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・惑星監視官、魔王にされる

「はぁぁぁ……っ、まいったな、こりゃぁ……」


 気持ちを落ち着かせて、それから現在の状況を見つめ返した。考えれば考えるほどに、シャレにならねぇほどまずい現状が見えてきた。


「魔王召喚された転移者は、召喚された時点で魔王の力に目覚める。って最初にレポートにしたのは俺なんだよな……」


 席を立ち、暖炉の前に立った。暖炉には前時代の燃料、薪が燃え残っている。


「まさか、使えちまったりするのか……? 確か先代魔王は、こうやって――ウォァァーッッ?!!」


 暖炉にファイアボルトを撃つと、火遊びどころじゃない大惨事になった。指先から火炎放射器みたいに炎が吹き出して、薪ごと灰を巻き上げた。


「ゲハッグホッゲホッッ?!! な、なんじゃこりゃぁぁっっ?!!」


 慌てて窓に駆け寄って、灰まみれの部屋から外の空気を吸った。


「ふふふ……っ」


 その現場を誰かに見られてしまったようだ。声はすれど姿は見えず。俺は窓から身を乗り出して外に出た。


「はぁぁ……っ、えらい目に遭った……」


 すると足音がして、声の主には姿を見つける前に逃げられてしまった。


「ああ……しかし、こりゃぁ……こりゃまずい……」


 俺の身体にとんでもない魔王の力が継承されている。この事実を加えて状況をとらえ直すと、俺は自分が詰んでいることに気付いた……。


 簡単な話だ。この状況を本国の連中に正直に報告すれば、俺は最高級の研究サンプルとして捕獲される。

 やつらは条約違反を犯してでも惑星シールドを破壊しようとするか、俺をドローンでバラバラに切り刻んで星の外に運ぼうとする。


 それくらいにこの力は魅力的だ。実用化すれば白兵戦闘員の力を従来の100倍以上に高めることができるだろう。


「ちょっと、何脱走してるし。部屋の掃除する子たちの身にもなってよ」


「面目ねぇ。まさかあんなヤベー魔法が使えるようになんなんて、誰も思わねぇしよ……?」


「悪いと思ってるなら、自分で掃除してくれる? あたしら、人間たちに負けて今いっぱいいっぱいなんだから……」


「わかった、なら掃除のやり方を教えてくれ。掃除、それは前時代的で俺にはよくわからねぇ……」


「はぁぁ……っっ?」


 掃除は掃除ドローンがやるものだ。そんな単純労働は本来は人間様がやることではない。


「そんなこと言って、おっさんあたしにエッチなことするつもりでしょ……?」


「ん、していいのか?」


「うん、していいけど、したら軽蔑するから」


 サキュバスの服から小玉スイカみたいなのをぶら下げて言われても『お前さんサキュバスだよな?』と聞き返したくもなる。


「ところで簡単な質問なんだが」


「はいはい、大きさね、Jカップでーす……」


「聞いてねぇよっ、でけぇなおいっ!?」


「なにそれ、自白損じゃん……。そんで、なにー?」


「もし、俺が魔王として戦わなかったり、バックレたら、どうなる?」


 その質問は冗談にならないやつだったらしい。パイアの口元からやわらかさが消えて、鋭い目が俺っちを見た。


「魔族は絶滅して、アンタだって見つかって死ぬ。わかってないみたいだから言うけどさ、あたしらとアンタ、一蓮托生だから」


 つまりこの星のループが閉じる。この星の人間たちからすればやっとのハッピーエンドだ。


「あのさ……おっさん……」


「おう?」


「アンタが望むならどんな変態なこともしていいよ……」


「マ、マジかっっ、いいのかっっ!?」


「だからお願い……助けて……おっさん……」


 わかった、ここは俺が見つけた星だ。天よりお前らを見下ろしていた俺が助けてやろう。我は神なり……!

 と言ってやりたかったが言えなかった。パイアは俺を睨んで去っていった。


 あの空の彼方には惑星シールドがある。シールドを破壊しない限り、俺がコルベット船に戻ることはできない。ここは昔のどこかの誰かが造った檻の中だ。


 掃除のやり方を知らない俺は灰だらけの部屋に戻り、ふて寝をした。



 ・



 未開惑星への介入。それは全ての監視官が夢に見る悪徳だ。一時の情けがその星の知的生命体の進化を歪めてしまうことになる。

 しばしばそれは『猿に核兵器のボタンを渡すに等しいことだ』とたとえられる。


 それは宇宙に出た我々地球人類の傲慢か、あるいは義務なのか、なんかもうよくわからねぇ。監視官を続ければ続けるほどに、理性よりも情が勝るようなっていった。


「ぁ……おはようございます……。さっきは、逃げてごめんなさい……」


「んぁ……?」


 擦るような物音に目を覚ますと、薄明かりに少女の後ろ姿が移った。シルフ族だ。背中に生えた蝶の翼と頭の花が彼らの特長だった。

 しかしこの後ろ姿、どこかで見覚えがあるような気がする……。


「お食事、お持ちしますね……。待ってて下さい……」


「待ってくれ」


 引き留めるとシルフの少女の背がビクリと震えた。


「はい、魔王様……。どのようなご命令にも、応えるよう命じられています……」


「まさか、お前さんもデスに接待を命じられてるのか?」


「はい……。私たち、魔王様に見捨てられたら、殺されるしかないですから……」


「はぁ……なんで俺が選ばれちまったんだ……。飯持ってきてくれ、こっちの世界の飯を一度食ってみたかったんだ」


 シルフの少女が部屋を出ていった。

 今度は失敗しないように威力を押さえて暖炉にファイアボルトを撃つと、赤い光が部屋を照らし出した。寝ている間に部屋はだいぶ綺麗になっていた。


 窓から首を出して空を見上げると、暗い夜空に満点の星空が浮かんでいた。俺は今、憧れ続けた惑星ファンタジアの大地に立っている。


「お待たせしました……」


「おう、待ったぜ。それで悪いが、食べ終わるまで一緒にいて――」


 窓を閉めて振り返ると、俺は信じられないものを見た。70年以上も昔の記憶がこじ開けられ、俺にある人物の名前を呼ばせた。


「ニナ……?」


「はい……?」


 俺と同じ黒い髪。長く伸ばされた夜のような髪と、少し気の弱いやさしい顔立ちは、故郷ごと消えちまった妹にそっくりだった。


「ニナ、なんでお前がこの星に……」


「えっと……」


「俺を忘れたのか、ニナ? 俺だ、ヨアヒム兄ちゃんだ。だいぶ老けちまったが、悪ガキだった頃の名残はあるだろ、ニナ……?」


 俺はニナに寄った。ニナは驚いて食事をテーブルに置くと逃げた。


「ごめんなさい……私はその人じゃないです……。私はステラ、シルフ族の……何もできないお荷物です……」


 彼女は別人だった。俺の家族が暮らしていたコロニーはあの日、有機生命体の天敵に襲われて、妹はコロニーごと星に墜ちたのだった。


「怖がらせて悪ぃ。しかし本当にそっくりだ……」


「突然で、ビックリしました……」


「ごめんな……。ああ、向かいの席にいてくれないか……? もう少し一緒にいたい」


「……魔王様が望まれるなら、よ、喜んで……」


 後で変なことをされると思っているのか、ステラは意を決した様子で向かいに座った。

 魔王様の夕飯はふかし芋と干し肉を煮て戻したスープだった。食料面でも相当に追いつめられているようだ。


「へぇ、なるほど、こういう味か」


「ごめんなさい……それしか、なくて……。ぁ……っ!?」


 腹の音がテーブルの向かいから聞こえた。俺の妹に似た少女は空腹のようだ。

 俺は黙々と半分平らげると、トレイごと彼女の前に差し出した。


「どうも突然の環境で食欲が出ねぇ。食い残しでよかったら、もったいねぇし食ってくれねぇか?」


 そううながすと、ステラは何も言わずにふかし芋にがっついた。スープから干し肉を拾って、あっという間に全部飲み干した。朝飯すら食ってないって様子だった。


「あ、ごめんなさい……」


「謝るこたぁねぇだろ、俺の胃腸が弱いだけだ」


「昨日の昼から……まともに食べてなくて……」


「んな生活続けたら死んじまうぞ……」


 飢える難民なんて腐るほど見てきた。所詮は未開惑星の未熟な知的生命体と割り切って、今日までこの星の研究を続けてきた。

 こいつらは言わば、ケージに入れられた実験動物だ。……そして今では、俺自身もな。


「なあ、ニナ……」


「はい、なんですか……お、お兄ちゃん……?」


 ステラはニナと呼んでしまった俺に合わせてくれた。こんなおっさんに妹扱いされても嬉しくねぇだろうに。


「お前みたいに飢えてるやつは珍しくないんだよな……?」


「はい……私はまだ、いい方です……」


「そんな状況で飯をお前たちは俺にくれた。なら返礼くらいはしねぇとな……?」


 妹には幸せになってほしかった。けど遺体も残さずに消えてしまった。家族が死んだって実感すらもらなかった。

 だが、今ならこの子を救ってやれる。別人だとわかっていても見殺しになんてできるわけがない。


「お前らを助けてやる……」


「ほ、本当っ!? 本当ですか、魔王様……っっ!?」


「俺っちのいた世界では、お前たちを助けることは違法なんだ。だけど俺っちは、ずっとこの星に介入したいと思い続けてきた……」


「星……?」


「そうだ。俺っちはな、あの星の彼方からきたんだ」


「では……神様、なのですか……?」


「……そうだ。俺っちは神だ!! その気になりゃいつだって救えたのに、何もしなかったクソ野郎のうち一人さ!!」


 助けるが技術は与えない。それは彼ら自身が見つけ出したり、異生物から盗むものだ。だが結果だけを与えるならば、彼らの進化を大きく歪ませることもない。

 アリの巣の前に砂糖を撒く。ただそれだけのことだ。


 この魔王の力と、軌道上にあるコルベット船にある設備があれば、すぐにニナをお腹いっぱいにしてやれる。


 俺はもう見ているだけなのに飽きた!

 助けてやりたい本心を押し込めるのももう無理だ!

 惑星監視官の義務!? 生物の正しい進化!? そんなものクソ喰らえだ!!


「魔王様……。貴方は前の魔法様と、何か違う気がします……。お願いします、助けて下さい……お、お兄ちゃん……」


「兄ちゃんに任せろ、ニナ!!」


「は、はい……ステラ、ですけど……」


 そうと決まればコルベット船にログが残ろうと知ったことか。俺は俺に埋め込まれた通信機能を使って、遙か天空に浮かぶコルベット船にとある植物の培養を命じた。


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