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黒薔薇の牙 ―忠義を纏うメイド―  作者: 櫻木サヱ
霧に潜む影

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15/17

朝霧の仕度

東の窓から、やわらかな朝の光が差し込んでいた。

カーテン越しに透ける光は白絹のように淡く、部屋全体を銀の霧が包んでいるようだった。


レアは静かに扉を開けた。

足音は一つも響かない。

彼女は毎朝、令嬢が目を覚ます前に部屋に入り、暖炉に火を入れ、紅茶を用意し、カーテンを少しだけ開ける。


犬の顔を持つメイドの指先は、意外なほど繊細だった。

長い髪をまとめながら、銀のブラシを手に取る。

朝の空気に溶け込むように、優しく声をかけた。


「お嬢様。朝でございます」


ベッドの上の少女が、薄く目を開ける。

まどろみの中で、光を受けたその瞳がゆっくり焦点を結ぶ。


「……レア? もう朝なの?」


「はい。今日は少し肌寒うございます。

 お気に入りの白のドレスをご用意いたしました」


少女が小さく頷くと、レアは布団をめくり、足元にスリッパを添える。

その動作は一つ一つが儀式のように丁寧で、美しかった。


髪を梳く音が静かに響く。

レアの動きは滑らかで、手の中のブラシが月光のように光を反射する。

犬面の横顔に浮かぶのは、穏やかで無機質な微笑。


「レア……夢を見たの。黒い薔薇が、誰かを包み込む夢」


「それはきっと、幸運の前触れでございますよ」

そう言ってレアはリボンを結び、柔らかく髪を整えた。

その動作の裏で、耳がかすかに動く。

──城の外、遠くで馬車の音。まだ夜明けのはずなのに。


だが、声色は一切変えない。

「朝食には、蜂蜜入りのパンケーキをご用意しております」


「わぁ……レアのパンケーキ、大好き!」

令嬢の声が明るく弾んだ。


その笑顔を見て、レアは短く目を伏せる。

守る理由は、それだけで充分だった。


支度を終えた令嬢が立ち上がり、レアの方へ振り返る。

「レア、どうしたの?」


犬面のメイドは、柔らかく微笑んだ。

「なんでもありません。お嬢様」


朝靄の中、二人の影が重なる。

今日もまた、静かで穏やかな一日が始まる──ように見えた。


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