・サイボーグ魔王、宇宙海賊を迎え撃つ
【血と生け贄】派のリーダーはよく戦った。過去の英雄に利き腕を斬り落とされながらもヒューマンの殲滅を諦めなかったその男は、左手の大剣でルプトニクツの戦士の死体の山を築いた。
「この、イカ野郎どもが……ッッ、ウガァッツ?!!」
ルプトニクツの戦士はウルタラ人という名の軟体生命体だ。アーマーとフルフェイスの下にぬめる身体を隠し持っている。
そのイカアーマーどもが今、デュラスチールの鎖で敵リーダーを拘束し取り囲んでいた。
リーダーの名はギル。青い肌と長い耳を持つダークエルフ族の男だ。
先日、警告と差し入れの際に話したが、とんでもなく聞き分けのない男だった。こっちがレーザー装備をくれてやるって言っているのに『いらない』『なれ合わない』の一点張りだ。
「ヒャハーッ、コイツは高く売れるぜ!!」
「ああ、この前の怒ると金色に光る大ザルもいい値がついた。このヒューマノイドはその倍は確実だな」
「お前の運命を教えてやるよ、お前は檻に入れられて、陰険なモヤシどもにじっくりと観察されて、最期は挽き肉みてぇに切り刻まれんだぜ……ヒャハハハッッ!」
ウルタラ人は天然の良心欠損者だ。周囲に斬り殺された仲間が何百と転がっているのに、気にも止めていない。
やつらはDNAレベルで良心が欠損した、ある種究極の犯罪生命体だった。
「殺せ……」
「バーカッ、おめぇは俺らの商品だ!! てめぇの醜い仲間と一緒に売り飛ばされんだよ、おめーはよぉーっ!!」
そんな運命は誰だってお断りだ。ギルは力を振り絞り鎖から逃れようとした。それをルプトニクツの戦士はムダなあがきだと笑い飛ばした。
だが結論から言うと鎖が足りていなかったようだ。音を立てて爆ぜてゆく鎖に、ルプトニクツの戦士たちは銃底での制圧を迫られた。
「あ、危ねぇ……鎖を増やせ、すぐにだ! この星の生き物はどうなってやがるんだ……!」
「そう怒るなって青い兄ちゃん、好事家のペットになれりゃ、死ぬまで大事にしてもらえるぜ?」
ギルは歯を食いしばって怒った。鎖を増やされようとも諦めずにそれを千切ろうとした。憎悪を燃やして見下ろす敵を見上げた。
「――ッッ?!!」
そのギルの目が驚愕に見開かれた。空からまさかの救援、魔王バーニィ・ゴライアスが降ってきたからだ。
「ヒャハハッ、活きの良さそうなのがき――ぁぇ……?」
魔王は囮だった。魔王に目と銃口が集まったところで、ビームスピアを持ったヴィオレッタが魔将ギルを囲む敵をまとめて薙ぎ払った。
「よう、助太刀にきたぜ」
ヴィオレッタが続けて敵のつゆ払いを始める中、俺はデュラスチールの鎖を振動ナイフで切断して1人の超戦士を解放した。
「感謝、する……」
「おっと、今日は意外と素直だな……?」
「思想は相容れぬ。だが……」
「今はそういう状況じゃねぇってか。なら、今度こそコイツを受け取ってくれるよな?」
ビームソードとビームシールドをギルに投げると、彼は拒まずにそれを受け取って立ち上がった。
「いけ好かぬが、貴様の力を借りる他にない」
「そりゃ助かるぜ。その盾がありゃ、やつらの光の弓を弾き返せる。ヴィオレッタを援護してやってくれ」
「貴様は……?」
「奪われた民を取り返す。警告しただろ、やつらの狙いは征服じゃねぇ、誘拐だ」
わかってくれたのか、ギルは以前俺に説明された通りにレーザーソードとシールドを起動して、ルプトニクツの戦士に切りかかった。
ヴィオレッタと共に暴れ回り、魔将の格というものを見せてくれた。
そう、彼は魔将ギル。先代魔王の重臣だった。
「魔王バーニィ・ゴライアスはそなたが思っているような軟弱者ではない。あの男もまた、ここではない別の世界で死線をくぐり抜けてきた一匹の修羅だ」
「だが、相容れぬ」
「某も初めはそう思った。だが歴代の魔王の中で最も賢く強いのも事実。……ギル、この星はあの男にしか守れない」
俺もまた敵陣を前進した。ルプトニクツの戦士たちはレーザー兵器を謎のバリアー【マジックシールド】で湾曲させてしまう男に驚いていた。
魔法。この力には科学の天敵となりうるデタラメな可能性が秘められていた。
「俺っちの道を阻むのか?」
「な、なんなんだ、貴様はっっ!?」
「さっき仲間が言ってただろ、俺っちは魔王バーニィ、大陸西側の種族を守護する王様だぜ」
輸送艦に星を離れられたら助け出せない。俺は道を阻むイカどもに腕を突きつけた。
「嘘を吐け! 貴様、コモンウェルス人だろ!?」
「おう、それがどうした? 俺は元コモンウェルス所属の魔王だ。悪ぃが、茹でイカになってもらうぜ、銀河のダニども」
人攫いに同情なんてしたらソイツはアホ確定だ。俺は突き出した腕からギガフレイムの術を放ち、目の前のイカどもをアーマーごと焼き払った。
酷い断末魔があちこちから轟いたが、これまでの悪行を考えれば同情もなにもねぇ。
あのアーマーは保護服でもあった。やつらルプトニクツの戦士たちは水棲種族だ。アーマーの内部は液体で満たされている。その液体が沸騰した。
正面が片付いたので俺は大地を蹴って輸送艦に走った。すると輸送艦からわらわらと新手が出てきて、当たるはずのない銃を構えた。
「コモンウェルスの騎士ヨアヒムだな……?」
立派な赤いアーマーを着込んだ男が俺の正体を見抜いた。やっと頭が回りそうなやつが出てきた、ってところだ。
「おう、昔はそんな肩書きだったが、そちらはどなたさんで?」
「ギュヌイという。実験動物の捕獲を命じられた、いわばアンタの同業だ」
「おう、深宇宙探検隊も角度を変えて見りゃ人攫いかね」
自分もまた国のためにやっているだけなのだと、彼はこちらに訴えながらある物を取り出した。
「これがわかるかな?」
ギュヌイは手のひらほどの黒い球体をこちらに見せつけた。
「おう、電磁パルス爆弾か?」
「そうだ。君たちコモンウェルスの戦士はこれが弱点だ」
「なんだよつまんねぇ、そりゃもう俺っちが1度使ったカードだ。起動してみな、ダメージを受けるのは輸送艦だけだ」
「ハッタリだな! コモンウェルスの英雄……君はいい値段で売れるぞ!!」
やつは電磁パルス爆弾をこちらの頭上に投げ、起爆させた。
辺りそこら中でノイズの嵐が暴れ回り、機械化した左目に砂嵐が走った。
だがそれだけだ。魔法【ライトニングシールド】で電磁波を無効化した俺は飛び上がり、城よりも巨大な輸送艦のそのスラスターにカカト落としをぶち込んでやった。
「これで、よしと」
「なっ、なっ、なぁぁぁ……っっ?! 我らルプトニクツの合金を……け、蹴り一つで破壊した、だとぉぉ……っっ!?」
魔王に蹴られたスラスターは25度ほどひん曲がり、航行能力を失った。なまじ頑丈な素材であるので専用のドッグなしで修理するにも無理がある。よってこの船はもう飛べない置物となった。
「悪ぃな、宇宙には陸路で帰ってくれ」
「ふ、ふふふ……っ。君はたった今、我々の最優先狩猟対象となった。その力、我らルプトニクツの力にするに相応しい……」
「そりゃ願ってもねえ話さ。いくらでも首そろえてかかってきな、まとめて茹でイカにしてやるよ」
「バカめ!! 未開惑星の王ごときがルプトニクツに勝てると思っているのか!!」
「あんま舐めんなよ。ファンタジアの民には、フロンティア魂があんだ! テメェらごときに俺のニューフロンティアが負けるかよ!!」
俺は目の前の敵を片付けた。茹でイカにした後は電気イカ、冷凍イカにもしてやった。
しかし敵は無尽蔵に降ってきた。新しい輸送艦が降下してきて、大地にイカどもがわらわらとわいた。
やつらの撤退まで3時間かかった。ウンブラからの仲間が戦場に近付くと、やっとこさやつらは増援を引っ込めて撤退してくれた。
「フッ、派手に暴れ回ったようだな、ヨアヒム」
「ああ……俺っちの天使様じゃねぇか……」
疲れ果てて道ばたに大の字になっている俺をヴィオレッタが見下ろしていた。彼女もまた負傷していたが、自分の傷に気にも止めていない。
「そなたは天からきた。天使はそなただ」
「ははは、こんな色気のねぇ天使がいるかよ」
ヴィオレッタが手を差し伸べて助け起こしてくれた。本当に好ましい人だと思った。
「そなたと戦うのは楽しかった。また共に戦おう」
「何言ってんだ……こんなん楽しかねぇよ……。俺っちはよぉ、平和的なおっさんなのよ」
だがニナの血が混じったこの星の民を、みすみすさらわれるなんて認められねぇ。死ぬ気になって全員救うしかねぇ。
「ところで例の話の返事だが――」
「お、おうっ!?」
驚き跳ね上がる俺をヴィオレッタはおかしそうに笑った。
「迷っている。だがこの戦いが終わったら答えを出そう」
「そ、そうか……」
「すまない、一生を左右するかもしれない選択だ。慎重に考えたい……」
結婚を前提とかそんなことは言っていないはずなんだが、重く受け止めるところが彼女らしい。
「ヨアヒム……」
「おう、なんだ、我が軍最強の魔将様?」
「またあのトマトパスタが食べたい。平和になったら作ってくれ」
「ああっ、次は一緒に作ろうぜ、ヴィオレッタちゃん!!」
戦場で『ちゃん』を付けてくるふとどき者に、ヴィオレッタは冷たい目を向けてから早足で去っていってしまった。
それからステルス状態のスパイドローンが姿を現して、俺にこう言った。
『やーい、ふられてやんのー! ま、捨てられてもあたしらがいるから安心しなよー』
『い、いい雰囲気に見えましたけど……』
『あの……嫌がっているのに『ちゃん付け』を続けるのは、僕はどうかと思いますよ……?』
全て見ていた。よくやった。けど女の扱いが下手なもんだな、と。