・惑星監視官、古代遺跡を調査する
遺跡の入り口は中庭にある。そう説明してカリストレスは花の咲き誇る大庭園に客人を通してくれた。
庭園の中央には水圧の落ちた大噴水があり、彼が言うにはここが遺跡中枢へのただ一つの入口だそうだ。
「これから隠し通路の仕掛けを動かします。あの……決して覗かないで下さいね……?」
「男を覗く趣味はねぇよ」
背中を向けて少し待つと仕掛けとやらが作動した。ポンプが仕込まれているのか噴水の水がみるみると吸い込まれていった。
続いて音を立てて大噴水が下り階段に変形した。誰が設計したのやら知らないがなかなかケレン味がある。
俺たちはすぐに石造りの螺旋階段に踏み入った。
「ヒャッッ?!」
「おっと危ねぇ!? おい、大丈夫か?」
「ぁ…………っ」
管理されていない上に濡れている階段なんて、誰も好き好んで使いたい物ではないだろう。案の定、隣の少年がひっくり返りそうになったところを抱き支えることになった。
腕を取り、背中を抱く形になった。男としてのプライドを傷つけてしまったのか、みるみるうちに彼の綺麗な顔が赤くなっていった。
彼の長い後ろ髪はまるでモイライ絹のようにすべやかだった。
「あ、ありがとうございます……」
「恥じるこたぁねぇ、誰だってこんなん滑る」
彼は自分の足で立ち上がると、青白い照明魔法を生み出して辺りを照らしてくれた。
「い、行きましょうか……っ」
「お、その魔法、後で俺っちに教えてくれねぇか?」
「え……魔王様に、僕ごときが魔法を……?」
「おう、ちょうどその魔法が入り用だったんだ」
シルバークリスタルの破片が内ポケットに入れっぱなしだった。俺はそれを試供品として、交易都市の主に渡した。
「わぁ……っ、こんな光る石、初めて見ました……っ! もしかしてこれ、星の世界の石ですかっ!?」
「いや、銀晶の地下隧道で手に入れた、この星の石だ。特定の波長に反応して光を反射する性質を持っている」
賢い彼は手で影を作って検証した。透ける純粋な水晶に戻った石に、彼はまた素直に驚いてくれた。
「これが終わったら流通を手伝ってくれ。魔界中にこいつを広めたい。そうすりゃ――うぉっとぉっっ?!」
「ぁ…………」
好奇心の強すぎる少年領主は石に夢中になるあまりに、再び足を滑らせて魔王様に背中を抱かれることになった。
「すみません、後にします……」
「ったく危なっかしいやつだぜ。なんなら下までおぶってやろうか?」
「え、いいんですか?」
「いやこの話、乗るのかよっ!? ったく、しょうがねぇなぁ!?」
素直で好奇心の強い少年を背中に乗せて、こっちの飯の話を聞きながら螺旋階段を下り切った。
そこまでくると少年はおっさんの背中から自発的に降りて、隔壁にある認証装置か何かに手で触れた。
たったそれだけで隔壁が解除され、コモンウェルス星団のドローンもセンサーも阻んできた不可知の領域への扉が開いていった。
「どうですか? アレ、どうにかなりそうですか……?」
問いに答えずに中へと入った。照明魔法を浮かばせて昼のように明るく輝かせると、カリストレス少年が突然のまぶしさに声を上げた。
隔壁が上がった瞬間から、彼を気づかってやる余裕など失われていた。俺の意識は今、隠されしこの領域だけに向けられていた。
「いったい、どうなってやがる……。俺ぁ……夢でも、見てんのか……? こんな、こんなことは、ありえねぇ……」
古語に『狐につままれたような』という表現がある。今の感覚はそれだった。俺は何者かに化かされているのではないかと、疑惑を胸に辺りを繰り返し、繰り返し見回した。
どうしてこの都市に半永久的な水と電力の供給があるのか、それが一目でわかった。
「どうしたんですか、騎士ヨアヒム? あの、直せそう、ですか……? ここが直らないと、僕たちすごく困ることになるのですが……」
「ああ、ここなら俺っちで直せるぜ……」
「本当ですかっ、よかった……っ!!」
よかった……?
何を言ってやがる……。
こんな事実は認められねぇ……。
こんな真実なんて――
「ちっともよくねぇっっ!!」
「え…………?」
子供相手に我を忘れて怒鳴ってしまっていた。だが俺にとってはそれくらいにこれは、とても認めがたい衝撃だった。
「あり得ねぇ……あの日、ここは消えちまったはずなんだ……」
「なんの話ですか……? 貴方はここを知っているのですか……? え……っ!?」
ガキの前で泣くなんて俺らしくない。だが右目から涙が止まらなかった。
「ああ、誰よりも知っているぜ……。なんでこれがここにあるのか、わけわかんねぇけど、ここの本当の名前も知っている……」
初めてはロースクールの遠足で。次は訓練生時代に。それから深宇宙探検家時代に何度か、俺はここにやってきた。
「アルテマ遺跡と呼ばれていますが、違うのですか?」
「違う。場所も、名前も、何もかもが違う」
「え、それはどういう――」
「教えてやるよ。ここは【恒星系:ソル 惑星:ジュピター 軌道上コロニー:ニューフロンティア号 セクター:中央メインフレーム】だ……」
「…………え?」
ここは俺が生まれ育ったコロニーの中枢部だ。このコロニーはガス惑星に飲み込まれ、その重力と圧力で住民ごと全てが押し潰されたはずだった。
「ここは俺っちの故郷だ……」
そこからは一言も語ることなく、メインフレームの操作マニュアルを探した。だが問題発生だ、パスコードがわからねぇ……。
「あの、もしかして直せないのですか……?」
「悪ぃ、パスコードがわからん……。それさえわかりゃ、システムにアクセスして問題箇所を――」
「あ、それなら知ってます!」
「な、何ぃぃーっっ?!!」
「パスコードは【いつかガイアに帰ろう】です。どういった意味かわかりませんが、僕は神秘的な表現だと思っています」
「ああ、皮肉なもんだな、そりゃ……」
その昔、俺たちの祖先は惑星規模の戦争を起こした。核で地表という地表を焼き尽くし、ウィルス兵器をまき散らした。
特にウィルス兵器の方が後を引き、地球は今でも近付くことすら許されない禁忌の地とされている。
この星の民への警告の意味も込めて、カリストレスにその話をしてやった。
「今の銀河連邦の盟主がバカな俺たちの祖先にチャンスをくれてな、宇宙に居住地を作ってくれた。ここもそのうちの1つだ」
パスコードを入れてメインシステムにアクセスした。やはりインフラ周りのシステムに障害が発生していた。
「なら僕たちの祖先は、貴方と同じニューフロンティアの方たちなのでしょうか……?」
「そりゃ……そりゃどうだろうな……。その仮説がもし事実なら……」
ニューフロンティアコロニーは時空を遡り、惑星フロンティアの地底に転移していたことになる。
そんなことがあり得るのか……?
ニナは憧れていた惑星ファンタジアの地を踏んだのか……?
俺がこの地に導かれたのは……偶然ではなかったのか……?
「うしっ、直ったっ!」
「えっ、もうっ!?」
「小さなパラメーターの誤差が蓄積して、今のバグを発生させていた。そいつを修正しただけだ。コードを書き換えたから、二度とこのエラーは発生しないぜ」
たったこれだけでアルテマ市が傘下に加わってくれるのだから、俺からすれば棚からぼた餅だ。
「ああ……よかったぁぁ……っ。ありがとうございますっ、みんな喜びます!」
「悪ぃが先に戻っていてくれ。俺はここで何が起きたのか調査しねぇといけねぇ……」
「僕も残ってお手伝いしましょうか? なんだかつらそうに見えます……」
「ははは、何言ってやがる! 無惨に死んじまったかと思ってた故郷の仲間が――ニナがこの星で幸せにやっていたかもしれねぇんだ……」
「あ、きっとそうですよっ! ニナさんたちはきっとそれから、僕たちの祖先になったんですよっ!」
ニナが、こいつらの祖先に……?
「もしそうだったら、お前らを守る理由がまた増えちまうな……」
またガキ扱いしてカリストレスの頭を撫でてしまった。彼は父親に甘えるように嬉しそうに微笑んでから、元気な駆け足で地上に帰っていった。
・
調査を終えた頃には深夜だった。
「主様ならば寝室にいらっしゃいます。すぐにお取り次ぎいたしましょう」
カリストレスは俺が調査に没頭している間、食事や濡れタオルを提供してくれたり、ウンブラに連絡を入れてくれていた。
「何から何まで悪ぃな」
「何をおっしゃいます、貴方のおかげでアルテマは救われたのです。我ら一同、魔王バーニィ様に永久の忠誠を誓いますぞ」
使者の男の取り次ぎで、寝室のカリストレスを訪ねた。パジャマを着てナイトキャップをかぶった小さな領主様が俺を中に迎えてくれた。
「何かわかりましたか? あ、お疲れ様です、騎士ヨアヒム」
好奇心が先に出るところがいかにも学者だった。
「おう、妹はこの星で――彼氏を見つけて、そんで結婚して、子供を残していた」
相手はシルフ族だった。
「妹……あ、ニナさんのことですね?」
「病気を患っていたんだが、俺が送金した金で病気を克服していた。ははは、えらく長生きしたみてぇだぜ……」
「そうですか……それはその、よかったですね……。どうしても、過去形になってしまいますけど……」
「気づかいありがとよ。だが心配いらねぇ、ニナを含む故郷の連中はこの星の者と混血し、そしてお前さんたちとなったんだ」
どうして惑星ファンタジアの地底に転移していたのか、彼らなりに考察を残していた。臨海を迎えた動力炉が局所的なワームホールを発生させたと彼らは推測した。
だがそれはおかしい。そんなことになれば木星もまたただでは済まない。木星の大気が流れ込んだはずのこの星もだ。
ゆえに彼らはこう考えた。
「神のお慈悲だってよ。宇宙に出た人間が行き着く結論がそれか?」
「では、騎士ヨアヒムには他の論拠があるのですか?」
「……わからん。俺っちはわからんことに安易な結論は出さねぇ主義だ。わからん」
「騎士ヨアヒムはなぜこの星に?」
「あ、俺っちか? それは――あ……」
「はい。僕は起こり得るかと思います」
俺と同じように、ニューフロンティア・コロニーは召喚された。終わりなき戦いから魔族を守る新たな王、魔王として。
「あの……僕が眠るまで、ここでニナさんの話を聞かせてくれませんか……?」
「ニナの……?」
「どんな人なのか、もっと知りたいです」
「はは……ありがとよ。お前さんは本当にやさしい子だな……。うしっ、朝までニナと宇宙について語り明かしてやるよ!!」
「星の世界の話もっ!? 嬉しいですっ、ぜひ喜んで!」
彼が導き出した斬新な仮説は一応の納得となって、過集中に至った俺を夜明け前の眠りへと導いてくれた。
ニナはもういない。この星の民と一つになった。俺はニナと故郷の仲間たちの末裔を、ここで守って生きようと決めた。
この星の民と、俺もまた一つになるために。