それは原動力にもなるもんで
真奈美は動揺していた。
「杉浦が?」
「あれは…さ」
「黒だよね」
真奈美の目の前の友人たちが、苦笑している。
真奈美は我に返った
「ふ…ふうん〜…」
やば、動揺してんのばれたかな。
平然を装ってみて、すぐに体が寒さを感じた。
真奈美としては、世界で一番大嫌いな、殺意まで抱いた知人(あくまで友人とは認めない)である杉浦可未のことで、いちいちうちひしがられたくはない。
それを悟られるだなんて以っての外だ。
だって私は温厚だから。
優しい真奈美でなくては。
そうでなかったら、私に存在価値はない。優しい真奈美でなかったら
杉浦と変わらない
そう思えて仕方がなかった。
「…」
しかし、あまりに突然すぎて、前のように笑い飛ばすことも出来ない。
「杉浦が河上に告ったの??」
「それで付き合ってるの??」
「なんで??」
真奈美は次々と疑問をたたき付ける。
「いや…騙されてんでしょ、河上が。」
「…っ」
「…だよねー!ははァ」
真奈美は口元が引き攣ったのを感じた。
うわ、おかげで変な声出ちゃったよ。
「河上くんって、前から杉浦のお気に入りで、やたら存在を自慢されるからさ〜、元々評価低かったんだけど、今回の件で、もうダメだね、人として。」
まあ、そこまでぶっちゃけひどく思っては無いけどね…
真奈美はそうと心の中で呟き、
しれっと口にする。
だって、杉浦に幸せを掴む権利など無いと確信してるから。
どんなにひどいことであっても、杉浦には思ってしまっていいと、真奈美は自身で唯一許している。
真奈美は人を嫌いにならない。
どれだけ憎んでも憎んでも、いずれは愛情を残したままに、憎んでいると嘘をつき、愛情を感じてしまうのに。
杉浦だけは好きになれなかった。
だれが付き合うとか別れたとか、そんなことは私には関係ない。
でも、杉浦はだめなんだよ。
許せないよ。
……河上がいながら、徳永に手を出したの??
……いや、徳永がいながら、河上…
…違う、あの二人はそもそも誰のものでも
でも河上は杉浦と付き合って…
………じゃあ徳永…禅は
徳永禅って何なのよ。
何で…徳永禅が出てくるのよ。
もういいのよ、徳永なんか。
真奈美は頭の中で、徳永禅の顔をマーカーでぐちゃぐちゃと塗り潰した。
「この間サキが、図書館でかみちゃんと河上くんが一緒に勉強してるの見たんだって。」
「ああ、それは私も聞いたよ。付き合ってるのかなーとか言ってたよね。」
真奈美は確かその時、ありえないを連呼して、クラスメートのサキをがっかりさせた。
…まさか、ほんとに付き合ってるだなんてね。
…?
何でこんな引っかかんのかな。
やっぱり嫌いだからなのかな。
………
付き合えるなら誰でもいいとか…
そんなこと思ってるの?
だめだよ、そんなの
ほんとに好きじゃなきゃ、絶対辛いだけだよ。
…
じゃあ、ほんとに好きな人って?
いないよ、そんな…
…
…徳永を超える人じゃなきゃだめだよ
「真奈美!!」
「!」
「…すごい顔」
「え…」
「すごい目つき悪かったよ」
「…っ…いや、元々こういう目だから!!」
「ふーん…そうは思わないけどね。」
「……」
〜〜〜〜〜〜〜〜
私は何で徳永禅を引き合いに出したの?
何で徳永禅が出てくるの?
何で…
もう終わったんだよ!!
徳永は…
私のこともう何とも思って無いのかな
もうなかったことに出来ないのかな
「あっ、ゼンちゃんの好きな人だ〜」
「!」
徳永。と、その友人。
真奈美はポーカーフェースを決めた。
約二年、これは言われつづけている。
(もう慣れたわ。)
「あははは…」
徳永禅とその友人は、どうやら真奈美の後ろを歩いているようだ。
真奈美と場所が逆だったら、間違いなく彼らは走って逃げているはずだ。(そもそも、真奈美に後ろから何かするとかいう度胸はないが。)
徳永禅は、心にも無い嘘を言われてただ笑っている。
真奈美にだって、徳永禅とその友人が自分を良く思っていない事くらい分かる。
笑ってんじゃないよ。
わかってんだからな。
否定くらいしろよ。
まだ可能性あるのかなとか思っちゃうじゃない。
そういうの嫌いだよ
あー黙れ黙れ
もう、いっそのこと………
死んじゃえよ…
「!」
いつの間に
目から水滴が垂れ、それを認識した瞬間に、滝のように流れ出す。
顔が一気に紅潮してゆくのを感じた。
「…うっ」
笑うな、徳永。
「…」
笑うな、二度と。
…
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
真奈美は全力で床を蹴り、部活を引退して以来、初めて疾走した。
キモいって思われたかな
おかしいって思われたよね
ううん、元からそんなによく思われてないから…
大丈…
でも嫌だ
よくわかんないけど
助けて
助けてよ!!
「あ」
真奈美は目の前の人ごみで、スピードを落としたが、どうしてもよけきれずに、ぶつかった
「ごめんなさ」
「ごめん!!」
真奈美と人物は顔を合わせた。
「!!」
互いに思わず目を逸らす。
河上。
真奈美は顔を伏せた。そして涙を拭く。拭いたところで、もう取り返しがつかないのは分かっているが、拭かないよりはましだろう。
河上は気まずそうにしている。どうやら、自分のせいで真奈美を泣かせたと思ったらしかった。
この齢でぶつかったくらいで泣いたりしないよ…駅でいつも誰かしらとぶつかってるよ…
「ごめん違うから…」
真奈美はぽつりと呟いた。
違うって何が?
言ってからそう思ったが、そんなことを訂正する余裕はない。しかも人ごみの中で。
!
河上は真奈美に手を伸ばした。立ち上がるのを助けてくれるらしい。
「…」
真奈美は頑張って笑顔を作り、一人で立ち上がった。
河上は少し悲しくなったようだった。
「大丈夫だから」
「……」
そのままどこかへ行ってしまおうと思ったが
「あのさ河上くん」
「え?」
「杉浦とはどういう関係なの」
「…」
え?
わ
何を聞いてるんだ私は!!!!!!!!!!!!!
「あ〜…」
河上はへらへらし始めた。
同じクラスだった河上と話すのはこれが初めてだった
のに、何でいきなりこんな話をふったのだろう
焦るにもほどがあるって!!
「噂すごいよな…つきあってるとかそういう話??」
「!…あはは、うん。そう…だね」
救われた…??のか
「部活の三年の中で噂やばくてさー…私同じクラスだから、河上くんに聞けって言われて…」
ごめん、チームメイトたち。真奈美はそう念じた。
「付き合ってないよ。第一受験期だし。さすがにそんな余裕ないって」
「そっかあ…そうだよね」
「ありがとうね!」
真奈美はくるりと振り返って、歩きはじめた。
何で、こんなに嬉しいんだろうね。
正直杉浦がいなかったら、私は一生河上と話すことは無かっただろう。
それに、河上に手を貸されることも無かっただろうし。
嫉妬の力ってすごい。
きっと、私は嫉妬したら…何でも出来るんだろうなあ…
「ゼンちゃん」
「!!」
ああそうだった…
後ろに徳永禅がいたのを忘れていた。
真奈美は来た道を引き返したせいで、再び、徳永のクラスの直前で鉢合わせてしまった。
徳永は真顔になっている。
真奈美も…涙は引いたが、正直気まずさは消せない。
徳永の友人も、真奈美にガンつけている。
「…」
歩みを止めるな…
私は…徳永を見てるんじゃない
友達のことだって見てない…
そう、もっと先!!私は進むべき道を見ているの!!
徳永は伏し目になり、歩み進める。
徳永とすれ違った瞬間
時が止まった気がした。
それを感じたのは、世界で真奈美だけだったのかもしれない。
真奈美はずんずんすすむ。
徳永と友人は、教室の中に入って行く。
一秒ごとに、互いに認識出来ない距離へ遠退いて行く。
「見とれてんじゃねえよ」
聞こえない聞こえない。
…
でもこれだけは言っておく
「見とれてなんかないから」
初めて言い返した。
互いに相手を見もしなかったけど。
驚いたらかな、私が言い返せるなんて。
言い返せるって思わなかったでしょ。
…はは、気持ち悪い
「見とれてたってさ、徳永。」
「…ハハッ」
はあ、むかつくなあ。