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この気持ちはやり場に困るんで


悔しい。







悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい






真奈美は一人、自習室でイライラしていた。


大股を広げ、スカートをほとんど太もも丸出しの状態でがっつりと椅子に腰掛け、歯ぎしりまでしかけていた。


「ちっ…」



舌打ち。



「!!…」


真奈美は思わず驚いた。

自分は舌打ちが出来る人間だったのか。

真奈美は高校三年、今までに舌打ちなんてしたことが無い。



自分では、温厚な方だと思っている。

悪口なんてほとんど言ったことが無い。言ったとしても、ほとんどが愚痴の域。悪口まではいかない。


その自分が、イライラし、舌打ちまでかました。




真奈美は自分で気がついていた。



これは末期だ。




私は嫉妬している。










〜〜〜〜〜〜〜




時は、遡ること数時間前。





真奈美は清掃で、廊下のモップがけをしていたのだ。


真面目になんかやっていない。怒られない程度に。


その日は何だか嫌な予感がしていた。胸騒ぎがした。




『ねえ見て!』



『…!』



予想的中…

真奈美は心の中でぐったりした。

表情には出さない。

だって、学校では温厚でやさしいキャラで通してるから。


『汗やばくない?体育だったの!!』



真奈美に駆け寄って来たのは、隣のクラスの杉浦だった。



くるくると巻いてある長髪を下ろし、汗で濡れた部分を見せつけてくる。



『すごいね。』


思ったことをそのまま口にした。


『でしょ〜』




真奈美は杉浦が苦手(というか嫌い)だ。


頑張れ…頑張れ…


真奈美は心の中で自分を松岡修●の如く、盛大に応援する。

それほど杉浦があまり得意な相手ではなかった。



何を言われるかは具体的に分かってはいた。

どうせあのことだ。

自慢しに来たんでしょ。


『今日、授業で試合したんだよ』



はいきた、予想的中


競馬なら結構な金額が入ってくる、的中率だね。



それで、次はあいつの名前が出るんでしょ、私が聞かなくても。



『ね、疲れたの〜』


『………』



どうやら杉浦は、真奈美に質問してほしいようだった。

どうも、その質問に答えさせないかぎり、目の前から立ち去ってくれそうにない。



『…誰と試合したの。せんせ?』


相手が先生じゃないことくらい分かってる。


杉浦は嬉しそうにニタニタと顔を緩めた。



…そんな顔すんな。

真奈美は、何だが殺意に近いものを抱いていた。


かといって、杉浦を絶対に殺すことはないが。


『ゼンちゃん』



『……』



真奈美はハッと息を吐いて、



『ふうん』


と言った。



『…で、どうしたの。』


本当は結果なんてどうでもいい。


真奈美の口から、勝手に質問が出てくる。


なんだこれは、私は誘導されているのか。

杉浦が答えたいことばっか質問してるじゃないか。



『あのね、あのね、先生とペア組んだんだけどー』



結局先生と試合したには変わりないんじゃないか。

真奈美は内心、悪態をついたが、飲み込んだ。



『勝てたの、やっほい♪』



ちょ…おま、そのていでやっほいって…



真奈美はその時、自分はすごい顔をしてたんだろうなと思った。



ろくにかわいくもないくせに、かわいこぶる杉浦がむかつく。

そういう些細なことにむかついている自分自身にも腹が立つ。




…おおっと、いけない、いけない。

真奈美は大急ぎで心を落ち着かせる。


そして自分の中で、大きく深呼吸して、かなり大きな覚悟を決めて、思ってもいないことを口にした。



『…よかったね』




杉浦は満足そうに、真奈美の元から去っていった。




やっぱ、それが言いたいだけだったんだ。


真奈美は呆れると同時に、内部で激しく熱量を発するものを感じていた。




〜〜〜〜〜〜〜




これが、真奈美が普段にない態度をとっていた理由だ。



今思えば、最後に杉浦によかったねって言ったとき、かなり表情が引きつっていたのかもしれないな。



…まあいいか、杉浦にどう思われようと。


あいつは、私の事をなぜか見下してて、馬鹿にしてるから。



そんな義理どこにも無いけど。



杉浦に好かれようとか、これっッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッぽっちも思っちゃいないし。








…私って嫌な奴なんだな。



真奈美は改めて思った。



所詮、温厚でやさしいのは外側だけ。

内部はドロドロに濁ってて激しく炎を上げている。

それを悟られないように薄っぺらい笑顔浮かべてるだけ。


ああ嫌な奴嫌な奴。



でも、直そうだなんて思わない。

真奈美は自分のために生きているのであって、別に他人に気を使って一生を生きるのでは無い。




嫉妬ぐらいする。





これは嫉妬だ。





笑顔を浮かべつつも、目の奥では煌々とともされ、激しく炎を上げる、嫉妬だ。




真奈美は「徳永禅」(とくながぜん)が好きだ。



好きだった。




いや、好きだ。





徳永禅はゼンちゃんと呼ばれている。


杉浦も、本人には無許可で、裏で徳永をゼンちゃんと呼んでいる。





徳永の事が、好きだった。

一年生の頃から、ずっと、ずっと、誰よりも好きだった。

ずっと徳永の事を考えていた。

誰よりも、徳永の事で泣いた。

誰よりも、誰よりも、徳永を愛していた。



世界で一番、




真奈美という一人の人間の人生の中で一番、



愛していた。




徳永も、真奈美に好意を抱かれていることは知っていた。


周りも知っていた。



杉浦も。



だが徳永には、真奈美の愛情がおもすぎたのだった。




『ずっと好きでした…』



高二の時



同じ部活だったのをいいことに、真奈美は徳永禅に告白した。



『…付き合ってください…』




徳永禅は、うっすら笑顔を浮かべた。


『…ちょっと待って下さい。』



保留。



真奈美は、もうフラフラだった。




その場からさっさと立ち去る、徳永の姿など見ている余裕はなかった。






告白したのは、みんな知っていた。

誰も言わなかった。





杉浦以外は。




『ねえ!!どうだったの!!』


杉浦はしつこかった。

真奈美は、泣かずに言えたという満足感を根こそぎ奪われた気がした。


『別に…』


『フラれたんだ、フラれたんでしょ!!』



真奈美はキレそうになった。


『…保留』



『何だよ、つまんね!!』



つまんねって…何それ。




自分が言われたら泣くんでしょ。キレるんでしょ。

私は言われてもいいの。

私には言ってもいいわけ。私って何なの。



真奈美は深く傷ついていた。



家に帰ったら、徳永禅からメールが来ていた。

珍しい。



真奈美からメールを送信することはあっても、徳永からメールが来ることなんて滅多にない。



多分…いや、絶対今日のことだ。




真奈美は極度に緊張していた。

新着メールにスクロール出来ない。

気温のせいだけではない。汗が流れる。喉が渇く。目に涙がたまってゆく。




だめだ、むり。





結局1時間経ってしまった。

異常な動悸はおさまる気配がない。



「…♪〜」



メールだ。




真奈美は携帯を開いた。



「……」



『返事来た?』




白黒メール



杉浦からだった。




「ありえないっつの…」




思わず口にした。



何なんだ、この女は。

人の気持ちも知らないで。


杉浦には返さなかった。


…………



意を決した。



真奈美は、徳永からのメールにスクロールした。



ぎゅっとまぶたを閉じる。



開けられない。




…………




だめだよ、むりだよ




携帯の終了ボタンを押してしまう。




結果はうっすら分かってるよ。




…でも見なきゃ。



でも…




「……はあ」




ため息をついて、


歯を食いしばって、



真奈美はメールを見た。





『送信者


徳永 禅



無題




今日の事だけど本当にごめんなさい。 』










涙が止まらなかった。









それからはすごかった。



徳永は、激しく真奈美を避ける。

そのたびに、いちいち真奈美は傷つく。


今まで自分がしてきたことを全て後悔し、自分にいらだつ。




一番すごいのは、杉浦だった。



『返事まだ?』



部内の禁忌と化してきている、真奈美と徳永の事に、平然と触れてくる。



真奈美としては、毎回、宝玉を脂まみれの素手で触られたような気持ちになった。





告白したのはお前じゃないだろ。

まるでお前がしたみたいじゃないか。

もう関わらないで。







結局、今の今まで杉浦には言わなかった。

杉浦は、本気で結末を知らない。

周囲は、どうやら知っていた。


完全に、真奈美と徳永に関する話は、学年を巻き込んだ禁忌となった。





杉浦は友達じゃない。


私はあいつが心のそこから嫌いだ。


あいつと一緒にいても、全く安心出来ない。

むしろイライラする。


そんなのは、友達に感じる感情じゃない。






杉浦は、真奈美に向かってやたらに徳永の話をするようになってきた。



『今日ゼンちゃんね、授業中寝てて注意されたの!!』



…たまたま同じクラスだからって



『ゼンちゃんね、起きてるときあんまり無いけど、起きてたら窓の外ばっかり眺めてるんだよ!!』



ふざけんなよ。



『ゼンちゃんってさ、かわいいよね』




私は生まれて始めて呟いた。
























杉浦、お願いだから




死ね











『ゼンちゃんかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい〜〜〜〜〜〜』






死ね、死ね死ね死ね死ね死ね、死ね。



杉浦が体をくねくねさせるたびに呟いた。



自分の中がどんどんけがれてゆく。


体温はさがってゆくのに、内部で炎を巻き上げる。




杉浦なんて死んでしまえ。


早急に。出来るだけ早く。黄泉送りにしてください。



じゃないと私、どうにかなりそうです。












〜〜〜〜〜〜〜










〜〜〜〜〜〜〜〜




真奈美は、徳永禅を嫌いになった。



徳永禅は、真奈美が自分の事を好きすぎて気持ち悪いと発言した。







気持ち悪い










真奈美は深く傷ついた。



それまで徳永禅に会うたび、真奈美は傷ついていた。

胸が締め付けられていた。自分自身、本当に全てに後悔し、苛立った。

徳永に謝罪したかった。





徳永禅の一言で、真奈美の全てが打ち砕かれた。



『…………』




多分、徳永の発言は今回が初めてではない。



きっと何回も言っている。


たまたま真奈美の耳に入らなかっただけで。

たまたま今回入った。





真奈美は全てを否定された気になった。




愛情が、はっきりと憎悪に変わった瞬間だった。






『徳永なんか嫌いだ。』





はっきりと言った。




『ええ!!』




真奈美にとっては覚悟だった。




『ゼンちゃんいい人だと思ったのにな!!』



杉浦の前で言ってやった。


心なしか、杉浦が嬉しそうに見えた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜







「ねえ、真奈美!!知ってる?」




「え、何??」





「かみちゃん、ゼンちゃんに告ったって。」




「かみ」とは杉浦のことである。




杉浦が徳永に告ったって




杉浦が徳永に告った






杉浦が徳永に告った









友達がそう教えてくれた。





杉浦が



徳永に告白した。








真奈美の世界から音が消えた。




一瞬、なにもかもが止まった。




「ずっと言おうと思ってたんだけど、なかなか会えなくて…」








「……は」

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」





真奈美はひたすらに笑っていた。




「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」





「何それ超うける!!」




悔しい




「今年一番面白い!!」




悔しい悔しい




「あんだけ人のこと馬鹿にしてたくせに、ネタじゃん!!」




悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい





「ほ〜んとに」





悔しい




「うけるわ〜」















ちっとも面白くなんか無い。悔しい。


悔しい悔しい悔しい




あー悔しい悔しいあー



悔しい悔しい




悔しい



悔しい




〜〜〜〜〜





結局、杉浦はフラれたのだという。


杉浦は、それを冗談、友達にやられたと言って無かったことにしたが、アリバイは存在しない。






杉浦は今日も私に話し掛けてくる。



私が知らないと思っているから。





「返事まだ??」



「…まだ言ってんの」



「まだ??」



「まだ。」



嘘をついた。

もう、いっそのこと貫き通してやる。




「万が一さー、ゼンちゃんがOKしたりしたらさー」


万が一って何だよ。ありえないみたいじゃん。

まあ、ありえなかったけど!!



「わたし結構ショックだなー!!」




「そう……」





真奈美は杉浦から離れる。






杉浦、あんたは知らないでしょうが


私は知ってる。




あんたが、私から徳永のメアドを搾り取れなくて、直接聞いてメールで告白したってのも。



十人の男子に同じ内容のメール一度に送り付けてる事も。



あんたが徳永たちに裏で「ポセイドン」って呼ばれてるのも



未だに徳永にメールしてることも



徳永以外に狙ってる男が何人もいることも





私は全部知ってる。





馬鹿にしないでよ。





私はあんたに嫉妬しつづける。



この嫉妬の炎が消える事はない。



そして、あんたにだけ呟きつづける。



お願いだから、死んでしまえ。



って。







そして、徳永は私から隠れつづける。

いつか、出会わなくなるその時まで。


私はそれまで、傷つきつづける。




まだ、徳永が好きだから。




〜〜〜〜〜〜






送信時刻PM7時



今思えば、徳永のあのメールは送信予約だったのかもしれない。


5時ころには家についたのだから、2時間近くも考えるだろうか。

そんなはずはない。

だって、徳永が私を振るなんて、最初から決まっていたのだから。


7時ピッタリだなんて、偶然にも程がある。






真奈美はメールを打った。



『受信者 徳永 禅



部活終わったけど、

勉強してる?? 』




送信。













返信はない。







ああ、もうだめか。




真奈美は自嘲する。





私が、あいつにしたことは、相当だったようだ。





それでもごめん、好きだ。





今までとは変わったんだよ。



私、あなたに苛立つようになった。

すごくね。でも好き。

苛立っても、それでも好きなんだ。









だから、すごく嫉妬はする。

別に、誰のものでも無い。

私のものじゃない。


でも、嫉妬する。



私の中で、ドロドロと赤みを帯びた炎は止まる気配を知らない。




私は綺麗な人間じゃない。




すごく嫉妬する。



それでも、人を愛して報われたいって思う。



それでも嫉妬する。


ずっと、ずっと、









きっと、これからも杉浦に何度だって死んでしまえって念じるのだろう。






真奈美はやっと我に返る。



自習を始めることにした。



…ガチャ



自習室の扉が開けられる。






男子生徒





徳永禅だった。




徳永禅は、驚いてから無表情になった。

真奈美は思わず目を反らした。





真奈美に徳永を見ることなんて出来ない。




徳永禅はその場から移動した。扉は静かに閉められた。




…バタン


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