第13話 街での暮らし
家に帰ろうと街を歩いていると、一軒のお店の前に人だかりができていることに気付いた。
何かあったのかと覗いてみると、一人の女性がうずくまっている。近くにいる人がどうにか支えているけれど、ただ事ではない。
私は迷わず駆け寄った。
「どうされたのですか?」
「聖女様……先ほどから彼女が腹痛を訴えていて……」
女性は冷や汗をかき、手が震えている。
相当つらいのを我慢しているはずだ。
「すぐに診ますので」
「だ、大丈夫です。聖女様に治していただいても治療代が払えません」
手をかざそうとすると、かすれた声で拒否する女性。こんな時に治療費を気にするなんて。
だからといってこのまま我慢し続けても悪くなるだけだ。放っておくなんてできない。
「気にしないでください。私、もう聖女ではありませんので」
「え……?」
まだイーディアが聖女になったことは知らない人も多いのだろう。
本来なら医療所で治療してもらうにもけっこうな治療費がかかるけれど、私は今お休み中だしもしバレて請求されるようなことがあれば私が代わりに払おう。それくらいの貯蓄はある。
今は彼女を助けることが優先だ。
周りの人が見守るなか、私は治癒魔法を施していく。
女性の下腹部には何か良くないものを感じた。きっとかなり前から症状はあったはずだ。ずっと我慢していたのだろう。そして、どうにもならなくなった。
こんなにひどくなるまで、ひどくなってもなお、どうすることもできなかった彼女の状況に不甲斐なさを感じた。
私は今まで何を見てきたのだろう。
ただ言われるがまま自分の力を使って、やる気のないように振る舞って、それでも自分は特別なんだと思っていた。
七年間、王宮という箱庭で私は何も成長していなかった。
私には、ほかにやるべきことがあるのではないだろうか――
治癒魔法により、女性はすっかり良くなった。顔色も戻り、汗も引いている。
「本当に、ありがとうございました。どのようなお礼をすればいいのか……」
深く頭を下げる女性に、気にしないでくださいと手を握る。
「もし、また不調があれば言ってくださいね。みなさんも何かあればいつでも頼ってください」
私は周りの人たちにも声をかけ、その場を後にした。
◇ ◇ ◇
それから私も街の人たちの様子を注意深く観察するようにした。
病気や怪我を負っているのに、十分な治療を受けることができず苦しんでいる人がいるかもしれない。
だから、今の私にできることをしようと思った。
数日間様子をみていると、毎日ひどく咳き込んでいる花屋のおばあさんが気になった。
声をかけると、呼吸も苦し気で困ったように答えた。
咳や息苦しさがもう何か月も治らないのだそう。
街の薬屋で高い薬を買っても治らないので年のせいだと諦めているのだと言う。
私は、おばあさんの胸元に手をかざす。
「これは……年のせいなんかではないですよ。適切な治療をすれば治ります」
「それは本当ですか?」
といっても発症してから時間が経ちすぎている。
もうご老人で体力もあまりないだろう。
「私に、治させていただけますか?」
「ですが……」
先日、女性に治癒魔法を使ってから私のことが街で噂になっていることはわかっている。でも、だれも頼ってくる人はいない。
それだけ、聖女に治療してもらうことが縁遠く、恐れ多いと思っているからだろう。
私はそんな大層な人間ではないし、身分なんて関係なく大勢の人の役に立ちたいと思う。
「私、実は今魔力を持て余しているんですよ。治療費などもいりませんので力にならせてください」
おばあさんはそれならと治療を受け入れた。
胸元に手をかざし、治癒魔法で肺の炎症を取り除いていく。すると胸の喘鳴はなくなり、呼吸が落ち着いた。
「ああ……こんなに呼吸が楽なのは久しぶりです。聖女様、ありがとうございます」
七年間、聖女として王宮で働いてきた。
街の人との関りはなかったけれど、私が聖女だということが染みついているのだろうな。
「とんでもないです。それと、私はもう聖女ではありませんので」
「そうですか。ですが、あたしにとっては紛れもなく聖女様ですよ」
おばあさんは私の手を取って、くしゃりと顔を綻ばせた。その温かい笑顔に胸の奥が熱くなる。
『聖女』と呼ばれることがこんなに嬉しいだなんて、今まであっただろうか。
私はきっと、この笑顔が見たかったんだ。
その後、おばあさんのことがきっかけで、街の人が声をかけてくれるようになった。
自分ではどうにもできない大きな怪我や重い病状など、申し訳なさそうに治療を依頼してくる。
私は惜しみなく治癒魔法を使った。
治療費はもらわないけれど、農園で採れた野菜や、焼き立てのパン、手作りの手巾などたくさん差し入れももらうようになった。
きっと私が街で治療をしている話は王宮にも届いているだろう。
でも、なにも言ってこないということは黙認しているということ。
レオルド王子はさすがに帰ってきているだろうし、医療所に戻ってこいとも言われない。
私のことなんてもうどうでもいいのか。
そりゃそうか。やる気もない、現場では勝手なことをして迷惑をかける。
こんなやつ、いなくてもいいよね……。
あれ……私、なに落ち込んでいるんだろう。
嫌われたらいいと思ってたじゃない。聖女なんて辞めたいって言っていたじゃない。
今、こんなに自由な暮らしができているのに。
ずっと望んでいたことなのに不満に思うなんて、なんておこがましいのだろう。
「シエル様~!」
自己嫌悪に陥りながら街を歩いていると女の子が手を振ってくる。
先日怪我を治してあげた子だ。
足を骨折していたときはひどく泣いていたけれど、もうすっかり良くなって元気に走っている。
「おはようー。転ばないようにね!」
笑顔で手を振り返して、足を進める。
やってきたのは、シロツメクサが咲く、丘の下の草原。
足を伸ばして腰を下ろした。
ボーっと景色を眺める。
今の暮らしが、嫌なわけじゃない。むしろ私にはこれが合っていると思う。
でも、物足りないと感じてしまうのはなぜだろう。
街の人たちの役に立って、感謝されて、嬉しいはずなのに、浮かぶのは、あの胡散臭い綺麗な笑顔。
『シエルがいてくれて助かるよ』
『シエルの顔を見ると癒されるんだよ』
『シエル、ずっと聖女のままでいて』
なんで、あんなに嫌だった言葉がこんなに恋しいのだろう。
なんで、必要とされていることが幸せだったと気づけなかったのだろう。
「――ここは変わらずいい場所だね」
え……?
さっきまで頭の中で繰り返されていた、低く柔らかな声が聞こえてきた。
空耳? そんなわけない。
心臓の鼓動が早くなって、振り返ることができない。
すると声の主はゆっくりと私の隣に腰を下ろした。
「どうして……ここに」
「またね、って言ったでしょ?」
私の顔を覗き込んでくるレオルド王子は目を細め、いつもと変わらない微笑みを向けた。




