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黒薔薇の牙 ―忠義を纏うメイド―  作者: 櫻木サヱ
霧に潜む影

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14/17

紅茶と午後の静寂

午後の陽光がステンドグラスを透かし、床に虹色の模様を描いていた。

その光の上で、レアは静かに銀のポットを傾ける。

湯気とともに、紅茶の香りがふわりと立ち上った。


「アールグレイでございます、お嬢様」


令嬢はふわりと微笑み、白磁のカップを両手で包み込む。

「ありがとう、レア。今日の香りは少し違う気がするわ」


「ええ。東の温室で採れたベルガモットを加えましたの。

 お嬢様のお好みかと思いまして」


「まぁ……さすがね。レアはなんでも知ってるのね」


レアは首をかしげ、わずかに犬耳を動かした。

「知っているのではなく、覚えているのです。

 お嬢様が初めて紅茶を好まれた日の香りを」


少女は少し頬を染め、視線をカップへ落とした。

「そんな昔のことまで……覚えてるの?」


「ええ。忘れませんとも」

声は穏やかだったが、その奥には微かな寂しさが潜んでいた。


窓の外では庭師たちが黒薔薇の剪定をしている。

霧がまだ薄く残り、空気は冷たい。

鳥の声さえも遠慮がちで、まるで世界が二人のために静まり返っているようだった。


「レア、あなたはずっと私のそばにいてくれる?」

令嬢の問いは、無邪気でありながらどこか怯えを含んでいた。


レアは紅茶の香りの中で、ゆっくりとまばたきした。

「もちろんでございます。

 お嬢様の微笑みがある限り、私は離れません」


言葉は誓いのようで、呪いのようでもあった。

少女は安心したように笑い、ティーカップを唇に運ぶ。

その瞬間、レアの鼻先が微かに動いた。

──香りが、わずかに違う。


けれど、何事もなかったかのようにレアは微笑みを保った。

「……お味はいかがですか?」


「うん、すごくおいしい。やっぱり、レアの紅茶がいちばん好き」


「それは光栄でございます」


二人の穏やかな午後。

窓の外の霧が、再び濃くなる。

だが、誰もそれに気づかない。


レアの指先がそっとポットの縁をなぞる。

紅茶の香りに紛れて、毒の匂いをかき消すように──。

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