2.元に戻せるものなどない
「オルテンシア・レイアード、お前との婚約を破棄する」
は?
誰、この偉そうな不男は。というか、どういう状況?
オルテンシア・レイアードって誰?私を指さしているということは私?
「お前との婚約を破棄して俺はルミナ・ルシフェル王女と婚約する」
私は魔王として勇者と戦っていたはず・・・・・・いや、戦いに敗れ、死んだのか。
ならば、この状況は何だ?
どうして魔王である私がこんな軟弱な男に指を指され、嘲笑されなければならない?
殺してやろうか?
「おい、聞いているのか?」
「ええ、聞いていますよ、ライナー・アノン侯爵子息」
あれ?今、すんなりと名前が出てきた。
つまり、私はこの男を知っているということだ。
ああ、思い出した。
私は死んで、転生したんだ。
オルテンシア・レイアードという軟弱な人間の女に。
記憶が徐々に戻ってきてはいるが、完璧じゃない。どこか落ち着いた場所で記憶を整理したい。
「な、何だ、その偉そうな態度は。たかが伯爵令嬢の分際で」
金色の髪に吊り上がった緑の瞳・・・・・人間の中では美しい分類に入るのだろう。
現にこの男は多くの令嬢に人気があり、本人も自覚しているのかかなりのナルシストだ。それに、いつも女を侍らせ、その女と一緒にオルテンシア、私を馬鹿にしていた。
「婚約破棄の件は承りました。他に用がないのなら失礼します」
記憶の混乱はあれど、オルテンシアはなかなか優秀な令嬢のようだ。
魔王が貴族の礼儀を知らなくても言葉遣いや仕草は周囲が見惚れるほどの優雅さがある。
まぁ、オルテンシアは気弱でいつもウジウジしているような令嬢だったので、周囲からこのように評価されることもなかっただろう。
でも、魔王だった頃の意識が芽生えた今では別だ。
このような軟弱な男相手に怯える必要がどこにある。
たとえ、現世では違っていても魂は魔王なのだ。魔王として恥じるような言動、人生を歩むことは私自身のプライドが許さない。
よって、私の人生にこの男は必要ない。
「待て、お前には王女を虐めたことへの処罰を言い渡す必要がある」
その肝心の王女は・・・・・あらら、人影に隠れて様子を伺っているようね。
大きな青色の瞳に波打つ金髪、まるで儚げな少女のようだけどその性根が真逆ね。
さて、どうしようかしら。
表舞台に引きずり出して差し上げようかしら。だって、主役なのだから。
「まぁ、事実無根ですわ。王女様、私は王女様を虐めたことなどないのに、私の婚約者を奪っただけではなくそのような嘘までおつきになるのですか?」
私は必死に涙を堪えているけど、それでも堪えきれず、思わず流れてしまった涙を拭う。
周囲の目が一気に王女へ向かう。
「まぁ、奪っただなんて、そのような事実はありませんわ。何か、悲しい誤解があるのですね」
さすがね。
内心は動揺しまくりでしょうに一切表には出さず、困ったような表情をしてみせる。
「誤解ですか?では、なぜ私の婚約者が私ではなくあなたと婚約をすると仰るのでしょうか?アノン侯爵子息と王女様が親しい間からだというのは誰もが知っていることです。私も、知っております。お二人は幼馴染なのだから仕方がないと何度も自身に言い聞かせてきましたが、結果としてこのような事態を招くのなら私の誤解ではなかったということではないのですか?」
「いいえ、レイアード伯爵令嬢。私は誓って、ライナーと特別な関係ではありません。きっと、ライナーが誤解をしたのでしょう」
「ルミナっ!?」
まさかの裏切りに驚くライナーには一才目もくれないのね。
迷わず、彼を切り捨てたのは明白
これでよく慈悲深い、聖女のような人だなんて言える。最初に言った人間の脳みそを開いて、何が詰まっているのかを確かめるべきか。
あるいは、目をほじくり出して、どのような世界が映っているのか確認するべきか迷うところね。
「お互い、名前で呼び合っているのですか?」
「幼馴染ですもの。でも、そうね。私の配慮が足りなかったわ。婚約が成立した時点でライナーと距離を置くべきでした。そうすれば、このような悲しい結果にならずに済んだことでしょう。ライナーにも要らぬ誤解を与えずに済んだのに、本当にごめんなさいね」
これ以上、突っついても本性は出さないだろう。
それどころか、こちらが不利になる可能性の方が高い。何せ、向こうは最高権力者だ。
力ではなく、身分で強弱が決まるなんて、人間というのは不便ね。
「今更、どうにもなりませんわ。壊れてしまった関係は元に戻せないですもの」
お前たちにかまけている暇はない。
私が死んだ後、生き残った者たちがどうなったかを知らなくてはいけないし、自身の記憶も整理しなくてはいけない。
ならば、さっさとこの場を去るとしよう。
「王女様、私の元婚約者をよろしくお願いします。それでは、私はこれで失礼します。傷物となってしまった私は身の振り方を考えないといけませんので」
節目がちに呟くと周囲から同情の視線が飛んでくるのを感じる。
私を嘲笑しようとしていた連中は不利と感じ、その者たちの影に隠れることを選んだようだ。
でも、隠れられない者もいる。
王女とライナーだ。
だって、この喜劇の主役ですもの。
「皆様、ご機嫌よう」
私はカーテシーを取り、その場を去った。何やら後ろで元婚約者が喚いているようだけど気にしない。
今の私には取るに足らない存在だ。
でも、傷は作っておいてあげる。あなたの脛に。まさか、無傷で済むなんてそんな甘っちょろいこと考えていたの?そんなわけないでしょう。
魔王(私)はね、そんなに甘くないの。
「カップから溢れた水が元には戻らないように、私とライナーの関係もこれまでですわ」
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