「オオオオォォーーーーっ!!」

 地面に着地した俺が素早く耳を塞ぐのと、大きな歓声が上がるのはほぼ同時だった。みんな体力あんな。

 初遭遇、初めての上位属性である金属性持ち、そして今の苦戦っぷりから、倒した後の喜びは大きいらしい。

 緊張から解き放たれたからか、ミノルさんが地面に膝をつく。装備していた大剣が半ばから折れていた。

「ボスの攻撃を受け流した時で大分耐久値が減ったみたいだね」

 横にアールが並んで、俺に回復薬を渡してきた。

 殴ってやりたかったが、精神的に疲れているからまた今度にして、回復薬を飲む。

「ぶぁーっ。あ~~、染み渡る」

「オッサンみたい」

 うるせぇ。

「つか、俺の棍どこいった? あと槍」

 ボスの頭があった場所を重点的に探す。

 消えてボスのドロップが地面の上で生成されていく途中だったが、無視する。

 アイテムドロップについては既に取り決めがあり、金は平等に分配し、アイテムはレートを取った人の物。ただ、回復などに必要な材料は個人の判断で提供。

 俺だってさすがに空気は読めるのでその取り決めに従うし、もとよりレートを取った者しか拾えない。

 んな取れない物よりも俺の棍と槍だ。ショボい装備だがあれだってタダじゃない。

「おっ、あった」

 棍を見つけた。槍も折れた状態で転がっている。んでなんか真っ黒いモンが地面に突き刺さっていた。

「ああ?」

 視線をその黒い物体に沿って上げると、それは片刃の――つい先ほど倒したボスの鋏に似た――黒い輝きを持つ大剣だった。


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