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【無気力系鈍感聖女×腹黒王子の隠れ溺愛】辞めたい聖女は王子に嫌われることにした  作者: 藤 ゆみ子


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第12話 過去

 家に戻って数日が経った。

 本を読んだり、刺繡なんかしてみたり、ひたすらゴロゴロしたり。

 目的もなくただのんびり過ごすことがこんなにつまらないものだと初めて知った。


 体を休めているはずなのに、逆に体力がなくなっている気がするので、散歩でも行くことにした。


 家を出て、噴水の広場から路地裏へと入っていく。

 住宅街の細い道を抜けると小さな丘が見えてくる。

 丘のてっぺんまで登ると、視界の先にはたくさんのシロツメクサの草地が広がった。

 

 少し下ったところで腰を下ろし、景色を眺める。

 静かでいい場所だ。

 まだ実家で住んでいた頃はよくここにきて日向ぼっこをしたりなんかしていた。

 最後に来たのは、学園に入るはずだった十三歳の春。

 入学する直前に癒しの魔力が出現して、あっという間に王宮での生活が始まった。


 訳も分からないまま聖女になって、不安も不満もあったけど、私はきっと仕事が嫌いではなかった。

 特別な力を持つ自分が、特別な人間だと感じていたのかもしれない。

 そんなことなかったのに。

 

「私、なにやってんだろな」


 聖女という立場で、レオルド王子に振り回されて嫌気がさしていたはずだった。

 だけど、誰かに必要とされていることがこんなにありがたいことだったのだと、今さら気付いた。


 王子は何を考えているかわからないけど、最近見せるようになった悲しげな表情が気になって仕方がない。

 

 会談と言っていたけれど、緊迫状態の隣国へ行って危ない目に合っていないだろうか。

 ちゃん眠れているのだろうか。


 私はもう、必要ないのだろうか。

 

 いつ、帰ってくるんだろう。


 なぜかレオルド王子のことばかり考えてしまう。


 なぜか寂しいと思ってしまう。


 なぜか、会いたいと思ってしまう。

 

 ――ふと手元に咲いたシロツメクサが目に入り、一本摘んだ。


 そういえば昔、よくここで会う男の子がいた。

 たしか七歳くらいのころ。

 初めて会ったときは迷子になってここに来た。

 二回からは、この場所が気に入ったからと足を運ぶようになった。

 そして彼は最後に会った日シロツメクサを私にくれた――



 ◇ ◇ ◇


 七歳になった春。

 お母さんの誕生日に花冠をプレゼントしようと思い、丘の下でシロツメクサを摘んでいると、どこからか鳴き声が聞こえてきた。


「グスッ……うぅ」


 丘の上かな? だれだろう。

 私は丘を登り、辺りを見回す。


 すると欅の木陰にうずくまり肩を震わせている子を見つけた。

 黒髪で、色白の男の子。私と同じ年くらいかな?

 近づいていくと、彼も私に気付いたようでパッと立ち上がる。

 目が赤くなっていて泣いていたことは一目瞭然だけれど、すました表情で私に視線を向けた。


「えっと……大丈夫?」

「なにが?」


 ニコッと笑う姿になんだか私も笑ってしまう。


「なにがって、さっき泣いてたでしょ? 隠さなくてもわかるよ。鳴き声聞いたし、目が赤いし」

 

 男の子は貼り付けた笑顔を緩めると、不安そうに眉を下げた。


「道が、わからなくなったんだ」

「ああ。迷子ね。噴水広場まで出ればわかる?」


 私は男の子の手を取り、丘を下って広場まで行った。

 不安そうにしていた彼は徐々に平静を取り戻し、気づけば繋いでいた手は離されていた。


「ありがとう。ここまで来れば大丈夫」

「良かった。でも、どうして迷子なんかに? ここらに住んでるわけじゃないんだよね? ご両親は?」

「家を、抜け出してきたんだ」

「え! 家出してきたの?」

「別に家出ってわけじゃない。ただ、一人で外を歩いてみたくて」


 一人で外出たことないんだ。

 まだ私と同じ年くらいだし、無理しなくて良いと思うんだけどな。 

 それで迷子になったら元も子もないよ。

 でも、行動できるってすごいことだよな。


「これあげる」


 私は摘んでいたシロツメクサを彼に差し出した。


「いいの?」

「うん。もう迷子にならないようにね」


 男の子はシロツメクサを受け取ると、ニコッと笑って駆けていった。

 私は花冠を作っている途中だったけれど、ここまで戻ってきたので家に帰ることにした。


 あんな綺麗な子滅多に会うことないなあと思っていたのに、彼は翌日も丘に現れた。


 私は花冠が途中だったのでまた丘へいくと、彼が気持ちよさそうに寝転んでいたのだ。

 今度は迷子というわけではなさそう。


「今日はどうしたの?」


 顔を覗き込むように声をかけると彼は嬉しそうににこりと微笑んだ。


「ここ、良い場所だね」

「そうでしょ? 私のお気に入りの場所なの」

「僕もすごく気に入った。また来てもいい?」

「もちろん。ねえ、あなた名前は? 私はシエル」

「僕はレオ……レオン」

「レオン? いい名前ね」


 それから私たちはよくここで会うようになった。

 レオンは迷子になって泣いていたとは思えないほどしっかりしていて、とても物知りだった。


 この国の歴史だとか、どこの貴族の家が新しい商売を始めただとか、商店街から少し抜けたところにあるパン屋さんが美味しいとか、そんなことまでたくさん教えてくれる。


「レオンは毎日家出してるの?」

「だから家出じゃないよ。ただこうしてこの街、国を自分の目で見るのが好きなんだ」

「不思議な言い方だね。私もこの街が好き」

「僕のことは?」

「へ……?」


 不意の質問に変な声がでてしまった。

 僕のことはってどういう意味だろう。

 最近よくここで会うようになって、面白い話をたくさん聞かせてくれて、いい友達ができたと思っている。


「僕のことは好き?」

「好きだよ?」


 私の返答に満足したのか、レオンは目を細めて笑った。

 そしてシロツメクサを差し出してくる。


「僕のこと、忘れないでね。約束だよ」

「忘れるわけないじゃない」

「ありがとう。じゃあまたね」

「うん。またね」


 レオンは手を伸ばしてきた。握手しようってことかな。

 手を握ると、嬉しそうに目を細める。


「やっぱり、シエルの手は温かいね」

「そうかな? 別に体温高い方じゃないんだけどな」

「誰よりも温かいよ。優しくて安心する手だ」

「そんなことはじめて言われたよ」


 なぜかしばらく手を握られ、その後レオンは帰っていった。

 けれど、それから彼が現れることはなかった。



 ◇ ◇ ◇



 あの時、またねって言ったのに。

 どこかにいないかと街を探してみたりもしたけれど、どこにもいないし、誰もレオンのことを知る人はいなかった。


 彼は今、何をしているのだろう。

 手元にあるシロツメクサを見ながらそんなことを思った。 


 私も、こんなところでボーっとしてなにやってるんだろうな。

 立ち上がると、街へ向かって歩き出した。

 

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