1-6
「クゥ!」
ミノルさんの怒鳴り声が聞こえた。普段は大人しく頼りになるといった感じの彼だが、戦闘になると猛将といった感じでやや苛烈だ。
勢いがいいと言うべきなのか、ともかく自然と声が大きくなる。
聞こえる声に、既に走り出していた俺は足を止めぬままポーチに手を伸ばし、武器を探り当てて取り出す。
アイテム選択に僅かながら時間がかかるのがポーチの欠点だ。アールの話によると、武器だけを収納して一瞬で取り出せるベルトがあるらしい。欲しいなあ。
ポーチから取り出したのは、俺の腕位の長さがある木製の『く』の字をしたブーメランだ。
俺はそれを、ボスモンスターである大黒鋼甲虫(カニではなく虫らしい)に向けて投げる。
大きな射角で投げられたブーメランは高速で自転しつつ弧を描いて、頭頂部にある八つの目へと飛んでいく。
別に、弓スキルも持っているの矢を射掛けても良かったが、セナ達射手の攻撃がさっきからボスの外殻によって弾かれていることから弓矢よりもブーメランを選択した。
刺突属性であり大型武器・弓と違ってブーメランは斬撃属性であり投擲武器だ。打撃武器ではない点でダメージは期待できないのは一緒だが、ブーメランにはブーメランの利点がある。
弓矢のように正確な場所は狙えない代わりに複数の敵を同時にダメージを当てる事ができる。体の大きなモンスターならば複数回当たる。
そして、俺の目論見通りにブーメランは横並びに生えているボスの目玉全てに命中した。
一体何で出来ているのか、通常のモンスターなら例外無くクリティカルする箇所でありながらダメージは微々たるものだった。中には弾いてノーダメージのもあった。
しかし、そんな事は初めから分かっていた。ボスの意識がこちらに向けばいいのだ。
思惑通りと言うべきか、ボスはその長い足をバタバタと動かして俺の方を振り向いた。その拍子に、足下にいたミノルさん達が吹っ飛ばされる。
「あー……」
その巨体ゆえか、ボスが動くだけで前衛組はダメージを受けてしまう。
「ほらほら、かかってこいよ蟹野郎」
円を描いて戻ってきたブーメランを掴み取り、両手を叩いて挑発する。
ボスとはいえ魚介類か節足動物か区別できない謎生物に、そんなもん通じるとは思えないが、ノリだノリ。
おそらく挑発とは関係無く、口の牙を震わせたボスが俺に向かって走り出した。
ボスが六本の足で地面を踏みしめる度に揺れが起き、地面が土柱を上げて陥没する。
おっかねー、超おっかねー、マジおっかねー。
集団行動だとやりたくない事もしなくちゃならない。だから、それが嫌で今まで一人旅だったのだ。
「でも仕事だしなー」
そう思えば我慢できるし、少なくとも販売店の定員のバイトをしてるよりは個人的に充実感はある。愛想笑いする必要もないしな。
俺は走る方角を横に変える。ボスもまた進路を斜めに変えて追ってくる。
後ろを振り返ると、ボスがその鋏を高く持ち上げていた。
「うおっ!?」
振り下ろされたそれを寸前で前に飛び込むことで避ける。
その衝撃で地面が抉れて小さな土柱が立ち、土が周囲に舞い落ちた。
「ぺっ、ぺっ――再現し過ぎだろ!」
口に入った土を吐き出し、続く二撃目をギリギリでかわす。
囮役ってのも大変だよ、おい!
曲線を描くように大きく迂回しつつ、軽く跳んで振り返りながらブーメランを再び投げる。効果が無いのは分かりきった事だが、俺をターゲットとして認識させ続けなければならない。
バカデカい図体に似合わず向こうの方が足は速く、徐々に近づいてくる。
だけどこっちも、石を積み重ねて目印にしたのがもう見えていた。
クウガを助け、走り出した位置に仕掛けたトラップだ。俺はそこを迂回し、ボスがその上を通るよう調節する。
デカい上に歩幅も大きいので五つほどバラして仕掛けた。それでも駄目だったら物を投げて自分で起動させればいい。
そして、ボスが罠の一つを踏んだ。
途端、大きな爆発がボスの足下から起きる。アールが放った炎を噴き出す魔法と違い、爆発は単純な衝撃として威力を発揮する。
爆音が轟き、爆発による黒い煙の中ボスが動きを止めた。
これはモンスタードロップや開拓隊のレンジャー系スキルを持った奴が集めた材料を、調合スキルを持った奴が別の材料へと換え、俺が更にそれらをトラップとして一つにした皆の汗(採取スキルで消費したスタミナ)と涙(モンスターと戦って受けた痛み)と血(体力バー的な意味で)の結晶だ。
俺は動きを止めたボスから横へと通り下がりながら、投げナイフで残った爆弾を起爆させる。
続けて起きる四つの爆発に、森近くに陣取っていたアールが――全部使ったの!? とか叫んでいるみたいだが、無視する。
未知のボス相手に出し惜しみする余裕なんてないだろう。
属性的には火属性だが、本命はその衝撃波である爆発だ。現に間違いなくボスが怯み、倒れはしないものの六本の足を曲げて僅かに体を下ろす。
「よくやった!」
俺の左右を通り過ぎ、囮になっている間に反対側から最短距離で先回りしていたミノルさん達前衛組が一斉にボスへと突進する。
「左右の足を狙え!」
巨大なボスの胴体にまだ届かない。だから前衛は左右に別れて足を狙う。
「ハァアッ!」
「オラァッ!」
大剣を持つミノルさんが左を、鉄槌を持つクウガが右をまず攻撃した。
右腕の仇による念か、僅かにヒビを与えたミノルさんに対してクウガの一撃はボスの外殻を砕いていた。堅い鎧が砕けた事でボスが悲鳴のような金切り声を上げる。
覗く肉質に向かい、後からトルジを筆頭に残りの前衛組が一斉に切りかかった。同時に、動きを止めたボスめがけて魔術師や射手達が外殻の隙間、間接を狙って一斉射を繰り出す。
俺もまた、弓矢を取り出してそれに続く。
目に見えてボスの体力バーが減っていった。体力バー全体からすればまだまだだが、効果的なダメージを与える事ができる事は判明した。
さっきのトラップで使った爆弾はもう無いが、外殻は砕く事が出来、その一部は破壊済み。
珍しい属性を持っている上にタフではあるが、決して勝てない相手ではない。
そう思った矢先、ボスが動きを再開する。六本の足をしっかりと地面に立てたのだ。
「退避ーーッ!」
警戒し、ミノルさんが指示を飛ばす。攻撃する手を止めて、全員が距離を取る。
だが、ボスの速さを甘くみていたようだ。
ボスは足を上下に激しく動かしながら、螺旋を描いて周囲を回る。その軌道は当然、逃げるPL達上にあった。
悲鳴がボスの起こす轟音によって掻き消された。
「あーあーあーっ……」
集団行動はこれだから。他人の心配をしなくちゃいけない。
俺は弓矢をその場に捨て、代わりに槍と瓶を取り出す。
「ミノルさん!?」
誰かが叫んだ。
俺の行動より早く、まだボスの攻撃を受けていなかったミノルさんがボスの前に立ちはだかったのだ。
ボスに踏み潰されそうになっていたPLの前に立ち、大剣を盾代わりに構える。
「行け!」
後ろを振り返らず怒鳴ったミノルさんの頭上に鋼鉄の足が落ちた。
一際大きな土柱が立ち上がった。
「ミノルさん!?」
死んだ――誰もがそう思っただろうが、俺は土柱が起こる寸前に、ミノルさんが大剣で先端が杭のように鋭いボスの足を受け流しているのを見た。
それを証明するかのように土柱が突然横に斬られた。ミノルさんの大剣によるものだ。
めくれ上がる地面の勢いに乗って飛び上がっていたミノルさんが空中にいながら大剣を振り回していた。
大剣はそのまま土柱を切り裂いてボスの右前足を、外殻が破れていた所から切断する。
歓声が上がった。
しかし、斜め上から鋏が落ち、ミノルさんの体はボールように地面に叩きつけられてしまう。
「大丈夫だ。彼はまだ生きてる! 他の怪我人もあわせて回復魔法を!」
同パーティーであるアールが、パーティー情報に表示される仲間の体力バーを見たのか、そう叫んだ後に俺の方を振り向いて視線を寄越す。
「あー、はいはいっと」
無駄だと思うが槍に痺れ薬を塗り、投擲の姿勢に入る。
ボスは攻撃後の硬直で動きが止まっている。そして奴は鋏を振り下ろした瞬間、口が開くのも今までの行動で知っている。
「くらいやがれェェーーッ!」
投擲スキルで思いっきり、槍を投げる。
痺れ薬塗りの槍は真っ直ぐな軌道を描くとボスの口の中に突き刺さった。
大きな悲鳴を上げるボスモンスター。
「よし――って」
ボスが口に槍を突き刺したままこっちを振り向いた。
痺れ薬が効いてないのはボスだからそうだろうとは思ったが――
「槍刺したままこっち来んなや!」
貫通してはいないがあっさり抜けるほど浅く刺さってもいないのだろう。
槍を刺したまま、ボスがドッスンドッスンと五本足で走って来る。
俺は慌てて逃げた。が、不意にボスのやかましい足音が聞こえなくなった。
「ああ?」
走りながら後ろを振り返ると、ボスの姿が消えていた。ただ、代わりに地面には蜘蛛の巣上に割れた箇所が五つあった。
おい、まさか……。
嫌な考えがよぎると共に、突然周囲が暗くなる。
空を見上げれば、ボスの巨体が真上にあり太陽の光を遮っていた。
そして、気持ちよさ気に手足を広々と広げたまま落下する。当然俺めがけて。
「ざけんなよ、おい!?」
視界一面が真っ暗になった。