紅茶と午後の静寂
午後の陽光がステンドグラスを透かし、床に虹色の模様を描いていた。
その光の上で、レアは静かに銀のポットを傾ける。
湯気とともに、紅茶の香りがふわりと立ち上った。
「アールグレイでございます、お嬢様」
令嬢はふわりと微笑み、白磁のカップを両手で包み込む。
「ありがとう、レア。今日の香りは少し違う気がするわ」
「ええ。東の温室で採れたベルガモットを加えましたの。
お嬢様のお好みかと思いまして」
「まぁ……さすがね。レアはなんでも知ってるのね」
レアは首をかしげ、わずかに犬耳を動かした。
「知っているのではなく、覚えているのです。
お嬢様が初めて紅茶を好まれた日の香りを」
少女は少し頬を染め、視線をカップへ落とした。
「そんな昔のことまで……覚えてるの?」
「ええ。忘れませんとも」
声は穏やかだったが、その奥には微かな寂しさが潜んでいた。
窓の外では庭師たちが黒薔薇の剪定をしている。
霧がまだ薄く残り、空気は冷たい。
鳥の声さえも遠慮がちで、まるで世界が二人のために静まり返っているようだった。
「レア、あなたはずっと私のそばにいてくれる?」
令嬢の問いは、無邪気でありながらどこか怯えを含んでいた。
レアは紅茶の香りの中で、ゆっくりとまばたきした。
「もちろんでございます。
お嬢様の微笑みがある限り、私は離れません」
言葉は誓いのようで、呪いのようでもあった。
少女は安心したように笑い、ティーカップを唇に運ぶ。
その瞬間、レアの鼻先が微かに動いた。
──香りが、わずかに違う。
けれど、何事もなかったかのようにレアは微笑みを保った。
「……お味はいかがですか?」
「うん、すごくおいしい。やっぱり、レアの紅茶がいちばん好き」
「それは光栄でございます」
二人の穏やかな午後。
窓の外の霧が、再び濃くなる。
だが、誰もそれに気づかない。
レアの指先がそっとポットの縁をなぞる。
紅茶の香りに紛れて、毒の匂いをかき消すように──。




