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第2話「子どもの貧困11.5%」

机の上に並べられた給食の写真。

「同じ日本の学校なのに、どうしてこんなに違うのだろう」――。

黒板に書かれた「11.5%」という数字は、子どもの相対的貧困率。

見えにくい貧困の実態と、その背後にある社会の仕組みをめぐり、生徒たちと天野先生の対話が始まる。

政治経済をめぐる青春ミステリー、第5巻第2話。

一週間後の放課後。


遥が教室に入ると、机の上に給食の写真が何枚か置かれていた。


「これ、何の写真ですか?」


「小学校の給食だ」天野が答える。「でも、すべて同じ学校ではない」


葵が写真を見比べる。「確かに、内容が全然違いますね。こっちは豪華だけど、こっちは…」


写真の一つには、栄養バランスの取れた献立が並んでいる。もう一つには、質素なおかずと小さなおにぎりしか写っていない。


健太が首を傾げる。「同じ給食費でも、こんなに差があるんですか?」


「それも一つの問題だが、今日話したいのは別のことだ」天野は新しい数字を黒板に書いた。「11.5%」


怜がすぐに反応する。「何の割合ですか?」


「日本の子どもの相対的貧困率だ。約9人に1人の子どもが貧困状態にある」


遥が困惑する。「でも、日本って豊かな国じゃないんですか? 子どもが貧困って、ピンとこない…」


「その感覚は自然だ」天野は理解を示した。「日本の貧困は『見えにくい貧困』と呼ばれることがある」


天野は相対的貧困の概念を説明し始めた。


「絶対的貧困は、食べ物がない、住む場所がないという状態。相対的貧困は、その社会の標準的な生活を送れない状態を指す」


葵が理解しようとする。「つまり、餓死するほどではないけど、普通の生活ができないってことですか?」


「そうだ。日本では、世帯収入が中央値の半分未満の世帯を貧困世帯と定義している。現在の基準だと、単身世帯で年収約127万円、4人家族で約254万円未満が貧困ライン」


健太が驚く。「4人家族で年収250万って…かなり厳しくないですか?」


「月収にすると約21万円。家賃、食費、教育費、医療費…すべてをそこから賄わなければならない」


遥が心配そうに言う。「それで子どもを育てるのは大変そう」


「実際、子どもの貧困には深刻な影響が出ている」


天野は具体的な状況を説明した。


「まず教育格差。塾に通えない、参考書が買えない、修学旅行に参加できない。大学進学率も、貧困世帯は一般世帯の半分以下」


怜が分析的に言う。「教育機会の格差が、将来の所得格差につながる」


「その通り。世代間の貧困の連鎖が起きている」


葵が給食の写真を見つめる。「これも関係してるんですか?」


「給食は重要な栄養源だ。貧困世帯の子どもにとって、学校給食が一日で最もバランスの取れた食事という場合も多い」


健太が現実を理解する。「だから夏休みとかに体重が減る子がいるって聞いたことある」


「長期休暇中に『子ども食堂』を利用する家庭が増えるのも、そのためだ」


遥が疑問を口にする。「でも、なんで日本でこんなに子どもの貧困が多いんですか?」


「複数の要因がある」天野は分析を始めた。「まず、ひとり親世帯の増加。特に母子世帯の貧困率は約48%と非常に高い」


葵が驚く。「ひとり親の半分が貧困状態…」


「女性の賃金が低いことも影響している。正社員になれず、パートや非正規雇用で働く母親が多い」


怜が構造的問題を指摘する。「第2巻で学んだ格差拡大とも関連してますね」


「そうだ。非正規雇用の増加、賃金の低迷、社会保障制度の限界…これらが複合的に作用している」


健太が疑問を呈する。「でも、生活保護とか児童手当とかの支援はないんですか?」


「制度はあるが、十分ではない」天野は現状を説明した。「児童手当は月額1万円から1万5千円。子育てにかかる費用を考えると決して十分ではない」


「生活保護も、申請のハードルが高い。第3巻で学んだ通り、本来受給できる人の多くが制度を利用していない」


遥が心配そうに言う。「支援が足りないってことですか?」


「国際比較してみよう」天野は他国の状況を紹介した。「フランスでは、第3子以降の家族に手厚い支援がある。ドイツでは児童手当が18歳まで支給され、金額も日本より高い」


「北欧諸国では、教育費が大学まで無料で、給食も無償。子育てにかかる経済的負担が大幅に軽減されている」


葵が比較する。「日本は子育て支援が薄いんですね」


「日本の家族関係支出はGDP比1.73%で、OECD平均の2.1%を下回っている。子育て世帯への公的支援が相対的に少ない」


怜が鋭く指摘する。「でも高齢者向けの社会保障費は多いですよね?」


「その通り。社会保障費全体の約70%が高齢者向け、子ども向けは約5%。世代間でのリソース配分に大きな偏りがある」


健太が不満を表す。「俺たち若い世代や子どもが軽視されてる?」


「政治的な力関係も影響している」天野は説明を続けた。「高齢者の投票率は高く、政治的な発言力も強い。一方、子どもは選挙権がなく、直接的な政治参加ができない」


遥がため息をつく。「声が届きにくいんですね」


「でも、状況は少しずつ変わっている」天野は希望的な側面も示した。「こども家庭庁の設立、児童手当の拡充、高等教育の無償化拡大など、子育て支援強化の動きもある」


葵が前向きに言う。「改善の余地はあるってことですね」


「ただし、根本的な解決には構造的な変革が必要だ」


天野は解決の方向性を説明した。


「まず労働市場の改善。非正規雇用の待遇向上、同一労働同一賃金の徹底、最低賃金の引き上げなど」


「社会保障制度の見直し。世代間のバランス調整、子育て世帯への支援強化」


「教育政策の充実。機会の平等を保障する仕組み作り」


怜が整理する。「単発の政策じゃなく、社会システム全体の見直しが必要」


「その通り。そして重要なのは、これが『投資』でもあることだ」


健太が疑問に思う。「投資?」


「子どもの貧困対策にかけた費用は、将来的に社会に還元される」天野は経済的側面を説明した。「教育を受けた子どもは、将来より多くの税金を納める。犯罪率の低下、社会保障費の削減など、様々な形で社会全体に利益をもたらす」


葵が理解する。「短期的にはコストでも、長期的には利益になる」


「日本財団の試算では、子どもの貧困を放置した場合の社会的損失は約43兆円。一方、対策にかかる費用は約3兆円。投資対効果は非常に高い」


遥が驚く。「そんなに違いがあるんですか?」


「貧困の世代間連鎖を断ち切ることができれば、社会全体が豊かになる」


健太が現実的に聞く。「でも、なんでそれが政治の優先課題にならないんですか?」


「いくつかの理由がある」天野は政治的課題を分析した。「まず、効果が出るまでに時間がかかること。政治家は短期的な成果を求めがち」


「次に、受益者である子どもに選挙権がないこと。政治的な圧力が弱い」


「そして、『自己責任論』の影響。貧困は個人や家庭の問題だという考えが根強い」


葵が憤る。「子どもに責任はないのに」


「その通り。子どもは生まれる環境を選べない。社会全体で支える責任がある」


天野は最後に生徒たちに問いかけた。


「君たちはこの問題をどう考える? 将来、社会の中心になる世代として」


怜が最初に答えた。「私たちが大人になる頃には、この問題を解決していたい。少なくとも今より良い状況に」


健太が続く。「そのためには政治に関心を持って、子どもを大切にする政治家を選ばないと」


遥が付け加える。「今でも何かできることはないでしょうか? ボランティアとか」


「子ども食堂の手伝いや、学習支援のボランティアなど、身近にできることはある」天野は提案した。「でも何より大切なのは、この問題を『自分たちの問題』として捉え続けること」


葵が決意を込めて言う。「忘れないようにします。11.5%の向こうには、私たちと同じ子どもたちがいる」


「そうだ。統計の向こうには、いつも人の人生がある」


時計を見ると、いつもの時間を過ぎている。


「今日はここまでだ」天野が教材を片付け始める。「次回は、医療格差について考えよう。健康という最も基本的な権利にも、政策が大きく関わっている」


生徒たちが帰り支度をする中、遥が給食の写真をもう一度見つめた。


「この差をなくすことはできるんでしょうか?」


「君たちの世代なら、きっとできる」天野は確信を込めて言った。「問題を理解し、解決への意志を持っている。それが最初の一歩だ」


校舎を出ながら、健太が呟いた。


「9人に1人か…クラスに3、4人はいる計算だな」


「私たちの周りにもいるかもしれない」葵が静かに言う。


「だからこそ、他人事じゃない」怜が締めくくった。


子どもの貧困は、遠い世界の話ではない。


今、この瞬間も、多くの子どもたちが困難な状況にある。


でも、社会が本気になれば、その状況は変えることができる。


問題は、社会がその意志を持てるかどうかだ。


-----


**〈第3話へ続く〉**


-----


### 【この話で学んだポイント】


**日本の子どもの貧困の実態**

相対的貧困率11.5%で、約9人に1人が貧困状態。特にひとり親世帯の貧困率は約48%と深刻。見た目には分からない「見えにくい貧困」が特徴。


**教育格差と世代間連鎖**

貧困世帯の子どもは塾に通えず、大学進学率も一般世帯の半分以下。教育機会の格差が将来の所得格差につながり、貧困の世代間連鎖を生む。


**社会保障の世代間格差**

社会保障費の約70%が高齢者向け、子ども向けは約5%。子育て支援のGDP比も OECD平均を下回り、国際的に見て手薄な状況。


**政治的発言力の差**

高齢者は投票率が高く政治的影響力が強い一方、子どもは選挙権がなく声が届きにくい。政治的優先順位の低さが問題を深刻化。


**経済的投資効果**

子どもの貧困対策の投資対効果は非常に高い。放置した場合の社会的損失約43兆円に対し、対策費用は約3兆円。長期的には社会全体の利益。


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### 【実際のデータと根拠】


**子どもの貧困統計**

厚生労働省「国民生活基礎調査」による相対的貧困率11.5%、ひとり親世帯の貧困率約48%は公式データ。


**教育格差**

文部科学省「子供の学習費調査」、大学進学率の格差は各種教育統計で確認可能。


**国際比較**

OECD “Family Database” による家族関係支出の国際比較、各国の児童手当制度比較。


**社会保障費配分**

財務省資料による高齢者関係費と児童・家族関係費の比率。


**経済効果試算**

日本財団「子どもの貧困の社会的損失推計」レポートによる43兆円の損失試算。


**重要な配慮**

この物語では子どもの貧困という深刻な問題を扱っていますが、当事者を傷つけたり、絶望感を与えることがないよう配慮しています。問題の解決可能性と社会全体の責任を強調し、建設的な方向性を示すことを心がけています。


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*すべての子どもが健やかに成長できる社会を目指して、一人一人ができることから始めていきましょう。*

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