・惑星監視官、開き直って魔王となる
翌日昼、パイアに揺すり起こされた。
「朝から美人に起こしてもらえるなんて、魔王ってのも悪かねぇなぁ……」
「もう昼」
「なんだよ、まだ昼かよ……。もう少し寝かせてくれよ……んごぉっっ?!」
二度寝を決め込もうとすると、口に妙な物を押し込まれた。それは酸味があって、旨味があって、ほんのり青臭い風味のする――なんてこたぁないただの絶品トマトだった。
「中年なめんなコラッ、下手すりゃ誤飲で死ぬぞ……! てか、むぅ、こらえらく美味ぇな……?」
「信じらんない……」
「寝たの朝なんだよ! ……あ、ちげーぞっ、ニナには手とか出してねーぞっ!」
「それ、アンタが作った変な植物からできたやつ! アンタ、何者なの……? あんなの、信じられない……」
目を開けて身を起こして、寝ぼけたふりをしてパイアちゃんのおっぱいを凝視した。おう、録画中ですが、何か?
揺れぬなら 揺らしてみせよう 俺の首 ってな。
「このトマト、俺が作った種か。けどこんなに美味くてでかかったっけな……?」
テーブルにカットされたトマトが皿に乗せられていた。それを一切れ取って口にしながら、少し頭を整理した。
いやにでかいトマトだった。まるで小ぶりのカボチャみたいなサイズだった。
「アンタが植えたあの変なの……変なのっ!」
「なんだよ、足が生えて歩き出したか?」
「とにかくきてっ!」
まさかもう実るとは魔王クルトベレェの魔法はとんでもない。
俺はおっぱいと尻のでかいサキュバスちゃんに手を引かれて、跳ねるように丘の上に跳んでいった。
「な……なんだありゃ……でかくねぇか……?」
「はぁっ、アンタが自分が植えたんでしょっ!? なんなのよっ、あれーっ!!」
「いや、俺が植えたやつは、アレの半分の背丈の作物だったはずなんだが……」
畑に着くと俺はその作物を見上げた。その作物は高さ3メートル近くまで成長し、半日で豊穣のバーゲンセールを魔界にもたらしていた。
その名を【惑星ファンタジア魔界型18号】、略してマ・イヤという。
「ほら見てっ、なんなのこれっっ!?」
「おう、えらくでっけぇなぁ……?」
「問題はそこだけじゃないっ! この植物は何っ!? 小麦とトマトとネギとブドウが全部生える植物とかっ、なんなのこれっ!?」
「何言ってんだ、お前。ほらよく見ろ、葉っぱはほうれんそうだ。さらに地面を掘り返せばサツマイモが埋まっているはずだぞ?」
これが栽培の許可が下りなかった作物だ。上司は俺に言った。『不気味な物を作るな』と。
「ぁ……お、お兄ちゃん……っ」
「ようっ、なんか賑やかなことになってんな!」
ステラに続いてデスも俺の前にやってきた。俺が築いた耕作地には沢山の魔界の住民たちが集まり、もぎたてのブドウとトマトにがっついて今日までの深刻な飢えを満たしていた。
「カカシとして、これほどにやりがいのある仕事は初めてでした。魔王様にお見せしたかったですよ、ブドウを狙う鳥獣どもと戦うカカシこと私の姿を」
指導者であるデスを前にすると、ステラとパイアは黙ってしまった。
「動くカカシは果たしてカカシか?」
「動きたいと望めばカカシも動きましょうぞ、魔王様」
デスからブドウを一房渡された。口にしてみると甘く、ほんのり酸っぱく、ブドウの理想型といった味わいだった。
「こりゃいい。これでワインを仕込みたいな?」
「干して保存食にもいたしましょう。これだけの実りです、使いようはいくらでも」
「なら干しブドウのパンもいけるな。楽しみになってきたぜ」
デスは表情がない。代わりに魔剣である本体が上機嫌そうに身を揺らしていた。
「そちらの二人は魔王様に差し上げましょう」
「ぇ…………っ!?」
「は、はぁぁーーっっ?!」
ステラもパイアも寝耳に水の話だった。反奴隷制を掲げるコモンウェルス星団の一員としても、くれると言われても本国に知られた後の言い訳に困る。
「俺っちは見返りが欲しくてやったんじゃねぇよ。こりゃただの神様気取りでやっただけのことだ。お前らの驚くその顔が報酬だ」
「はぁっ、意外とマトモなおっさんで助かった……」
「ビックリ、しました……」
話題をそらすのもかねて、足下を掘ってさつまいもを引っこ抜いて見せた。するとカカシが吊す魔剣がまた上機嫌に揺れた。
「では二人をお側付きにいたしましょう。パイア、ステラ、魔王様の命令には絶対服従。飢えを満たしていただいたこの日の感謝をゆめゆめ忘れるなかれ」
「いらねーっつってんだろ……その頭、トマトすげ替えるぞ……」
「魔王様がお望みとあらばこのデス、トマト男だろうとネギ男だろうと、なんにだってなりましょう」
皆、顔が輝いていた。陽気に騒いでいた。
あちこちで荷台に作物が歌われながら積載され、拠点に向けて搬送されてゆくのを見送った。
夢にまで見た光景だった。この戦いに介入したい。この大地をこの足で踏みしめたい。そう願っていた俺の夢は叶った。
本国の者たちは俺を許さないだろう。騎士ヨアヒムは乱心した。ヨアヒムは傲慢にも神になろうとしたと、そう評するだろう。その時、俺はこう弁明しよう。
「ま、乗りかかった船だ。こうなりゃ最期まで付き合ってやるよ」
乗りかかった船だった。これが祖国と対立する道であろうとも、彼らを見捨てることができなかった。
シールドに封鎖されたこの世界に立った時点で、俺はこの世界の住民となるしかなかった。
この大地に立ってやっとわかった。
未開惑星保護条約? 正しい進化? そんなものはクソ喰らえだ!
俺は彼らの願いを叶えただけだ。助けてと天に救いを求めた彼らと偶然出会い、救いを授けただけだ。
俺が間違っているのは承知している。だがそれでも俺は助けたかった。血の通った人間として、同じ知的生命体として、正しいことをした。
俺は神になりたかったんじゃない。同じ人としてこの惑星で生きたかっただけだった、と。