・惑星監視官、星の守護者となる
ルプトニクツの戦士を乗せた輸送艦は途切れることなくこの星に降下してきた。やつら降下部隊相手には都市防壁が全く意味をなさず、通常の戦術では対応が後手後手になってしまう現実があった。
『翼在りし者たちよ、私のレーザーマスケットを受け取りたまえ! これこそが智の魔神であるこのゴードンが生み出しし、神器!』
そこで本来前線に立つことのないサキュバスやシルフ、ハーピィたちを動員することになった。飛行能力を持つ彼らに一撃必殺のレーザーマスケットを持たせ、機動部隊となってもらった。
『本当にすまねぇ……。だが、やつらの奇襲に対応するにはこれしかねぇ……。頼む、俺っちと一緒に戦ってくれ!』
翼を持つ種族は非力な者ばかりだ。戦士としては使い物にならない彼らは魔界の慣習で兵役が免除されており、当然ながら戦闘の経験などまるでない。そんな彼らを前戦に送るのは心が痛んだ。
『私たち、魔王様の力になれて嬉しいよ! パイアにこれからもやさしくしてあげてね!』
『僕たちシルフ族は弱い種族です。今日まで強い種族たちに見下され続けてきました。でも、そんな僕たちに魔王様はチャンスをくれたんです!』
『そうそう! サキュバス族でもいつでも魔王様の味方! 生きて帰ってきたらサービスしてよねーっ!』
この作戦は功を奏した。ルプトニクツのイカどもの頭上からレーザーマスケットの一斉射撃が降り注ぎ、その地の戦局を一変させていった。
反撃を受けて命を落とす者が出ていたというのに、彼らは欠員が出ると競うように志願を願い出て、同胞の代わりに神器レーザーマスケットを取った。
彼らの奮戦と貢献により、魔界側の戦局は大きく安定していった。
しかし惑星侵攻の日から5日が経過すると、ルプトニクツは方針を変えた。魔界側の住民の拉致はコストがかかって割に合わないと判断したのか、降下先を大陸東部に集中させた。
魔界の民はこれで守れたが、ヒューマンの民は守れなかった。数時間おきに奴隷を乗せた輸送艦が打ち上げられ、それと同じ数がこの星に降下してきた。
やつらは俺の故郷の仲間の血が混じったヒューマンたちを、衛星軌道上にある大型奴隷船へと運んでいた。
もはや魔界側は敵のターゲットではない。敵が欲しがっているのは奴隷に適当なヒューマンたちと、最強の生物兵器の材料となりうる魔王バーニィとなっていた。
俺が魔界側に残ればそれすなわち、魔界側の民を再び戦いに巻き込む結果となる。だから俺はこの状況に最もふさわしい判断を下した。
「元気ー? 生きてるー? ちゃんとご飯食べてるー? いじめらたり、してない……?」
「その心配はないと思うよ、ステラ。お兄ちゃんは誰とでも仲良くなっちゃう人だから」
「そうだけどさぁー……やっぱ心配じゃん……。人間なんて見捨ててさーっ、早くこっちに帰ってきなよーっ!?」
簡単な話だ。俺が人間の領土に移ってそこでやつらと戦えばいい。こちら側の世界でも略奪は割に合わないと、やつらに示せばいい。
「悪ぃがそりゃ無理だ。同じ人型生命体を見捨てるなんて俺っちにはできねぇ」
少し脱線するが、ヒューマノイドはこの宇宙に遍く存在している。俺たちは『大本となる太古の宇宙文明』から枝分かれした同一の種族だ。
この星のヒューマンおよび、ヒューマノイド型の魔族はどれも同じ種だ。ニューフロンティア・コロニーに残されていた記録にも、交配が可能だったと記録が残っている。
「あ、それより大変なんです! アースガル王国に奴隷船が着陸! そこからなら間に合うって、お空のシステムさんが!」
「おいそれ先に言えよ、お前らっ!? ……うっし、歯ぁ磨いてねえけど、いっちょ正義の魔王様してくるぜっ!!」
俺は寝床を飛び上がって自らに気合いを注入した。戦い漬けで頭がおかしくなりそうだが、戦わなきゃ同胞は守れない。
「ま、待って……! 無理とかしちゃダメだからねっ!? ちゃんと帰ってこないとやだよっ」
「おいパイア、お前さんいつからそんな心配性になった?」
「家族なんだから当たり前でしょ!! こっちは待ってるだけですごく不安なんだから……あたしらの気持ちもわかってよっ!!」
「はははっ、俺っちは不死身だ! 心配なんていらねぇよ!」
パイアの言葉が戦いに疲れたおっさんに力をくれた。ステラとパイアを守るためにも、この戦いを完全勝利で締めくくる。
「ヨアヒムお兄ちゃん、いってらっしゃい」
「おう、いってくんぜ」
「えと……それと、私たちの星を守ってくれて、ありがとう……。私、お兄ちゃんの妹でよかった……」
ステラはニナではない。遺伝子の類似性がもたらしたただのそっくりさんだ。それでもその言葉は、ニナを守ることができなかった兄には救いだった。
しかし、まさか深宇宙探検隊の研究者ごときが、星の英雄になる日がくるとはな。
俺はスパイドローンのいる客室から飛び出すと、屋敷を出る前にここの領主の男と鉢合わせになった。
「行かれるのですか、魔王バーニィ」
「おう、ちょっとアースガルまで一っ飛びだ」
ここはハリア辺境伯領。昨日からハリア辺境泊の世話になっていた。
「なんと恐ろしい……。またあの怪物たちが星から降ってきたのですね……」
「そうだ。宇宙に逃げられる前にさらわれた者を取り返す。終わりが見えねぇがやり続けるしかねぇ」
「他に必要な支援があればなんでもおっしゃって下さい。貴方は世界の守護者だ。貴方がいなければ、私の領地もとうに終わっていた……」
「ありがとよ。平和になったら魔界の酒持って遊びにくるからよ、そんときに一杯やろう!」
「もちろん喜んで。どうかご武運を、守護者様」
浮遊魔法で自らを浮かせると、俺はスーパーヒーローみたいに空を飛んで現地アースガル王国のなんたら領に急行した。
時速400キロで20分も飛べば、都市内部に着陸する輸送船が見えてきた。
輸送船は3隻。その3隻と地上部隊がこちらに気付くと対空砲撃の嵐が吹き荒れた。
それを俺はエースパイロットが乗る航空機のようにかいくぐり、輸送船のスラスターにいつもの蹴りを入れた。
「クソッ、またあの野郎だっ!!」
「うぜぇぞ、このヒーロー気取りがっ!!」
かわせない対空砲はマジックシールドで受け流し、しつこい対空砲はエネルギー魔法マジックブラストで周辺ごと沈黙させた。
全ての船を航行不能にすればミッション達成だ。後は魔力の限り遊撃をかけて、ほどほどで離脱するだけだった。
「ヒャッハァーッ、お前を殺せば大金持ちジャンヨォッ!!」
「撃て撃て撃て撃て! ヤツのシールドも無限ではないはずだ!」
しかしそのほどほどが難しい。命知らずのルプトニクツ兵は退かずに銃を乱射してくし、ここには背中を守ってくれる仲間もいねぇ。
「くぅ……やっぱ単騎はしんどいぜ、ヴィオレッタちゃん……っ」
そんな中、たまたま視界に見覚えのある青年が入った。捕らえられた軍人たちが奴隷船の前で鎖に繋がれていたのだが、そのうちの1人は俺の研究対象のうち1人だった。
研究対象だった男をみすみす異星人に奪われるなんて許せるわけがない。よって俺は危険を承知で敵陣に突っ込んだ。
「レーザー兵器に意外と有効っ、アースウォールッッ!!」
敵陣を突破すると防壁魔法アースウォールで長大な壁を作り、鎖に繋がれていた【青の英雄ピルグリム】に突っ込んだ。
満身創痍の英雄は俺に剣を向けることもできずに、天へとさらわることになったとさ。
「ぅ、ぅぅ……誰かはわからないが、救援、助か――なっ!? お、お前はまさか……魔王バーニィ……ッ!?」
「そっちは青の英雄様だな。奇遇じゃねぇか、こんなところで会うとはよ!」
一通りの支援を済ませた俺は、満身創痍の青の英雄を抱えて最前線を離脱した。対空砲のお見送りをいただいたが、こっちには魔法式のバリアーがある。
魔力が尽きる前に離脱すればこちらの勝ちだった。
「救援には感謝する……だが、離せ……! あそこには、まだ仲間が……っ」
「心配いらねぇ、あいつらは勝つぜ」
「なぜそんなことが言える……っ!」
「そりゃぁ俺っちが船を叩いたからだ。やつらの装備も戦法も、長期戦には向いちゃいねぇのさ」
青の英雄を観測していた俺が言う。コイツはバカじゃない。英雄たちの中でも頭の回る方だった。
「補給がなければ続けられない。確かにそうかもしれん……」
「そういうこった。話が早くて助かるぜ」
「しかしお前はずいぶんと、詳しいのだな……?」
「おう、俺っちも星の世界からきた人間だからな」
「な、何……っっ?!」
普通ならば冗談と受け取る言葉を、青の英雄は口を開けっぱなしにして驚いた。