・惑星監視官、希少資源を見つける
掘削開始より約4時間が経過した頃、俺たちはまずいものに遭遇してしまった。
岩盤の性質が硬い花崗岩から結晶の混じる混合物に変わったことに不審を覚えた矢先に、ツルハシが謎の地下空洞の壁をぶち抜いていた。
「フッ、愛しの妹への土産が見つかったようだな。……ん、どうした、ヨアヒム?」
水晶窟だ。地底の奥底に燦然と輝く水晶窟が眠っていた。
「おい、聞こえているのか? おい、ヨアヒム、いったいどうした?」
「お、おう……こりゃ参った……」
この予定外に俺が頭を抱えると、ヴィオレッタが腰に両手を当てて人の顔をのぞき込んだ。
「何を言っている、ウンブラの新たな財源が見つかったではないか」
「いや……そうも簡単な話じゃねぇんだわ、こりゃぁよ……」
俺はその水晶をよく知っていた。この水晶は星の世界では特別な鉱物だった。
これはシルバークリスタルだ。特定の波長の光を反射する性質があり、その際に銀のように輝いて見えるのでそう名付けられた。
コモンウェルス星団が銀河連邦に加わる以前より広く流通しており、その用途は工業・軍事・宝飾と幅広い。
「参った……参ったぞ、こりゃ……」
「勝手に自己完結するな。この美しさの何がまずいと言うんだ?」
そう、美しい。この鉱物はダイヤモンドを超える屈折率を持つため、非常に美しく輝く。
「こりゃただの水晶じゃねぇんだわ……。高純度のシルバークリスタルみてぇだ……」
「シルバー……? よく透ける純粋な水晶に見えるぞ」
「ああ、一見はな。だが青い波長の光に当てるとこうなる」
照明魔法を青くする方法。それはまだ覚えていない。しょうがねぇんで俺は機械化した左目から照準用レーザーをシルバークリスタルに照射した。
「なぁっっ?!!」
ヴィオレッタと一緒にコボルトたちも『キャワン』と鳴いて、シルバークリスタルの特異性に驚いた。
「ははは、不思議だろ……。だがもっと不思議なのはコイツの価値だ」
腰を抜かしたり、ツルハシを魔王の顔に突きつけるのは、いくらなんでも大げさではあったが。
「星の世界では一握りのシルバークリスタルで3年は遊んで暮らせる。その鉱床が見渡す限りどこまでも広がっているとくらぁ……!」
宇宙の国々が深宇宙探索に力を入れるのは、移住できる惑星を見つけると同時に、こういった貴重資源を他国に先んじて手に入れるためでもある。
「何を言っているっ、驚いたのはそっちではないっ!!」
「へ……?」
「そなたはいったいなんなんだっ!? 何をどうやったら目から鋭い光線が出るっ!?」
言われて照射していたレーザーを止めた。
「なんだよ、んなもんどうでもいいだろ。水晶に驚けよ、水晶に」
「ああ、鏡のように輝いていたなっ、だがそれがどうしたっ!? こんな水晶などよりそなたの方が遙かに奇妙だ!」
それを天狗みたいに砦を生身で飛び越える人に言われてもな。
「俺ぁただのおっさんだよ」
「そなたのようなただのおっさんがいるかっ!」
運搬のコボルトたちも手を止めて、お宝の発見に騒ぎ出している。やれカーチャンにプレゼントするだの、首輪に付けたいだの、この星の連中はのん気なもんだ。
「しょうがねぇ、ちょっとだけだぜ……?」
「いいのか、ワン!?」
「おう、こうなりゃしょうがねぇし、成り行きに身を任せるだけさ……」
手頃な塊をコボルトたちに投げてボーナスにしてやった。
どちらにしろ発見してしまった以上、封鎖は賢明ではない。どこかしらから情報が漏れて盗掘が始まる。
だったら惑星中に流通させてしまうのも一つの手だ。
「カーチャンが喜ぶキャン! 僕も嬉しいキャウンッ!」
「魔王様、大好きワン!」
「おう、大事にしろよ。もしかしたら将来、価値が100倍に膨れ上がるかもしれねぇぜ」
いずれは次の討伐隊、次の惑星監視官がファンタジアの軌道上にやってくる。その時にこのシルバークリスタルの存在が明るみになるだろう。
そうなればコモンウェルス星団は銀河条約に違反してでも、この戦略資源を欲するようになるはずだ。これにはそれだけの価値がある。
「何が問題なんだ?」
「さっき言っただろ、価値が高すぎる。こりゃ悪い宇宙人に目を付けられるかもしれねぇ……」
「フッ、その時はそなたと某で薙ぎ倒せばよい」
「おう、そん時は頼むぜ……」
財源にもなる頭痛の種が増えたところで俺は気持ちを切り替えた。これを本国に献上すれば、やつらは俺をこの星の総督にしてくれるかもしれない。
それもまた立派な銀河条約違反であるので、交渉が成立するかも怪しいものだが……。
「うしっ、しょうがねぇ、迂回路を作るぞっ! 今日中に開通させるからなっ!」
「待て、そなたも持って行け」
「あ……?」
ヴィオレッタがクリスタルをこちらに投げた。人差し指ほどもある長いやつを2本もだ。
「ステラとパイアはよくやっている。そなたの手から渡してやれ、機嫌をよくするぞ」
「これを、あいつらに……?」
これ1本で立派な一軒家が建つ。プレゼントなんて発想が浮かぶはずもない。
「そなたに懐いている。きっと喜ぶ」
「そうだな、まあ悪かねぇか。本当の価値を知った時のリアクションにも期待できる」
「ひねくれ者め」
「うっし、ならこうしよう! 俺っちの手からヴィオレッタちゃんにも――」
「いらん、戦いの邪魔になる」
ヴィオレッタはつるはしを肩に担ぎ、長い足で颯爽と隧道を引き返していった。
「カッコイイ……ワフ……」
「残念だったワンね、魔王様」
「いやそうでもねぇ、ますますいい女に見えてきた」
彼女は宝石が欲しいとは微塵も思っていないようだった。男だって目の色を変える輝きだというのに大したストイックさだ。
「わかるワフよ! 物欲の強すぎる女は大変ワフ……」
「お、おう……。苦労してんだな、おめぇ……?」
喜ぶステラとパイアの姿を空想しながら、俺は気高いヴィオレッタの背中を追った。