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・魔将ヴィオレッタ、惑星監視官に惹かれる

 地質調査ドローンにスキャンさせて、シルバークリスタルの鉱床を迂回するルートを組んだ。

 ツルハシを取られてヴィオレッタは気持ち不機嫌になってしまったが、鉱床地帯を抜けたら後は任せると説得すると、機嫌を直してくれた。


「少し左に傾いている。6度ほど右に修正してくれ」


 鉱床地帯を抜けると約束通りツルハシを彼女に託した。


「フッ、細かい男だ。6度と言われてもわからん、某の肩に触れて方角を示せ」


「お、おぅ……そりゃ楽でありがてぇけど、いいのか……?」


 地質調査ドローンによると隧道の進捗度は86%。ここからは細かな方角調整が必須だった。


「ああ、覗きよりマシだ。言っておくが、あの件はまだ許していないからな……?」


「勘弁してくれよ、ヴィオレッタちゃん……」


 俺が両肩に触れるとヴィオレッタはビクリと小さく震えた。

 だがそれが本人の希望でもある。俺は針路が歪むたびに彼女の肩に触れて微調整をした。


「おい、くすぐったいぞ、ヨアヒム……」


「わ、悪ぃ……っ」


「某は頑丈だ、そう壊れ物のように触れることはない」


「そう言われてもよ、かわいい女の子相手に乱暴なんて俺っちの流儀に反するぜ……」


「そういうのは止めろっ、ますますくすぐったくなってくるだろう……っ!」


 どれだけくすぐったいのやら、ヴィオレッタは身をよじって堪えた。やがてその口元に笑顔が浮かび、彼女は明るく声を上げた。


「ははっ、あははははっっ!! 止めろ本当にくっすぐったいっ、その触り方は止め、あはははははっっ!!」


「どんだけ敏感なんだよ、ヴィオレッタちゃん……」


 なんか純情だったロースクール時代に戻ったかのような、幸せな気分になった。



 ・



 かくして地下隧道は完成した。ヴィオレッタが振り下ろした一撃が岩盤に突き刺さると、白い光の筋が隧道内部に射し込んだ。


「キャインッキャインッ?! 目がーっ、目がぁーっ?!」


 ちっぽけな一筋の光も、暗闇に目が慣れ切っていた俺たちには強烈だった。それでいて天国へと続いているかのように美しくも感じられた。


「やったっ、やったぞヨアヒムッッ!! ついに開通だ!!」


「ははは、やったなっ、うぉぉっっ?!」


 その美しい光射し込む世界でヴィオレッタが正面から俺に抱き付いてきた。潔癖なところがある彼女が奥行きのある胸を男の胸に押し付けて、子供みたいに無邪気に笑っていた。


「感無量だ!」


「お、おう……ヴィオレッタちゃん……?」


「品性に欠けるところはあるが、そなたのすることは全てが面白い! 手伝ってよかったっ、楽しかったよ、ヨアヒム!!」


「お、おう、俺っちもだぜ……。うぉは……っ!?」


 チェーンアーマー越しでもわかる確かなやわらかさだった。俺はスケベづらをしてこの至福の瞬間を失わぬよう、紳士な俺を取り繕った。


「は……っ!? す、すまんっ、某としたことがこんなっ、はしたない……っ」


 至福は30秒も続かないうちに終わって、理不尽に突き飛ばされて終わった。

 ああ、この星に降りてこれほどよかったと思える瞬間はない……。


「んなことねぇ、こういうのはいつでも大歓迎だ! いつでも飛び込んできてくんなっ!」


「クッ、調子に乗るな、スケベ魔王め……!」


 恥じらいに身をよじりながらそう言われた。この姿を見てカワイイと感じない男がいるだろうか? いやいない。ヴィオレッタはかわいい。


「んなことより、目ぇ慣れてきたしよ、最後の一発は一緒にやろうぜ」


 突き刺さっていたツルハシを抜くと、さらに隧道が明るくなった。そしてそれを振りかぶって見せると、ヴィオレッタが迷い迷いにツルハシに触れた。


「つくづく馴れ馴れしい男だ……」


「いくぜっ、ヴィオレッタちゃんっ!!」


「何度言えばわかるっ、ちゃんを付けるなと言っているっ!!」


 その一撃で地下隧道は開通した。地質調査ドローンとの完璧な連携で、隧道を断崖絶壁の最下部に接続することに成功していた。


「ビックリだワフ!! あれはオヤジのただのセクハラじゃなかったワフね!!」


「もう帰っていいワン? カーチャンにキラキラ、プレゼントしたいワン!」


「おう、いいぜ、今日のところは解散だ!」


 正面はなだらかな下り坂だ。その先には、高い防壁と紫色の森に囲まれた都市が広がっている。時刻は夕刻、飛んで帰らないと夕飯を食い逃すことになるだろう。


「某たちも帰るか」


「おう、腹ぁ減ったぜ」


「これで市場の食材も豊かになる。そうだ、いつか夕飯をご馳走してやろう」


「おおっ、いいのか!? 喜んでお招きに与るぜ!」


 コボルトよりもまっぐらで誘いに飛びつくと、ヴィオレッタのお腹が鳴った。彼女は腹が鳴っても少しも恥じらわなかった。


「某も腹が減ったっ、帰ろう、ヨアヒム!」


「おう、なんなら俺の背中に乗るか? 出口まで飛んで運んでやってもいいぜ」


「調子に乗るな、スケベめ」


「下心なんてねぇぜ、俺っちは早く帰りてぇだけだって」


「謹んでお断りする。そなたに触れられると、くすぐったくてたまらん」


 色っぽく身をよじって言われると、男としてどうしようもない時もある。ヴィオレッタはかわいくて、セクシーで、くすぐったがりだった。


 こうしてこの日、魔王と魔将による力業で、嵐の丘の底に地下隧道が築かれた。隧道は『銀晶の地下隧道』と名付けられ、翌日に開通を伝える第一陣として例のキャラバン隊を送り出した。


 するとそれから2日と待たずして、ウンブラの往来にアルテマの交易商人たちが大挙することになった。

 アルテマのモイライ絹の相場は他の都市の6割増しだ。俺たちは優良な取引先と、労働者の流入源を手に入れた。


「じゃーんっっ、この前貰った不思議な水晶っ、アクセにしちゃったーっ!!」


「すごいっ、すごいんですよっ、パイア……ッ! 手先がすごく器用でっ、ほらっ、私も髪留めにしてもらっちゃいました……!」


「ねーねーっ、シルバークリスタルもっとちょうだいよーっ! あれアンタが見つけたんだからー、全部アンタのでしょーっ!?」


「わ、私もっ、小物としてお部屋にちょっとだけ欲しいです……っ」


 ステラとパイアの機嫌もすこぶるよくなった。その価値ゆえに人に不幸をもたらすと評されることもある魔性の水晶は、ただの宝石の一種として受け入れられ、ファンタジアの女性たちを笑顔に変えていった。


「お願い、パパー♪」


「パパっておい、お前な……」


 せめてそこはお兄さん――って歳ではないのはわかっているのだが、パパはちょっとな……?


「お願いっ、お兄ちゃんっ!」


「バーニィパパ、お願ぁ~い♪」


「わ、わかったからパパは止めろ……っ、わかった用意するってのっ!」


 シルバークリスタルの本当の価値を知ったその時、とんでもないおねだりをしたことにこの二人は仰天するだろう。


「そうだな、なんならバケツいっぱい用意してやってもいいぜ?」


「マジィーッ!? やったぁーっ!」


「い、いいんですかっ!? 私、お部屋いっぱいに飾りたいですっ!」


 想像するだけでも面白いので、別館付きの大豪邸が建つほどくれてやることにした。

 実際、少し寂しそうな雰囲気のあるパイアにパパと呼ばれるのは、悪い気分じゃなかった。


 シルバークリスタルは髪留めとなってステラの頭の上で輝いている。ネックレスとなってパイアの胸の谷間に埋まっている。その輝きはまるで別の石のようだった。


 これはただの綺麗な石だ。俺の知っているような莫大な価値はない。この惑星上では。


「似合ってるぜ。まるでどっかのお姫様かと思っちまったくらいだ」


「そ、そうですか……? えへへ……お世辞でも嬉しいです……」


「はいはい、誰にでも言ってるんでしょー、そういうのー」


「んなこたぁねぇよ。いや、目ぇ覚めるくれぇ綺麗だぜ」


 宝石の価値に目がくらみ、本来の姿を見誤っていたことに俺は気付いた。そこにある石ころはなんの変哲もない、ただのキラキラだった。


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