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黒薔薇の牙 ―忠義を纏うメイド―  作者: 櫻木サヱ
霧に潜む影

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3/21

影の気配

夜の帳が城を包み込む中、微かな気配が廊下の端から忍び寄っていた。


霧が石造りの塔の影をぼやかし、蝋燭の炎が揺れる度に壁の陰が長く伸びる。

黒薔薇の香りは甘く、かすかに金属の冷たさが混じる。


夜の城は静かだが、誰もが息をひそめているかのような緊張感を纏っていた。


犬面のメイド、レアはその廊下を音もなく進む。

黒と深紅のゴスロリ服は光を受けて赤く映え、フリルやレースが揺れるたびに、微かに蝋燭の光を反射する。

耳がぴくりと動き、鼻先がかすかに震える。


彼女の感覚は、人間の目には見えないものすべてを捕らえる。

空気の微妙な揺れ、遠くで擦れる石の音、濡れた花弁の匂い――それらが刺客の接近を知らせた。


「……来る」

口元に微かな声が漏れる。


犬面のため、表情は読み取りにくいが、瞳の奥に鋭い光が宿っている。

身体の筋肉は一瞬にして戦闘態勢へと切り替わる。扇子を手に取り、袖を整えながら、石畳を静かに踏む。


廊下の向こうで、影が揺れた。



黒い外套に包まれた人物が、冷たい刃を振りかざす。レアの耳が微かに動き、鼻先がその存在を告げた。

人間なら見落とすほどの速度で、影を追い、距離を詰める。


動きは舞踏のように滑らかだ。


扇子で刃先を逸らし、短剣で相手の攻撃を封じる。フリルの裾が揺れ、レースの縁が光を受けて赤く染まる。


闇と光、黒薔薇の影と戦う姿が溶け合い、静かで美しい戦いの絵が生まれる。


敵の刃は夜霧に吸い込まれるように止められ、反撃は一瞬で制圧される。

倒れた刺客は息を止め、影となって廊下に溶ける。レアは静かに立ち上がり、呼吸を整える。


「……異常なし」




声は穏やかで、普段通りのメイドの口調だ。

だがその瞳の奥には、微かな警戒と冷徹さが潜む。主に何も知られることなく、忠誠を果たした瞬間だった。


廊下の向こうで若き伯爵は、書斎の窓際で書類に目を落としている。

何も気づかないその姿に、レアは微かに視線を送る。犬面であるがゆえに微妙に耳や瞳が動き、忠誠心を確かめる。


主の安全を守ることが、彼女の存在理由なのだ。


夜霧が城を覆い、黒薔薇の庭園が幽かな光に照らされる。


レアは静かに廊下を進み、戦いの痕跡を消す。誰も知らない夜の守護者として、影の中で任務を果たす犬面メイド――その姿は冷たく、しかし美しい。


静寂が戻ると、再び廊下には蝋燭の揺らめきと霧の香りだけが残った。


レアは主のそばに戻り、表向きの微笑みを浮かべる。



「お茶の用意をいたしましょうか?」




声は柔らかく、忠実なメイドそのもの。


だが瞳の奥で、影の世界は決して終わらないことを知っている――。


夜はまだ深く、城には霧と影が絡み続ける。


黒薔薇の庭園を歩きながら、犬面メイドは今日も、静かに、しかし確実に主を守り続ける。


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