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・惑星監視官、現地民に交際を申し込む

 寺院はいつしか魔王殿と呼ばれるようになった。勢力が拡大するにつれて来客も増え、住居として騒がしく暮らしにくい場所になっていった。


 そこで俺は中心街の外れに自宅を建てた。将来のためにキープしておいた土地を自分のために使った。

 ここからならば魔王殿まで徒歩5分。飯屋の集まるグルメ通りならたった徒歩3分だ。


 新居の建築には誰の力も借りなかった。気のいいタンやジャックが手伝うと言ってくれたのだが、自分の家にはありったけの自己満足をつぎ込みたかった。


 願掛けもある。最高の家が建ったら俺はヴィオレッタに交際と同居を申し出るつもりだった。

 早朝。昼休み。仕事の合間。夕方から日没まで。コツコツと建築を進めて、タンも招けるでかい家を作った。


 自分はいつ本国の討伐隊に討たれるかもわからない立場だ。後悔が残らないようにしたかった。


 着工から完成から二ヶ月半。だいぶかかったがやっと完成して、先月からステラとパイアを連れてここに移り住んでいる。


 それで前置きが長くなったが現在はというと、新築の香りのする厨房で今晩のご馳走を作っていた。


「お料理、上手になりました……」


「そ、そうか……?」


「はい、これならヴィオレッタさんの気を引けるかと、思います……! お料理できる男の人、素敵ですよ……!」


「ありがとよ、ステラ。へへへ、正直勇気出るぜ……っ」


 コルベット船から料理人の経験を脳にインストールすることもできる。だがそれを使う気にはならなかった。

 今晩の夕飯はトマトパスタだ。以前ヴィオレッタが好きだと言っていた。


「はぁぁー、美味しそうな匂い~♪ あれ、なんでアンタ厨房にいるのー?」


 どこからともなく匂いにつられ、パイアが翼と乳房を揺らして厨房に漂ってきた。パイアはエプロンを身に着けるおっさんに目を丸くしていた。


「俺っちが厨房にいちゃおかしいかよ?」


「忘れたの、パイア……? 今日はヴィオレッタさんをお招きする日……」


「ああ……。ああそう……」


 パイアの反応はつれなかった。しらけるような顔でステラの後ろに回り込んでくっついた。


「これ、アンタがヴィオレッタさんのために作ったんだー?」


「そ、そうだぜ……?」


「ふぅぅ~ん……♪」


 飛び切り意地悪にステラがトマトパスタと俺を笑った。


「いやなんだよ、その反応……っ!?」


 既に2回、ヴィオレッタをこの家に招いていた。招いて、歓迎して、ちょっといい感じの雰囲気になったりもした。けどそこまでだ。


「どうせまたヘタレるんでしょー? 『今日こそ俺はキメるぜっ!』とかこの前言ってたよねぇー? アレどうなったっけー?」


「いや今日の俺っちはこの前の俺とは違ぇ! ……と思う」


 この前は間が悪かった。タイミングを逃して言い出せなかった。そのまた前も間が悪かった。根拠はないが今回こそタイミングに恵まれるはずだ。


「大丈夫です……! 今夜こそ、ズバッと言ってしまいましょう……!」


「でも普通に考えてさー、出会う前に裸を覗いてた変質者と交際したいと思うー?」


「う……っ?! そりゃ言葉のナイフってやつだぜ、パイア……」


「アンタの自業自得だしー、勝手に玉砕すればー?」


「えっと……っ、あ、あのっ、その……受け取り方は、人それぞれだと思いますよ……っ!」


 パイアはヴィオレッタがこの家にくると目に見えて不機嫌になる。

 もしかしてコイツは俺に恋をしているのかもしれない。そう思い、以前ド直球を投げ付けてみたら殴られた。


「ちょっとステラッ、こっちきて、こっちっ!」


「え、何、ステラちゃん……?」


 密談らしい。ステラとパイアが厨房から出て行って、俺は機械化した左耳で聞き耳を立てた。


「あのさ……応援するの、止めない……?」


「ええっ、なんでっ? パイアちゃんはお兄ちゃんが幸せになれなくてもいいの……?」


「なってほしい……。でも、考えてもみなよ……。もし、告白が成功しちゃったらさ……あたしら……邪魔者だよ……?」


「私はいいよ。二人が幸せになったら、私と一緒にここを出よ……?」


「やだ……あたしはそれはやだ! だって……アイツはあたしのパパだもん……」


 1年前までは俺たちは赤の他人だった。それが今では家族同然。パイアとステラは今の生活が続くことを望んでくれていた。


「告白で頭いっぱいで、アイツらのこと忘れてた……」


 でかい家を建てたのはあいつらのためだ。俺はヴィオレッタに同居の誘いを持ちかけるつもりだが、あいつらを手放すなんて考えてすらいない。


 いい彼氏を見つけるまで、家族として隣においておきたい。なんなら本当のパパになってやってもかまわない。


 そんなことを考えていると玄関先からノックが響いた。俺は厨房を飛び出て、愛しのヴィオレッタを迎えた。


「我が主よ、援護射撃にまいりました」


 パンプキンパイを抱えたデスだった。


「よっす、自分は以下同文っす。そろそろ自分に儲けさせてほしいっす!」


 告白成功に賭けて2敗中のジャックと焼き鳥の山だった。


「騎士ヨアヒムッ、自信を持って下さい! みんな貴方のことが大好きです、だから大丈夫ですよ!」


 甘い洋菓子の箱を抱えた、ガチでいいやつな弟分のカリストレスだった。


「あ、ありがとよ、お前らっ! 今夜こそ俺っちはキメるぜ!!」


「ご安心を、我が主。ヴィオレッタは貴方を様を好いております。……品性に欠ける側面以外は」


「ギャハハーッッ、忠臣に言われてやんのーっ!!」


 デスに悪気はなさそうだったが、ジャックの人の顔を指さして笑い飛ばした。


「大丈夫ですよ……! こんなに素敵なおじさんと会ったの、僕初めてですから……!」


 カリストレスにも悪意はない。だが今ばかりはおじさんと言われると、現実を突き付けられた気持ちになる。


「とにかく中に入れ……。ったく、援護射撃頼むぜ、お前ら……?」


 大切な仲間を家に招いた。

 それから遅れてヴィオレッタもやってきて、楽しいパーティが始まった。


 いつもならなんでもないひとときだが、今日はヴィオレッタを直視できない。

 この歳になってここまで本気で女性に夢中になるなんて、生涯独身を気取っていた俺には全くの計算外だった。


 失敗の不安と興奮が入り交じった、ふわふわとした夜が更けていった。


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