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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第一章
10/122

1-5


 ざっくざっくと、木の葉を踏みつぶしながら二十名以上のPL達が森の中を歩く。

 一応後衛組の護衛である俺は魔術師や射手の護衛として後衛の手前を歩き、<気配察知>でモンスターを警戒する。

 その為、自然と後衛組との会話が多くなる。

「俺ら、どこに向かってるんだっけ?」

「街を探しに森から出るところ。まだ森の全域を調べ尽くしたわけじゃないけど、全体像についてはほぼ把握したからね」

 空中に投影されたキーボードを打ちながらアールが答える。顔をこっちに向け、更にマップを表示させていながらも手だけは別の生き物みたいに動いている。

「多くのプレイヤーが活動拠点に出来るほどの大きな街はまだ見つかってない。少なくともそれを見つけなきゃこの開拓は成功したと言えないから」

 開拓隊が発足される前は大きな山がPL達を阻み、山を越えたと思えば広大な森だ。転送装置をいくつか見つけはしたが、やはり近くに活動拠点となる場所が欲しいんだろう。

 幸いにも、アールがハッキングして手に入れた地図がある。地理も街の場所も描いてない本当に平面なものだが、大陸の形からして行き先の目標を決めやすい。

 今も、この開拓隊は――こっち海沿いに面して拓けてるから多分街や港の一つや二つあるんじゃね? という感じで進んでいる。

「他の開拓隊は城を見つけたそうだからね。別に競争するつもりはないけど、僕達だけ成果が少ないのもあれだから」

「ふーん」

 詳細は知らないし、森の中ウロウロするだけで結構満足な俺にとってはどうでもいい事だが、開拓隊は大きく東西南北の四隊に分ける際のメンバー決めで一度揉めていたらしい。

 ギルドに入っていない者で構成された北側の開拓隊としては、見返す為にも何かしら結果を残したいのだろう。

「城って、これでいくつ目?」

 セナが話に入ってきた。

 人の頭に矢を射掛けた人間とは思えぬ図々しさだが、この女は何を考えているのか分からない所がある――というか何も考えずその場で反射して言動を行っている節があるので飯作りの時のやり取りはすっかり忘れている可能性もあった。

「四つ目。位置が始まりの街を中心にして円にほぼ等間隔で広がってるから、多分このまま行くと五つ目がある可能性が高いよ」

 ああ、ちゃんとそういうの考えて進んでたんだな。気づかなかった。

「そうなの」

 聞いてきたくせに興味なさげに反応し、セナは木々を見上げ始めた。

 本当に何を考えてるのか分からない。かと思うと突然後ろを振り返った。

「歌、上手いよね」

「ふんふふ~~――え!? え、えっと、その、ありがとうございます」

 鼻歌を歌っていたアヤネがセナの言葉で照れた。照れるなら初めから歌わなければいいものを。

 歌が好きなのだろう。アヤネはこうやって歩いている時などよく歌を口ずさんでいる。

 セナが言ったように、小さく微かに聞こえるだけであるがその綺麗な声がよく通って上手いと思わせる。まあ、俺には歌とか音楽は全然だめだが。

「そういえば歌スキルもあったよね。もしかして鼻歌だけで上がったりする?」

 アールが何か思いついたかのように、後ろを振り返ってアヤネに聞く。こいつ、なんでこう余所見したままの上歩きながらキーボード打てるんだよ。

「はい。でも、最近はあまり上がらなくなってしまいましたけど」

 このゲーム、スキル使用してなくてもちょっとした事で熟練度が上がるからな。限度はあるけど。

「へぇ……今まで気にした事無かったけど、歌スキルってどんなのがあるの? 見せて貰ってもいい?」

「構いませんよ。でも、本当に使えないのばかりで……」

 そう言って、アヤネがスキルウィンドウを表示させてアールに見せる。

「ああ、確かに。というか、熟練度高いね。あっ、でも…………」

 アールが何か考え込み始めた時、前方の方からざわめきが起きた。

「おい、出口だぞ!」

 先頭から聞こえる声にざわめきが後ろにいた後衛組へと広がる。

 長いこと森の中を過ごしていたせいでみんな鬱憤が溜まっていたようだ。

 ダラダラと歩いていたのが嘘のように、全員が駆け足になって進みだす。

「光だ!」

 誰かが、木々の枝漏れて降り注ぐ光とは違う、外からのはっきりとした光を見て叫び、その向こうに飛び込んでいく。

 俺達後衛組も光を目指し、アーチのように上で枝が絡む木と木の間を抜けた。

 一瞬、光に目が眩む。

 そこには、緩やかな風に草の波を作る平原が広がっていた。

 どこまでも遠く広がっていると思わせる平原は穏やかな日に照らされ、暖かな空気に包まれている。

「海が見えるわよ!」

 地の果てまで続くかと思われた平原だが、視線を上げてみると今度は逆に海が遠くまで広がって、水平線が一本の線を描いている。

「向こうに城もあるぜ!」

 再び視線を移して横に向ければ、平原の中央に大きな城壁に囲まれた城が建っているのが見えた。

「………………」

 最後に森を抜けた俺はその場に立ち止まって、城を見てはしゃぐ連中とは逆の方向を見つめる。

 広大な自然の風景は俺が決して口にしない単語――美しいという言葉に尽きた。

 色々と普通ではないこのゲームだが、それでも架空の世界の筈だ。それなのに現実の光景同様美しく、俺が自分の目ではっきりとしたリアルとして受け入れると同時に、この光景を前に自分は小さいと思いながらも“在る”という実感が得られた。

「…………何言ってんだか」

 口に出して言わなかったから良かったものの、痛恥ずかしい事を考えてしまった。

「クゥさん?」

 後ろから二番目、つまり俺の前に立っていたアヤネが呆っとしていた俺を心配してか振り返った。

「なんでもね。ほら、さっさと行けよ。置いて行かれるぞ。俺、一応後衛の護衛なんだからお前が先行かないと」

 こういう場合、すぐ動ける奴が殿を勤めないといけない。

「は、はい」

 返事をし、アヤネが先に急いで進む。

 巨木の根によるものか、それともそういった設定なのか、森は平原よりも高い位置にあり、緩やかな傾斜となっている。

 森から離れて次々と平原へと下りたって進むみんなに続いて、俺は森の入り口からその後ろに続く。

 興奮の為か先に平原に下りた一部のPL達が先頭を走り出し、ミノルさんが後ろからそれを注意していた。

 先頭を走るPL達の中にはクウガの姿もあった。

「なにやってんだか」

 子供かよと呆れる。

 その時、俺の気配察知スキルがいきなり警戒を促した。

 信号のように黄から赤へと変わっていく筈のそれがいきなり赤色に染まったのだ。

 同時に地面が微かに振動しているのに気づいた。

 地震? 違う。震源は地表近くで…………移動している!?

「気をつけろ! 地面から何か来るぞ!!」

 直後、平原の地面が一部盛り上がり、中から巨大な物体が俺の声を掻き消すように土を跳ね上げ、耳障りに鳴き声を上げながら跳びだした。

 それは五階建てビルほどの高さはあると思われる巨大な生物だった。

 蟹のような蜘蛛と言うべきか、蜘蛛のような蟹と言うべきか。頭部と胴体が一体となっており、蜘蛛の尾がある。頭頂部からは蟹の目が八つ、前面に蜘蛛の牙、体の左右から蟹の鋏と蜘蛛の足の計八本の手足が生えている。そして、全身が黒鋼の光沢を放つ外殻に覆われていた。

 全員が気づき、振り返った時には既にソレは走り出していた。

 六本の蜘蛛足をもってその巨体に似合わぬ速さで先頭を走っていたグループに突進する。

 モンスターが鋏を横に振る直前、クウガが仲間を突き飛ばす。

「うわあああぁぁッ!」

 他の者を庇ったクウガは当然と言うべきか、鋏の外殻部分によって吹っ飛ばされた。

「フィールドボスだッ!」

 誰かが怒鳴ると同時に全員が戦闘態勢を取る。

「チッ」

「きゃぁっ!?」

 俺はまだ下りていた途中のアヤネを捕まえて、一気に傾斜を滑り落ちる。

 そうやって皆が動く間にも事態は進行する。

 前衛組が地面に転がったクウガに駆け寄るよりも早く、モンスターが追撃をかけた。

 鋏の片方を、クウガに振り下ろす。

「くっ、う、げほっ――はっ!?」

 振り下ろされる寸前、クウガは体を捻ることで直撃を避けるが――

「ぐああああああぁぁっ!」

 鋏がクウガの右腕を切断した。

「ああああ! う、腕、がっ、あ――ああああぁっ!」

 クウガの口から絶叫が発せられる。

 モンスターはその叫びの中、青い切断面を見せるクウガの右腕を鋏で器用に拾い上げると口の中へ放り込んだ。

「クゥ!」

「ああ!」

 ミノルさんからの声に返答し、抱えていたアヤネを放り投げるとそれをユイが受け止め、セナが瓶を取り出して俺へと放り投げる。そしてアールは魔法の詠唱を開始した。いや、始めていた。

 投げられた瓶を掴んだ時、巨大モンスターが出現した地面の穴から大小様々な同型のモンスターが次々と這い出て来た。

 小さいのは中型犬サイズで、大きいのは自動車ほどある。奴の子供か、幸いにしてビルサイズのは他にいなかった。

「A、Dはボスを狙え! Bはクゥの援護をしつつ遊撃、Cはザコを片づけるんだ!」

 俺がクウガに向け一直線に駆ける中、ミノルさんの指示を飛ばす声が後ろから聞こえた。

 悪く言うと余り者で構成された北方開拓隊の四つのパーティーはバランスを考えて組まれているが、所詮は寄せ集めに近くどうしても偏りが出来てしまう。

 それを逆にそのパーティーの特色として、ミノルさんは適切な指示を飛ばした。

 Aパーティーのリーダーであるミノルさんが大剣を構えて走り出し、単発火力の高いA、Dのパーティーが続く。

「敵を近づかせないようにして!」

 手数の多い前衛と後方支援の多いミサトさんのCパーティーが群がるザコを足止めし、最もバランスの取れたBパーティーが遊撃に回る。

 ソロの俺がクウガの所にたどり着くのと、ボスモンスターが食事を終えて八つ目で俺を見下ろすのは同時だった。

 そしてまた、アールの詠唱が終了した。

「フレイム!」

 アールの声に応じて、モンスターの足下に魔法陣が浮かんび上がり、そこから炎の柱が噴き出す。

 だが、モンスターは真下からの炎を浴びてもビクともしない。

 けれど気を逸らす事には成功したようだ。

 その間に俺はクウガの襟と左脇下を後ろから掴んで引きずり、モンスターから離れる。

「鋏に注意しながら、足を集中的に狙え!」

 魔法の効果が切れた頃にはミノルさんを筆頭としたパーティーがボスに殺到する。

「おいおい、しっかりしろよ」

 ある程度安全だと思う距離まで離れると、後ろからクウガの背を支える。

 クウガの体力バーが大きく減少していた。

 不意打ちに近い形でボスから直撃を受けた上に腕を切断されたのだ。生きているだけでも運がいい。それとも、こいつが頑丈なのか。

「ぁあっ、クソッ! あいつ、俺の腕を! 痛ェッ!」

「幻痛だって」

 継続ダメージで無い限り痛みは一瞬だ。腕を切られた時の痛みは凄まじいだろうが、血も出なければ傷口からの痛みも消えている。

 それでも痛いと錯覚してしまうのは、最初の痛みが鮮明過ぎるだろうからか。

「今、再生薬で治してやるから」

「あ、ああ、すまねえ」

「気にするな。こう見えてギリギリ団体行動は出来るタイプなんだ。運が良かったな」

「前後の言葉がどう繋がるのかさっぱり分かんね……」

 バカなやり取りをしつつ、セナから渡された瓶の蓋を開ける。

 ダメージや攻撃の仕方によっては体が欠損することがある。そうなった場合、体力バーの最大値自体が減少する上に、動きに大きな制限がかかる。

 切断されたりなどして部位が残っていれば、くっつけた上で通常の回復薬を使えば繋がるが、損失した場合は再生薬というアイテムを使わなければならない。

 クウガの肩、青い切断面となったそこに瓶の中身をかけていく。

 すると青白く淡い光がクウガの方から伸びて右腕を形作り、光が消えた時には右腕が生えていた。

「――よっしゃ!」

 二、三度右手を開いたり閉じたりしたクウガは俺が新たに渡した回復薬を一気飲みすると立ち上がり、背に担いでいた鉄槌の柄を掴んだ。

「もう行くのか?」

「当たり前だ。借りを返してやらねえと気が済まねえ!」

 そう怒鳴って、クウガはモンスターに向かって全力で走り出した。

 おーおー、元気だねえ。

 俺はアイテムボックスである腰のポーチに手を突っ込みながらその場にしゃがむ。

 そのまま手を動かしながら戦いの様子を眺めた。

 ミノルさんらは前情報の無いボスモンスター相手に奮闘していると言っても良かったが、鎧のようなボスの外殻に対して効果的なダメージを与えるに至っていない。

 どうやら、斬撃耐性と刺突耐性が非常に強いようだ。剣も槍も矢も弾いてしまう。

 かろうじてその重量から打撃属性も持つ大型武器・刀剣のバスターソードを操るミノルさんと、つい今し方突撃していったハンマー使いのクウガがダメージを与えられるぐらいだ。

 魔術師達も魔法を放ちまくっているが、効果は薄い。

 この状況はおそらく、子ガニグモを相手にしているミサトさん達が加わっても変わる事はないだろう。

 何か弱点はないかと<能力解析>を試みるが、やはり俺の熟練度ではボスモンスターの能力は解らない。

 北方開拓隊の中でもっともその能力の高い男は魔法による攻撃を諦めてキーボードを鬼のような速さで叩いていた。

 何をしているのかと言うと<能力解析>だ。当然、熟練度が高ければ見て解る通常の<能力解析>とは違う。

 熟練度が高くなくてもある程度解析できる自称オリジナル魔法。つまりはハッキング。要はズルだ。

 本人が言うには――本来なら一瞬だけど、最初に申請したオリジナル魔法はシステム側に弾かれてね。遠回りさせられる上にパズルみたいな物解かないと効果が無い仕様にしてようやく通ったよ。

 と苦笑していたが、俺のような一般人からしたらズルと変わらない。

 まあ、こっちとしては役立つから良いんだけど。

「これは…………ミノルさん!」

 解析が終わったのか、開拓隊のリーダーであるミノルさんの名を呼びながらアールは空中に一枚のウィンドウを表示させ、四枚の洋紙皮を取り出した。

「こいつ金属性だ!」

「なに!?」

 エノクオンラインの世界には下位四つ、上位四つの計八属性が存在し、金属性は上位属性の一つだ。

 金属性は確か……

「火と土の属性を内包してるから、その属性は利かない」

 下位属性のうち、攻撃系魔法の多くは火や土属性のが多く、逆に水や風は回復や補助が多い。

 上位属性の魔法がまだ発見されていない今、ボスに有効な魔法は無い。

「とにかく、情報を渡すよ!」

 表示していたウィンドウの上に洋紙皮を置き、焼き付けを行ったアールが紙を周りにいる別パーティーの魔術師達に手渡す。

 <能力解析>で得た情報はパーティーで共用できる。アールは各パーティーの魔術師にその情報を渡し、開拓隊全体でボス能力を共有したのだ――オレを除いて。

 ついでに言うと、補助魔法も後回しにされがちだ。

 しょうがねえよな。ソロだし、パーティー戦は精神的に不得意だし、熟練度が平たくて攻撃力足らねえし。

 身から出た錆なんだけどな!

「さて、と……」

 もうそろそろか?

 物理攻撃は打撃属性ぐらいしか有効打がなく、魔法も目眩まし程度にしかならない中、ミノルさんら前衛はよく頑張っている。

 同じタイプとはいえザコモンスター、ミサトさんのパーティーも着々と倒していっているし、じきにミノルさんの援護に回れるだろう。

 しかし、ジリ貧だ。

 前衛が中型武器・刀剣を中心に構成されている彼女達では大した効果は得られない。

 だからこそ、もうそろそろだ。

 逃げる準備を終えて、俺は立ち上がる。


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