・難民のわんこそば、きたる
その日、7つの星を墜とした魔王は日暮れまでに11の集合住宅を築き、122名もの民に自宅を与えた。
人々からは笑顔があふれ、何もなかったこのウンブラを希望と活気が包み込んだ。
『我らのぉ~魔王~っっ♪ その名は~っっ、バァーニィィィ~ッッ♪♪ 魔界一のぉぉ~っっ、働き者ぉぉ~っっ♪♪』
夕飯は賑やかなもんだった。魔王バーニィ・ゴライアスがただの気のいいおっさんだとわかると、大半の連中が畏まらなくなっていった。タンの下手くそな歌は不評だったがな。
「魔王様、ただいま戻りました」
「おう、デスか」
あの時、デスに建築の監督を任せなかったのには理由がある。デスにはあの後、別件の仕事を任せていた。
それは近隣の独立勢力への使者だ。デスとその腹心たちは飯をたらふく積んだ荷台を押して、困窮する同胞へと食料を届けて回った。
「魔王様、この騒ぎはいったい……?」
「へへへ、嬉しいぜ。あいつらやっと俺っちを仲間と認めてくれたみてぇだ」
「はて、魔王様は初めから我らの主でございましょう」
「下らねぇ定義論になっちまうが、仲間と主は違うだろ?」
「は、人身掌握に長じた主を得られて、この魔剣めは幸せにございます」
デスは反論せずに膝を突き、そのカボチャ頭を魔王にたれた。
「で、首尾は?」
「本日だけで7つの勢力を訪ねましたが、うち2つは即答で、魔王様への恭順を誓いました」
「おっと、そりゃ幸先がいい!」
「3日以内に300名ほどがここに加わり、計1000名の大所帯となりましょう」
「む、1000人か……。衣食住を満たすだけでも一苦労だな、そりゃ……」
その一派はひどく飢えていたのだろう。すぐにくるということはそういうことだ。
「では、しばらく待たせますか?」
「何言ってんだ、受け入れるに決まってるだろ。300人の難民くらいどうってことねぇ、どうにかしてやるよっ!」
「は、御意に。このデス、数多くの魔王に仕えて参りましたが、貴方ほど頼もしい方は他におりませぬ」
いつまでも足下にはいつくばられても話しにくい。俺はデスの手を引いて立ち上がらせると、玉座にふんぞり返ってこれからのことを考えた。
「で、他の連中は?」
「正直ではない派閥もおりますが、内心は我らに加わりたがっております。食料が尽きればじきに魔王様のお望み通りになるかと」
そうなるとますます住宅供給の帳尻が合わなくなる。建てても建てても食料目当ての難民がここウンブラに集まることになる……。
「こりゃ、もうちょいイカサマしねぇと釣り合わねぇな……」
対処しなければトラブルに発展することになるだろう。魔界は種族のサラダボールだ。理性より感情を優先する者も多い。
「イカサマ……? 貴方様がもたらす全ては奇跡そのものでございましょう」
「ところがどっこい、俺の奇跡には種と仕掛けがあんだよ」
「……だとしても、貴方が我々にして下さっていることは変わりますまい」
せっかく立ち上がらせたのに、デスはまた俺の足下にひざまずいた。俺はそれを好きにさせて、しばらく難しい顔をして先のことを考えた。
「デス、俺っちは神じゃない。ただのイカサマ師だ」
「いいえ、事実だけに目を向ければ、貴方は神も同然の魔王にございます! 貴方の慈悲深さが多くの命を救うのです、何を恥じる必要がございましょう!」
俺のやっていることは子供の砂場に混じって暴れ回るような行為だ。だがお前は間違っていないと、情熱的にデスは言う。
「ならもうちょい派手に奇跡を起こしても、許されちまうかね……?」
「神にすら見捨てられた我らを救えるのは、貴方様だけにございます。どうか、偉大なるそのお力で、お慈悲を」
「ありがとよ。なら、自重しねぇでぶっ込んでやるさ! お慈悲ってやつをな!」
帳尻を合わせるために、俺はまた軌道上のコルベット船から星を降らせることにした。
全てが本国に発覚した日にはこう弁解しよう。
俺はただ難民を助けただけだ。一人の人間として、救いを求める声に応えただけだ。悪いとは思っている、すまん。……と。