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黒薔薇の牙 ―忠義を纏うメイド―  作者: 櫻木サヱ
霧に潜む影

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13/18

月光の誓い

深夜。城の大時計がゆっくりと十三を打つ。

鐘の音は厚いカーテンを震わせ、薄い月光が部屋を淡く染めた。


レアは窓辺に立ち、長い睫毛の影を頬に落とす。犬のような口元にわずかな笑み。

磨き抜かれた窓ガラスに映るその姿は、まるで夜そのものだった。


「この夜もまた、静かでありますように──」


彼女の背後、ベッドの上では小さな令嬢が穏やかな寝息を立てている。

白い寝間着に包まれた姿は、あまりにも無垢で、外の世界の冷たさを知らない。


レアはその小さな寝息に合わせるように、耳をぴくりと動かした。

外の風が変わった。月光の色も、少し濁った。


気づく者などいない。

だが、レアの嗅覚は異変を嗅ぎ取っていた。

──鉄の匂い。血ではない。錆びた鍵の匂い。

人ならざる何かが、城の古い扉を開けたのだ。


静かにレアは動く。足音は床を滑るほどに軽く、裾のフリルも乱れない。

廊下の蝋燭が揺れ、壁に映る犬の影が長く伸びた。


「……主の安寧を乱すもの。許しませんよ」


囁きは月光と共に消え、レアは廊下の奥へと姿を溶かした。

手には扇子。

だが、それは飾りではない。閉じた扇の縁には細工があり、刃がひそやかに仕込まれている。

彼女にとっては護身具などではなく、主を守るための儀礼具──誓いそのものだった。


階段を下りた先、古びた扉がわずかに開いている。

風ではない。誰かが通った跡。

そして……地面に落ちる足跡はひとつ。だが、靴底の形はこの屋敷の者のものではなかった。


レアはため息のように微笑む。

「客人とは、礼節をわきまえていただきたいものですね」


刃を抜くことはない。

ただ、静かに扉を閉め、鍵をかけ、見えぬように印を刻む。

“侵入者はここから先に進めない”──それだけの、静かな封印。


夜明け前。

レアは再び令嬢の部屋に戻った。

カーテンの隙間から差し込む月光が薄れていく。

少女が目を覚まし、まだ夢の中のような声で問いかけた。


「レア……どうしたの?」


犬面のメイドは、かすかに頭を下げた。

紅い瞳に柔らかい光を宿し、いつものように微笑む。


「なんでもありません。お嬢様」


そう言って、レアはそっと窓を閉めた。

霧の向こう、夜はまだ完全に終わっていなかった。


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