・晴れ時々、LV6磁気嵐
それから半年が過ぎた。半年の間に新都ウンブラは未曾有の急発展を遂げ、先週の時点で人口が概算で45000人にも到達した。
ここ最近は難民という単語も全く耳にしない。ウンブラの来訪者は難民から商人に様変わりし、今では俺たちが築いた大通りをロバや牛を連れて行き来している。
「うちの里は昔から貧しかったのですが、魔王様のおかげで最近は青洟をたらす子供たちもなく、平和なもので……。ああ、うちの妻もブクブクと太ってしまいましてなぁ……っ!」
「はははっ、そりゃ贅沢な悩みってもんだ! 太っても愛しているよって言ってやりゃいい!」
俺は変わらずあの神殿で暮らしている。気ままに木こりや大工仕事を手伝いながら、一応魔王の仕事もこうしてこなしている。
「話がそれましたな。つきましてはご注文の粘土のお値段でございますが、このような単価でどうでしょう」
「高くねぇか……?」
「ですが、ウンブラには入り用でございましょう? 実は、嫁にモイライ絹のピンクのワンピースをせがまれておりまして……」
魔王の仕事の大半はこういった商談だ。彼らは物資や交易品をウンブラに売り込み、食料を山のように買い込んでゆく。
今、魔界各地では食料が不足している。旧都からの難民が各地の都市や村に落ち着いた影響で、地域の食料が足りなくなっている。
数多の食糧危機を見捨ててきた惑星監視官としては、誰一人として餓死なんてさせたくなった。
俺は玉座の間に設けたテーブル席で相手に微笑みかけながら、このオーク族の商人の、その嫁さんの体型を密かに想像してみた。
「あー、気に障るようなら謝るけどよぉ? ぽっちゃり体型のオークさんの服を全て、モイライ絹で作るとなると――実際のとこ、こんくらいすんぜ?」
人間体型の服にかかるコストの5倍は堅いだろう。
「こ、こんなに!? こんな値段、とても無理だ……!!」
「下着じゃダメか……? 際どい下着なら今回の取引の色として付けてやってもいいぜ……?」
「わ、私が妻に際どい下着をっ!?」
端的に言えばこの商談はあっさりとまとまった。俺は別に見たかねぇが、シャイな旦那さんは頬を赤らめてモイライ絹の女性用下着を所望した。
そうと決まれば仕立師だ。俺は一番腕のいい仕立師を玉座の間に呼んで、簡単な図解を紙にまとめて要望を伝えた。
「え……っ、そ、そんな下着をっ、作るんですか……っ?」
ステラだ。身内びいきかもしれないが、ステラが最もいい腕をしていると思う。
「いつもよりだいぶでけぇが、頼めるか?」
「お、大きさじゃありません……っ! こ、こんな……こんな過激なのを奥さんに着せるんですか……っ!?」
「こちらの旦那さんは手ぶらで帰ったら、奥さんに顔面を引っかかれるおっしゃっている。助けると思って頼むよ、ステラ」
「で、でも、わざと下着を透けさせるなんて、そんな……こ、こんなのって……っ」
ステラは紙切れを鼻先に寄せて真っ赤になっていた。仕立師としてか、女の子としてか、どっちかはわからないが内心は興味がありそうだ。
「そこも予算の都合だ。断じて男のスケベ心で薄くするんじゃねぇぜ」
通常、糸は原糸を寄り合わせて使われるが、モイライ絹の強度ならばそこは何も問題ない。
俺は透け透けの勝負下着を着込んだオーク女子を想像してすぐに頭から振り払った。
「わ、わかりました……。すぐに作りますから、あ、奥さんの寸法とかわかりますか……?」
「ありがとう、妻を怒らせずに済むよ。魔王様、貴方は歴代最高の魔王です!」
どこに行っても女ってのは旦那を尻にしく生き物なのかね。ああ、生涯独身でよかった。
俺はステラとオーク商人を見送ると、そこでコルベット船からの通信が入っていることに気付いた。
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警告:LV6・磁気嵐の発生を確認
:ファンタジアへの予想到達・47日後
警告:磁気嵐の発生地点にて
未確認のワームホールの発生を発見
警告:至急、本国に通達したし
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「おいおい、こりゃぁ、どういうことだ……?」
磁気嵐というのは宇宙で発生する、磁場を持ったエネルギーの嵐だ。地上にも降り注ぎ、電子機器を故障させる。
LV6ともなれば対策されていない電子機器は全滅だ。軌道上のコルベットもこのままでは無事で済まない。
「どうしたヨアヒム? そなたがそんなにうろたえるなんて、珍しいこともあったものだな」
そんな俺の隣に魔将ヴィオレッタがやってきた。モイライ絹の戦闘服がえらく気に入ったようで、防具はガンドレッドと胸部を守るチェーンアーマーだけしか彼女は身に着けない。
ドンと突き出た胸が強調されて、いつ見てもいい眺めだった。
「お、おお、ヴィオレッタちゃんか……。よくきてくれたな」
「何度言ったらわかる、某にちゃんを付けるな」
「堅いこと言うなって、せっかくかわいい顔してんじゃねぇか!」
「こんな大女相手にかわいいなど、からかわれているようにしか聞こえんな。かわいいというのは、ステラのような繊細な少女を指すのだ」
コルベット船が壊れたら俺はただのせこいおっさんだ。データベースから知識や経験も引き出せなくなる。
やるべきことを全部やらせたら、コルベットは太陽の陰に避難させて磁気嵐をやり過ごさせよう。
「おい、無言で返すな。某をかわいいなんて言う変人は、そなただけなんだぞ……」
「んなこたぁねぇよ。カッコイイと美人とカワイイは全部両立すんだ、ヴィオレッタちゃんは今日もお姫様みてぇにかわいいぜ」
「そ、某が、お、お姫様……っ!? そなたは相当に目が悪いようだな!!」
最近わかったことがある。ヴィオレッタは美人と言われるのには慣れているが、かわいいと言われるのにはまるで慣れていない。
嬉しさ半分、憤り半分といった顔で睨まれてしまった。
「はは、かもしれねぇな」
「心配してやって損をした……。一応聞くが、何か問題でも起きたのか、ヨアヒム?」
「いや、ちょいと……その、宇宙の天気がなぁ……?」
「宇宙……また某にはわからない話か……。大丈夫だ、そなたならば大抵の問題はどうにかしてしまう。必要ならば某たちがいくらでも協力しよう」
「信頼を感じるぜ、ありがとよ」
問題は磁気嵐だけではない。突然生えてきたワームホールも大問題だった。
ワームホールというは天然のワープポータルのようなもので、どこにどう繋がっているかもわからねぇ危険なシロモノだ。
宇宙には人類の敵が盛り沢山のバーゲンセールだ。最悪は俺の故郷を壊した怪物どもが、この宇宙に再びあふれ出す可能性もある。
本国とは敵対しているが、この件は包み隠さずに報告する他にないだろう。敵対勢力の領域に繋がっていればこの地は要塞化される。巡洋艦を含む艦隊が駐屯する。そうなれば結果的に俺はファンタジアから排除される。
だが俺は裏切れない。祖国コモンウェルスではなく、星に墜ちて遺体すら残さなかったニナや故郷の仲間たちを。
「仕方のないやつだな……。勘違いするなよ、魔王であるそなたがそんな顔をしていたら、民がいたずらに不安がる。ただそれだけだ……」
目を開けたままコルベットのコンソールシステムにアクセスしていると、マシュマロのようにふにゅりとやわらかい感触に腕が包まれた。それでいて、金属のような冷たい感触もあった。
「あ……?」
感覚を肉体に戻すと、俺の手はヴィオレッタに取られて腕を胸の谷間にはさまれていた。冷たく感じられたのはチェーンアーマーの感触だった。
「こ、こういうのが……っ、好きなのだろう……っ?! よ、喜べ……っ!」
「お、おぉぉぉぉぉーっっ?!! な、なんだっ、うおっ、や、やわらけぇぇーっっ?!!」
「そ、そんなに大げさに喜ぶやつがいるかっ!」
ヴィオレッタは俺が大きな声を出すと、なぜだかわからないが急に安心して、奥行きのある極楽浄土から俺の腕を外してしまった。
「ありゃ、俺っち、なんでこんなに深刻に悩んでたんだっけな……?」
「フッ、それでこそヨアヒムだ、そなたはそれでいい」
「おう、なんかスゲェハッピーな気分になってきたぜ!! ありがとよ、ヴィオレッタちゃん!!」
「ちゃん付けは止めろ……っ。はぁ……こんなお調子者の魔王に仕えたのは初めてだ」
ま、どうにかなるさ。たとえコルベットを失うことになってもそれで死ぬわけじゃねぇ。文明人としての死ぬほどのショックではあるが、俺は祖国を捨ててこの地上で生きると決めたんだ。
祖国にも通信を入れよう。裏切ったとはいえ俺は惑星監視官だ。磁気嵐への対策は早ければ早いほどにいい。
「ヨアヒム、二人で昼食でもどうだ? 今日はそなたがいた星の世界の話を聞きたい気分だ」
「おお、いいねぇ! なら異星動物園の話をしてやろう! 宇宙には変な生き物が星の数だけいてなぁ……っ!」
俺は異星動物園の話をしながら、コルベットに緊急のタスクを押し込んだ。10日以内に全ての物資を投下して、太陽の陰に船を避難させる。
「ちなみに、どこの店に行くんだ?」
「最近できたネコヒト族のネコマンマ屋だ。安心しろ、イヌマンマもヒトマンマもあるぞ」
「そりゃ……どんな店なんだか、てんで想像もつかねぇわ……」
ネコマンマは臭いがきつかった。イヌマンマは味が薄かった。ヒトマンマはなんか普通で面白味がなかった。
けど仲間に誘われての飯ってだけで、最高の昼食になった。
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警告:亜空間の異常を検知
:何者かがこの星系に近付いてきています
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通信:ヨアヒム・バーニィ・サンダース殿、コモンウェルス星団は貴公の良心に感謝する。――大統領リグベルド・アディスン
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