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【無気力系鈍感聖女×腹黒王子の隠れ溺愛】辞めたい聖女は王子に嫌われることにした  作者: 藤 ゆみ子


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第8話 甘いね

 いったんパンケーキを食べる手を止め、レオルド王子と真っ直ぐ向き合う。

 今まで深入りするのは面倒だと思っていたけど、目を背けてばかりではいけない。


「レオルド王子、先日の酒屋でのことについてお伺いしてもいいでしょうか」

「かまわないよ」


 あっさり了承してくれた。

 まあ言えないこともあるだろうけど。


「酒屋で捕らえられた者の中にロイド伯爵もいました。最近ロイド伯爵は医療所へよくいらしていたのですが、今回の件と何か関係あるのでしょうか」

「ロイド伯爵は、違法薬物に手を出していたんだよ。国外からの密輸、密売、そして自身も薬物に染まっていったんだ」

「体調不良は、薬物のせいだったのですね……」


 やはり、単なる二日酔いではなかった。

 納得はしたものの、じゃあ私に何ができたかと聞かれたら答えはみつからない。


「でも珍しいね。いつもはあまり聞いてこないのに」

「今回の件で、知らなければいけないこともあると思ったのです」


 お酒を飲んだからという自己申告を鵜吞みにして症状をよく診なかったのは、治癒師としての傲りだ。

 

「ロイド伯爵が今回の悪事に関わっているとわかったのは医療所のおかげだよ」

「そうなのですか?」

「どうして治癒師が王族直属として仕事をしていると思う?」

「癒しの魔力が発現する者は少なくそれでいてなくてはならない存在なので、その力を掌握しておくためですか」


 その通りだよ、と笑うレオルド王子はそれだけではないと話を続ける。


「金と権力を持つ貴族たちが謀反や悪事をはたらこうとしているときに情報を集めやすいからだよ。どれだけ権力があったって、怪我や病気の下ではみんな平等だからね」


 医療所にそんな役割もあったんだ。

 帳簿や診療記録を細かく付けなければいけないのも情報収集に役立てるため。

 

「知りませんでした。どうしてそういった役割もあることを言ってくれなかったのですか?」

「何が起こるかわからないからね。あまり巻き込まないようにしているんだよ」

「でも、聞いたら教えてくれるんですね」


 自分から聞いておいてなんだが、巻き込んでもいいと思ったということだろうか。


「シエルには、知っておいてもらった方がいいと思ったんだよ。今後のことを考えてね」


 今後のことってなんだろう。

 聖女の仕事以外に巻き込まれるのは嫌なんだけどな。

 まあ起こってもいないことを心配しても仕方ない。


 今は目の前のマムアンパンケーキを堪能することに集中しよう。

 残りはあと四分の一。

 少しずつ口に入れじっくり味わうか、口いっぱいに入れ満ち溢れる至福を噛みしめるか。


 ――よし決めた。

 私は手のひらほどのパンケーキを半分に切り、クリームとマムアンを乗せると大きな口を開けて一気に入れる。


「ん~」


 幸せだ。

 頬がどれだけ膨らんでいようと、はしたない顔を見られていようとどうでもよくなるくらい満たされる。

 それにしてもレオルド王子、ちょっと見過ぎではないだろうか。

 やっぱり食べたくなったのかな。


「あと少しですけど、食べていいですよ」

「じゃあ、少しだけもらおうかな」


 王子は手を伸ばしてくるけれど、パンケーキを通り過ぎ、私の頬に伸びてきた。

 そして親指でそっと唇を拭うと、ぺろりと親指を舐めた。


「甘いね」

「は……?」


 こっちは苦しいわ。


 なんだこの王道だけれど実際にはありえないはずの甘々展開は。

 不覚にもドキドキしてしまった。

 でもレオルド王子は私の反応を見て楽しんでいるだけなだから平気なふりしてないと。

 残り全部を口に入れ、しっかりと口の中で堪能した。


「じゃあ、帰ろうか」

「ごちそうさまでした。お気を付けて」


 ペコっと頭を下げると、レオルド王子は手を差し出してくる。


「同じ場所に帰るんだから一緒に帰ろうよ」


 え、嫌だ。

 断ろうとしたけれど、手をぎゅっと握られた。

 そのまま部屋を出て、お店も出る。

 お会計は? なんて野暮なことは聞かない。

 なんてったて王子ですから。ツケでも後払いでもなんでもありだろう。

 なんなら前払いしている可能性もある。


 王子が一般のお店にいたって周りが騒ぎたてないのは、慣れた光景であるからだ。

 街の至る所に出没する王子はある意味名物化している。

 

「あの、逃げたりしないので手を離してください」


 お願いするとあっさり離してくれ、近くに待機していた馬車に乗り込む。

 中にはヴァイザー様が座っていて、向かいにレオルド王子が座る。

 こういう時は王子が一人で座るよね。

 私がヴァイザー様の隣に座ろうとすると、グッと手を引かれ、王子の隣にしりもちを着くように座らされた。


「随分とお楽しみだったようですね」

 

 私たちを見るヴァイザー様は少し呆れた表情をしている。

 もしかして、ずっと待っていたの?

 呑気にパンケーキを食べている場合じゃなかったのかも。


「レオルド王子、待たせているなら言ってくださいよ」


 耳打ちするけれど、王子は微笑んだまま首をかしげる。


「楽しかったね」


 楽しく……はなかった。せっかくの出会いの機会を失ってしまったし。

 でもまあ、マムアンパンケーキを食べられて悪くはなかった。


「美味しかったです」


 王子は私の返事に満足したのかしなかったのか、フッと笑うと前を向いた。


 ◇ ◇ ◇


 後日医療所へいくと、イーディアが興奮したように話しかけてきた。


「シエルさん、例のご令息、婚約者とよりを戻したそうです」

「え? そうなの?」

「お相手の家が没落寸前まで陥って婚約がなくなったらしのですけど、新たな事業を始めることができるようになったって」


 新たな事業ってそんな簡単にいくものだろうか。

 疑問に思ったけれど、すぐにレオルド王子の顔が浮かんだ。

 悪いようにはしてないってこういうことだったの?

 

「まあ、良かったね」

「シエルさんには申し訳ないことしました。でも、お二人愛し合っていたそうなので良かったです」


 愛し合う、か。

 私にはそんな相手現れないんだろうな。


 愛し合わなくても、せめて穏やかな生活だけでも手に入れたい。

 なんてことを切実に思った。

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