第2話 医療所での仕事
まだ日が登りきる前。
薄っすらと明るくなってきたという頃に目を覚ます。
どれだけ疲れていてもちゃんとこの時間に目が覚めるのだから慣れとはこわいものだ。
ベッドから出て、聖服に着替えると宿舎棟を出て礼拝堂へと向かう。
礼拝堂の中には聖女専用の小さな湯殿があり、そこで身を清めてから奥の祭壇で祈りを捧げる。
手を組み、目を閉じる。
国の繁栄、国民の安寧、そして……
『早く聖女を辞められますように』
こっそりお願い事に加えたってバレやしない。
七年間毎日お願いしたって叶うこともないけれど。
そもそもこんな形だけのお祈りなんてしてもしなくても同じでしょう。
なんて考える私は聖女には向いていない。
祈り終えるとそのまま礼拝堂を出て、王宮の中庭を通って医療所へと向かった。
まだ開所には時間があるけれど、すでにイーディアが準備を始めていた。
「シエルさん、おはようございます!」
「おはよう」
真っ直ぐな長い髪をひとつに纏め、早朝というのに元気の良い挨拶をしてくれる。
ピチピチの笑顔が私には眩し過ぎる。
裕福な伯爵家に生まれ、周りから愛情を注がれて育った彼女はなんとも純粋な目をしている。
「今日はこちらでお仕事なのですね」
「ええ。特に王子からは何も言われてないから」
王子からの指示がないときは私も医療所で他の治癒師と同じように仕事をしている。
「嬉しい。私、シエルさんに聞きたいことがたくさんあるんです」
「聞きたいこと?」
「はい! 聖女のお仕事についてです。私、早く聖女になりたいんですけど、レオルド王子にまだだめだと言われてしまって」
なにそれ初耳なんだけど。
本人がこんなにやる気ならやらせてあげたらいいのに。
イーディアが望んでいるのなら心おきなく引き渡すことができる。
「いいよ、なんでも聞いて。私もイーディアが早く聖女になれるようになんでも協力するから」
「ありがとうございます。やっぱり聖女たるもの男性との交流は避けた方がいいのでしょうか?」
「どうだろう。純潔さえ守れば、交流はしてもいいと思うけど」
私なんて仕事とはいえ頻繫に王子の寝所に行っているしね。
「良かったです。今度のお休み、婚約者にお出かけに誘われたんですけどお断りしようか迷っていたんです」
「イーディア、婚約者がいるの?」
「はい。親が決めた婚約者なんですけどとても良い方なんです。私が聖女になって役目を全うするまで結婚も待ってくれると言っていますし」
なんか、すごく順当な人生だな。
癒しの魔力を持ち、王家直属の仕事があって、聖女にもなれて、役目が終われば結婚も約束されている。
うらやましい。私もそんな相手がいればもっと余裕を持っていられるのだろうか。
なんていない人のことを考えても仕方ない。
私は早く彼女を後継者に育てあげることに尽力しよう。
それから後の二人もやってきて、医療所を開いた。
この医療所にくる患者はお金を持った高貴な人たちばかりだ。そういう人たちは大したことない症状でもお金を積んですぐに治したがる。
逆にいうとお金を持っていない国民はどれだけひどい状態でもこの医療所で治癒師の治療を受けることができない。
街には知識や技術を持った医師や薬師もいるけれど、どうにもならないことも多くある。
癒しの魔力があればたいていの怪我や病気がすぐに良くなるというのに。
このお金に左右される理不尽な仕組みも私は嫌いだ。
それでも時々貴族のお屋敷で働いている使用人などもやってくる。
治癒師による治療はそれなりの金額がするけれど、医療所に来させる貴族は使用人を大事に扱っているのだとわかる。
まあ、自分のことが大事な放漫貴族も多いのだけど……。
「ロイド伯爵、また二日酔いですか? 最近多いのでほどほどにしてくださいとお願いしましたよね」
「いいから早く治してくれ。眩暈がしてかなわん」
最近よく医療所に来るロイド伯爵は、体調が悪くなることをわかっていてお酒がやめられないらしい。
ここ数ヶ月で随分と痩せたみたいだし、心因的なものもあるのだろうか。
何度治癒魔法で治したって、根本を変えなければ意味がないのに。
それでも私はただ今の症状を治すことしかできない。
ロイド伯爵の額に手を当てる。
魔力を込めると眉間のしわはスッと引いていった。
「次からは気を付けてくださいね」
「うるさい。金は払ってるんだ。お前たちは黙って治せばいいんだ」
横暴な態度もどうにかならないものか。
ロイド伯爵は眩暈が治るとそそくさと帰っていった。
「なんかどんどん様子がおかしくなってますよね」
イーディアが治療を終えた私に声をかけてきた。
「でもどうすることもできないからね。もしこれ以上ひどくなって手に負えなくなったらレオルド王子に報告しないとね……」
それからも診療を続け、合間でイーディアの質問にたくさん答えたり、四人で治癒師の仕事について語りあったりした。
人間関係は良好で、たまに来る面倒な患者を除けば職場としては悪くない。
夕刻になり家庭のある二人が帰ったあと、イーディアと二人で片付けを始める。
基本的に治癒魔法で治してしまうため特別な道具などはないけれど、患者が来た時に巻いていた血だらけの布切れを処分したり、掃除を念入りにしなければいけない。
「医療所ってすごく働きやすいですよね。交代で休みもあるし家庭を持てば働く時間も融通してもらえますし」
イーディアは話をしながらも診療台を一生懸命に拭いている。
私は帳簿と診療記録をまとめながら返事をする。
「通いの治癒師はそうだよね。聖女になるとそうはいかなくなるかな」
「でもやっぱり治癒師たるもの聖女を経験して一人前といいますか、それだけで自信になるし拍も付くじゃないですか。一生聖女ってわけでもないですし、大変なことを経て得られるものがあると思うんです。だから私はどれほど大変でも聖女になりたいです」
なんて志が高いんだ。
わけもわからないまますぐに聖女になって、その仕事内容にすぐに嫌気がさしたやる気のない私とは大違い。
私なんかより彼女が聖女をする方が良いに決まっている。
「イーディア、早く聖女になってね」
「はい、頑張ります!」
その日の夜、またレオルド王子に呼ばれた。
重い身体を起こし、長い廊下を歩いて部屋へと向かった。




