9.憎しみは傲慢の始まりだった
side.エルディル
「婚約破棄の件は承りました。他に用がないのなら失礼します」
ああ、見つけた。
彼女だ。間違いない。
あなたがこの世に存在しているというだけで乾いた心が潤っていく。
待っていた。
ずっと、あなただけを待っていた。
会えると思っていたわけではない。
自分のように転生しているとは限らないし、仮に転生していてもこの広いで出会えるとは思っていなかった。
だからこそ、逃しはしない。
邸に帰ってすぐオルテンシア・レイアードに釣り書きを送った。
「あなたは変わらないな」
思えば、あの時から既に惹かれていたのかもしれない。
俺には前世の記憶がある。
前世での俺は勇者だった。
魔王から世界を救った勇者レオン・クロウェル、それが前世での俺だ。
生まれた時から俺は勇者だった。
魔王は悪の象徴で、倒さなくてはいけない存在
そう教わった。そのために必要な仲間は用意されていた。
魔物は人と似た通った姿の者もいれば、二足歩行の動物のような姿をした者もいた。
彼らは人よりも強靭な肉体と優れた身体能力と治癒能力を持っていた。そして、人間に対する憎しみが強かった。
それは俺の仲間も同じ。
「私の両親は冒険者だったの。たくさんの魔物を殺して、人を救ったわ。そして、魔物に殺されたの。だから、私は魔物が許せない。魔物に大切な人を殺されて泣く人を見る度に怒りが込み上げてくる。魔物なんていちゃいけないのよ。人を害する魔物は根絶やしにする。もう二度と悲しい思いをする人が現れないように」
魔王討伐へ向かう仲間の一人で聖女カルメリアはそう決意を告げた。他の二人も同じように魔物に対して強い憎しみを持っていた。
「レオンは?」
カルメリアは同じ俺が同じ心持ちだと何の疑いもない顔でそう聞いてきた。
「俺は・・・・」
”人を害する魔物は悪だ”
”魔物を憎め”
”人々の日常を脅かし、悲劇を生む存在を決して許すな”
頭の中で響く声に従い、口を動かした。
「人々を害する存在が許せないからだ」
そう答える俺に仲間たちは満足そうに笑った。それが正解なのは仲間の反応を見るに明白だった。
でも、憎しみとは何か?害とは何を持って害すると言うのだろうか?
俺には分からなかった。
「勇者様、息子が、息子と嫁が魔物に殺されたんです。私はどうなっても構いませんっ!差し出せと言うのなら命だってなんだって差し出しますっ!どうか、どうか仇を、仇を取ってください。必ず、魔王を殺し、この世から魔物を根絶してください」
そう言って自身も大怪我を負いながら俺に縋った女がいた。
俺は「分かった」と言った。仲間たちも「必ず」と言った。
女はカルメリアの治癒術で怪我を塞ぐことができた。しかし、治癒術でも流した血を元に戻すことができない。
そのため、彼女は亡くなってしまった。
彼女の死に、仲間たちは涙を流し、魔王討伐により力を入れるようになった。
魔王城へ向かう途中、俺たちは魔王に遭遇したことがある。
魔王は俺たちが殺そうとしていた魔物を助けにやって来たようだった。その魔物は魔物中でも弱い分類に入るようだった。
少し、意外だった。
自分よりも弱い存在、自分以外のものに関心を持つような存在だとは思わなかったから。
夜の闇を宿したかのような色をした髪も燃える炎のような目も、その存在そのものが異質で、とても美しかった。
まさに魔物の最上位の存在だと誰もが納得する。
仲間が警戒する中、俺はその存在に魅入られていた。
「魔王っ!」
カルメリアが魔王に向かって吠える。
「あんたがいるからよ!あんたがいるからこの世の不幸はなくならない。あんたがいるから、みんなが悲しい思いをする」
カルメリアの言葉を魔王は鼻で笑った。
「まるで我々を神か何かと勘違いしていないか?」
「ふざけるなっ!」と他二人も怒鳴った。完全にみんな、冷静さを失っていた。
「自身がそう言ったではないか。人類の幸、不幸を極める立場に魔物がいると。そんなことをできる存在が神ではなくなんだと言うのだ?もっとも、この場に本物の神がいればそんな面倒なことはしないだろう。奴らは人間(お前たち)に興味がないのだから」
「我々の神を侮辱するのか」
聖女であるカルメリアや彼女に同行した神官は教会出身だ。それゆえに誰よりも神への信仰心が深い。
「貴様らが造ったそ偶像なんぞ知らん。自分たちだけが神に関心を向けられている、守られていると思っているそんな傲慢な生き物は世界広しと言えど、お前たち人間だけだろうな。傲慢で愚かな生き物だ。戦いの原因が自分たちにあることすら忘れて」
「どういう意味?・・・・・っ」
魔王が俺を見た。その赤い目に俺が映っている。そう認識した瞬間に俺の心臓が激しく動き出す。まるで、今初めて動き出したかのように。
「レオンっ!あんな奴の言葉に耳を貸さないでっ!悪いのは魔物であり、魔王よ!悪しきは罰せよ」
「あ、ああ」
魔王の視線がカルメリアに向いてしまった。たったそれだけなのに、どうしてこんなにも心に穴が空いたみたいになるのだろう。
「人間が何もしなければ、魔物が人を害することもなかった。魔物が多くの人間を殺すのは、殺されるからだ」
殺したから、殺される。殺されるから、殺す。魔王はそう言った。それは確かに当然のことだ。自然の摂理でもある。
「うるさいっ!うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっ!魔物は悪!魔王は悪の根源!悪を罰せよ!人々に不幸を齎す存在を許してはならない」
カルメリアの言葉が頭の中で響き渡る。俺の中に生まれた何かは消え去った。
「滅べ、魔王っ!浄化」
カルメリアはありったけの神聖力を注ぎ込み魔王にぶつけた。かなり大規模なものだ。上位の魔物でもタダでは済まないだろう。
でも・・・・・
魔王はそれを片手で払った。まるで小蠅でも払うかのように。続いて「地獄の業火に焼かれて死ね、インフェルノ」と唱えた。
「聖女様っ!勇者様っ!」
神官と騎士団が神聖力で障壁を、魔法師団が土属性で土壁を作った。
正直、何が起こったか分からなかった。俺たを炎の檻が囲み、一気に燃え上がった。
気がついたらベッドの上だった。俺もカルメリアも仲間の二人も重症を負って、一ヶ月は意識不明だったらしい。
カルメリアに同行していた神官百名、聖騎士団五百名、国から派遣された魔法師団百名は全滅、王国騎士団五百名は壊滅は免れたが精神に異常をきたし、戦えないものや、怪我の後遺症で戦えなくなった者も数多くいた。
それでも壊滅を免れたのは神官と聖騎士団の障壁や魔法師団が作った土壁のおかげだろう。
このことが原因で「魔王討伐」の風潮はより強まった。より多くの騎士団、神官を投入しての討伐が決まった。
俺たちがあの時、生き残ったのは、魔王が死んだと判断したからなのか、弱った魔物の治療を最優先したからなのかは分からない。
ただ一つ確かなことがある。
カルメリアも俺たちも魔王を討伐するために容赦はしないつもりだった。でも、魔王は違った。
森に潜む下位の魔物を気にして全力を出していなかったことだ。
魔王は本当に悪なのだろうか?そんな違和感を持ったまま俺は仲間と一緒に魔王を討伐した。
討伐してしまった。
彼女の側近が重傷の状態で駆けつけた。ああ、まだ生きていたのか。てっきり死んだのかと思った。
魔王の側近である彼は俺の聖剣が魔王の腹部に深々と刺さり、息絶えている姿に絶望していた。それは愛する人を失って絶望する人々と同じ姿だった。そして、驚いたことに彼の目に映る俺も同じ姿をしていた。
”魔物は悪”
分かっている。
”人々を害する存在を決して許すな”
分かっている。だって、俺はそのために造られた存在だから。
ああ、そうか。俺は人に造られた存在だったんだ。俺だけじゃない。カルメリアも。
人は魔王を討伐するために禁忌を犯した。勇者と聖女(俺たち)を造ったことだ。
カルメリアは両親の話をしていた。記憶を作ったのか、あるいは偽の両親を用意して憎しみを植えつけたのかもしれない。多分、最初に造られた俺のせいだ。洗脳でうまいこと動かそうとしたけけど、何度か洗脳が解けかけてうまくいかなかったから。
同行していた神官が定期的に俺に洗脳をかけていたのだろう。治療と称して。
何が神だ。この世に神はいない。
「魔王、あなたは正しかった」
俺は恐らく魔王最後の側近だろう彼を封印した。殺せはしなかった。彼が強かったのもある。俺が疲弊していたのもある。でも、それだけじゃない。殺せなかったんだ。同じ人を愛した人として殺せなかった。
魔王討伐はこうして幕を閉じた。生き残ったのは俺だけだった。そして、重症を負った俺を殺しに王子がやって来た。
「おめでとう、勇者。あなたの役目はこれで終わりだ」
そう言って現れたこの国の王子の顔と俺の顔は全く同じだった。
「名前は返してもらうよ」
「返す?何を言っている?」
「私が本物のレオン・クロウェルなんだ。お前は私のクローンだ。私の代わりに魔王を討伐するためのね。これで、王位は完全に私のものだ。英雄王の誕生だ」
そして、俺は殺された。
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