・スパイドローン、不気味なセンサー異常を検知する
銀晶の地下隧道は北部諸勢力と新生魔王軍の関係を変えた。距離が物理的に縮まったことにより、魔王軍は彼らの庇護者となりうる存在となった。
その追い風となったのがアルテマ市の救済と恭順だ。新たな魔王は暴力ではなく、信頼と援助でアルテマ市を従わせた。
どうやら今度の魔王は覇権に興味がないようだ。先代のように搾取と暴力を好む戦争屋ではないようだ。
その噂が北部に広まるや否や、多くの使者がウンブラの地に押し掛けた。
やれ『水が枯れた』だの、『ならず者に脅されている』だの、使者は口々に勢力が抱える問題を訴え、アルテマ市のように奇跡の力で救ってほしいと願った。
俺はその願いを叶えてやった。そうするとこちら側は服従しろなんて一言も請求していないというのに、彼らは魔王軍の傘下に加わりたいと自ら頭をたれてきた。
『貴方こそが魔王の中の魔王。我ら一同、これより貴方の夢のお手伝いをさせていただきたく存じます』
『おう、そこはお互い様ってやつだ! 困ったときは助け合って行こうぜ!』
願いを叶えるたびに新生魔王軍はでかくなった。ウンブラの大通りが日を越すごとに窮屈になり、ワイヤー運送システムが朝方から晩までひっきりなしに都市を走るようになった。
俺はこの星に夢中だった。発展してゆくウンブラを眺めるのが楽しくてしょうがなかった。
そして気付けば――知らんうちに1年が経っていた。魔王として惑星ファンタジアの地に立ったあの日から数えて1年が経った。
2ヶ月前には磁気嵐もようやく収まり、コルベット船のエロ動画との感動の再会も果たした。船の複製機でリード隊長の身体を修復し、風物詩となっていた空飛ぶ生首もウンブラから消えていた。
もちろんジャックの吹っ飛んだ顔も直してやった。
『けどよ、そのまんまの方がイケてた気がすんぜ?』
『飲み屋のサキュバスちゃんたちにも同じこと言われたっすぅー!』
『ま、実際よ、アンドロイド1人まぎれこんだところで浮くも何もねぇだろ。元から変な種族だらけなんだからよ、ここは』
『そっすね。自分、アンタに負けてよかったっす』
一見、全てが上手くいっているように感じられた。いずれは本国の討伐隊と戦う運命にあると知りながらも、ジャックたち懲罰部隊の連中は陽気だった。
しかしこれはつかの間の平穏だ。ドローンに搭載されたセンサーは既に不気味な予兆を検出していた。
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定期報告:
本日のセンサー異常数:15件
うち14件は大陸東部に集中
正体不明、監視を継続中
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ヒューマン種が暮らす大陸東部を中心に、センサーの誤作動が頻発するようになった。何もない空間から微弱な電波や熱が検出されるようになった。
初めはコモンウェルス星団の軍用スパイドローンを疑った。あるいは幽閉したはずのゴードンの仕業ではないかと疑い、牢獄のあの男を訪ねた。
「身体をありがとう、ヨアヒムくん」
「おう、調子はどうだ?」
「生身の肉体並みにデチューンされた身体というのも悪くない。酷寒惑星の修行僧のように謙虚な気持ちになれるよ」
「ジャックには反対されたんだがな……。俺っちはどうもお人好しらしい。それで、センサー異常の件だが、意見を聞いてもいいか?」
リード隊長の身体の修復のついでにゴードンにも新しい身体をくれてやった。ボロボロにぶっ壊れたサイボーグを鎖で繋いで地下に幽閉とか、好き好んでやりたかなかった。
「愚か者め、なぜもっと早くデータをよこさなかった? これはコモンウェルスのスパイドローンではない」
「つまり、異国のドローン……? なんでそんなことが言えるよ?」
「それは私がコモンウェルスの研究部門長だからだよ! 自国のドローンを出し抜ける新型ドローンなどあったら、この私が手柄を横取りにしているわっ!!」
身体は直してやったが、やはり檻からは出すべきではない男だった。
「安心したまえ、私はここから出る気などないよ。出たら最後、ジャックたちが殺しにくる」
「お、おう……とにかく警戒することにするぜ」
「そうしてくれたまえ。私を守れるのは君だけだ、せいぜいがんばってくれたまえ」
三つ子の魂百まで、とは言ったもんだ。憎まれっ子はどこまでいっても憎まれっ子だった。
「待ちたまえ、君に言っておかなければならないことがあったのだった」
「あ? ああ、なんだ……?」
改心の言葉でないことだけは確かだろうと思いながら、俺は牢屋の上司に振り返った。
「料理の味が薄い。もっと塩を使いたまえ、塩を。貴様も貴様だ、やつらに製塩技術も授けていないのか? このバカ者め!」
「研究部門長殿、そいつは銀河条約違反だっての……」
「はっ、そんなものは建前だ! やつらは若い文明が恐ろしいのだ!」
「……まあ、そこは一理ある。惑星監視官をやってりゃ、疑わずには――」
「ハハハハッ、その点貴様は目の付け所がいいぞぉっ! ファンタジアの民は神の眷属に相応しい……っ!」
「お、おぅ……?」
珍しく意見が一致したかと思えば、ゴードンは両手を逆手にして傲慢と驚喜形相を浮かべた。
「この星の民を啓蒙すれば、いずれは銀河連邦すら倒せる!」
「倒してどうすんよそんなもん……」
「私が保証しよう! 貴様は銀河の皇帝になれるぞ!!」
なぜこのクソ上司が協力的になったのか、以前よりどうも不気味だった。
その疑問は今の言葉で氷解した。コイツはいつだって『強い者の味方』だった。
「ま、この星を守るためにそれが必要――って事態になったら考えさせてもらうぜ」
50倍の速さで時が流れる惑星ファンタジア。科学とは異なる系統の力を使いこなすその星の民。その事実を宇宙規模でとらえなおしてみれば、とんでもなく危険な敵性体の巣に見えなくもなかった。