3話 近衛兵
「おはようございます。」
「ん?」
なぜかカリンの機嫌が悪い。言葉に棘がある。
たしか、昨日はいろいろ説明してくれた後、部屋にあるベットで眠ったはずだ。随分と豪華なベットだったのが印象的だった。
それでカリンも俺と一緒のベットで眠って、今にいたる。
寝る時のカリンは薄いパジャマのような服を着ていて刺激的だったが、手を出すようなことはしていない。
理由はこの蟲のルールに身分が上のやつには絶対服従ってのがあったからだ。無理やりというのは俺の流儀に反する。
それでも、変な気がおきそうにはなったが、今まで修行僧のように爺さんにしごかれていた俺だ。自分の気持ちを抑える術も既に会得している。
正直なことを言えばぜひとも手を出したいところだけどな。美人で巨乳でメイドさんだし。
そこは、今後、良い信頼関係を築いて、同意のもとやりたいものだ。
話を戻すが、俺にはカリンを不機嫌にさせるようなことをした心当たりがない。
となると、女の子に月一で訪れるというあの日だろうか?
蟲にもあるのか?
「朝食です。」
俺が蟲にもあの日はあるのか否かという変な脳内議論を白熱させていると、カリンが朝食を持ってきてくれた。
「あんがと。」
朝食の内容はサラダのようなものと、生の肉とパンのような塊だった。
生の肉には少し抵抗もあったが、美味しく頂いた。
その後、手掛ける支度をして、俺の近衛兵との顔合わせに出かけた。
カリンは以前、不機嫌なままだ。
「何でそんな不機嫌なわけ?」
「知りません。」
……乙女心って難しい。
「こちらです。」
洞窟を歩いていくと、とある部屋に案内された。部屋の中から、何かを打ち合う音が聞こえる。模擬戦でもしているのだろうか?
部屋に入ってみると、案の定、中では模擬戦が繰り広げられていた。
模擬戦を行っているのは大きな鎌を使う女性と、二つの刀を使う二刀流の男性。俺とカリンが入ってきたのに気付いた為か二人とも模擬戦を中止してこちらを伺っている。
「ここにいる私を含めた三人がベル様の近衛兵のメンバーです。」
「カリンもか?」
「はい。
……嫌ですか?」
何故か泣きそうな目で俺を見るカリン。
「まさか。
むしろ嬉しいよ。」
「あ、ありがとうございます。」
うんうん、なぜか知らないけど今のでカリンの機嫌も直ったみたいだし、良かった良かった。
「えっとカリン、もしかしてそちらにいる方が?」
「ええ、ベルゼブル様です。」
鎌持ちの女性がカリンに恐る恐るという風に聞く。
「ベルゼブルだ。昨日産まれたばかりで知らないことばかりだからこれからよろしく頼む。」
「我らが王子にそう仰って頂けるとは、幸福の極み。」
二刀流の男が恭しく頭を垂れる。それにあわせて女性の方も頭を下げる。
「カリンには言ったけど、俺に対して敬語は使うな。」
それからカリンの時のような一悶着があったが、結局、二人にも俺に対して敬語は使わないと約束させた。
「で、二人の名前は?」
「私はライエルと言います。」
ライエルと名乗ったのは二刀流の男。容姿はかなりのイケメン。身長も高い。
「私はキリカと言います。」
キリカと名乗ったのはスレンダーな女性でカリンと比べると胸は小さめだ。でも細身な体のせいか本来の大きさより大きく見える。
「とりあえず、三人の力を見せてくれ。」
というわけで、まずは俺の近衛兵という三人の実力を見ることに。流石にカブトと同レベルだとお話にならないからな。
「では、まずは私から。」
最初の相手はライエル。
「ベルゼブル様は素手でいいのですか?」
「構わねぇよ。」
爺さん直伝の体術もあるしな。この身体能力も合わせれば負けることは無いだろう。
「ライエル、お前から来い。」
「では、遠慮なく。」
速い。だが、見切れないほどじゃない。
「甘いな。」
ライエルの刀を避けて、腹に掌底を叩き込む。しかし、ライエルはもう一つの刀を手と腹の間に滑り込ませ衝撃を緩和させた。
「ならそれごと打ち砕けばいい。」
力を更に込めて打ち砕く気でやり、防がれた刀ごとライエルをふっ飛ばした。
「勝負ありです。」
カリンが間に入り、勝敗は決した。
「悪くは無かったよ。」
特に、あの反応スピードは賞賛に値する。
「あ、ありがとうございます。」
骨でも折れたか?
息も絶え絶えのライエルはキリカに支えられてやっと立ち上がった。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「はい。蟲ですので、休んでれば治ります。」
蟲さんの生命力すげー。
「次は私が。」
ライエルを隅に座らせてからキリカが俺に対峙する。
「キリカも攻めてきてくれ。」
「分かりました。」
そう言って接近してくるキリカの動きはライエルに比べると随分と遅い。しかし、鎌で放たれる一撃はかなりの威力が込められているようで、当たったら今の俺でも痛いだろう。
「でも当たらなければ無意味だよな。」
そう、キリカの動きを見切れる俺にはどんな威力を持った攻撃も意味が無い。なんせ当たらないのだから。
「キリカはこんなものか。」
まぁ、誰かが足止めでもして、動きを封じてやればそれなりの戦力にはなるだろう。
「くっ!!」
凄く悔しそうな顔をするキリカ。ちょっと言い過ぎたかな?
「ライエル!!」
「はぁ、分かりましたよ。」
一旦、俺から距離を取ったキリカはライエルの元に駆け寄った。
いったいなにをするつもりなんだろう?
と思ったら、いきなりキリカがライエルの腕を鎌で軽く切り裂いた。
「何してるんだ?」
全く意味がわからない。キリカの八つ当たりか?
もし、そうならライエルがあまりにも報われないんだけれど。
「行きます。」
「おっ。」
速い。さっきなんかよりも断然速い。
流れるような連続攻撃。そしてとうとう鎌が頬をかすり鎌に俺の血が付着する。その瞬間、キリカは更に速くなった。
どうやら血を吸えば吸うほど強くなる能力らしい。
「キリカそれ以上は危険です!!」
カリンが叫ぶ。
俺はその内容が気になったので、一度キリカの鎌を掴んでからカリンの話を聞くことにした。
「どういうこと?」
「えっと、キリカは血を吸い過ぎると我を忘れてしまうんです。」
「それって、キリカの命に関わる?」
「いえ、そんなことはありませんが、王子の身に何かあったら大変です。」
つまり、このままいくと俺が危ないと。
「へぇ。」
俺はわざと鎌に腕を軽く切らせた。
「ベル様!?」
「カリン、俺のことなめてるだろ?」
いいぜ、全力で潰してやる。あ、もちろん殺したりはしないよ。
それに俺もこの体の限界を知りたかったところだし、丁度良いだろう。
「来いよ。」
「はぁぁ!!!!!」
速い速い。だけれど俺からしたらそれでもまだ遅いな。
「せい!!」
隙を突いて掌底を打つ。しかし、キリカはそれを野生的感でもって避ける。
そして、攻撃が空振りに終わった俺の隙を逆に突いてきた。さすがにそれは避けきれずもろにくらってしまう。
更に加速するキリカ。
キリカは既に野生動物のようになっている。言うなればバーサーカーモードといったところか。
「そろそろいいか?」
キリカが俺に攻撃を当てても殆ど加速しなくなってきた。おそらく、この辺が限界なのだろう。
「いっちょ行きますか。」
本気を出したら今のキリカを軽く超える速さで動けた。
でもって、キリカを殴ってみた。腹を狙った俺の拳はキリカの鎌に阻まれた。だが、俺はそれも構わずライエルの時のように鎌ごとキリカをふっ飛ばした。
「勝負ありです。」
ちょっと本気を出し過ぎたようで、キリカは完全に気絶している。
「やり過ぎたか。」
「いえ、あれくらいなら大丈夫です。
それよりもベル様、先程は私程度の身のほどもわきまえず、勝手なことを言ってしまいすいませんでした。
なんなりと罰を申しつけ下さい。」
「あ〜、別に構わんよ。カリンは俺のことを心配して言ってくれたわけだし。」
実際、そこまで気にしてないし。
「ですが、それでは私の気が済みません。」
「じゃぁ、俺と手加減なしで闘ってくれ。」
俺の勘では、この三人の中だとカリンが一番強い気がする。だから、俺に遠慮することなく全力で闘って欲しい。でなければカリンの実力も分からないし。
「……分かりました。
全力で闘わせてもらいます。」
カリンの雰囲気が変わった。これは予想以上に楽しくなりそうだ。