・魔王バーニィ、まつろわぬ祭らう者たちを訪ねる
「あ、あの……やっぱり、降りましょうか……?」
「何言ってんだ、お前さんは荷崩れ予防右大臣だ。ドーンそこに乗ってりゃいい!」
同行者はステラ。今日はステラと精霊が編んだモイライの絹服も運んでいる。今朝に無理を言って、胸元のサイズ調整もしてもらった。
「アンタさー、ブレないよねー……」
「ん、なんの話だ、荷崩れ予防左大臣くん?」
「その笑顔! 相手がむさ苦しいおっさんだったら、アンタそんないい笑顔してないでしょーっ!?」
「はっはっはっ、何を当たり前のことを言ってんだ! 美人に会いに行くのが楽しくねぇわけねぇだろーっ!?」
「あ、なるほど……そういう……」
ステラはやっと察したようだ。昨晩から俺はご機嫌だ。デスに聞きかじった限り、相手が超魅力的な女武将であることがわかったからな!
「美人!!」
同行者はもう1人いる。それは大型の枕にもなる俺の使徒にしてスライムのバブリンくんだ。
それが山のように梱包された荷物の上で、ステラとパイアに囲まれながら第三の目を開いて予言をしてくれた。
「恐くない人だと、いいんですけど……」
「あんまスケベ心丸出しだと、交渉とか決裂するしー、ちょっとは自重してよねー?」
「何言ってんだ、俺ぁ女性にはいつだって紳士だぜ」
「はぁ……アンタのどこが紳士なんだかー……」
「や、やさしいですよ……? 正直過ぎるところも、ありますけど……」
赤い葉の魔界杉や、巨大な魔界シダ、カラフルなキノコが生える長い林道を抜けて、この先にあるという砦を目指した。
デスいわく、彼らがその砦に駐屯しているのは偶然ではない。その砦はちょうど、東からくる魔王討伐隊や英雄を阻む位置にある。
「アンタも食べるー?」
「少し癖はありますけど、慣れると美味しいですよ……?」
それからしばらく台車を引いてゆくと、ステラとパイアが何やら青い斑点のある黄色いキノコをどこぞから引っこ抜いてきた。形状はマッシュルーム型で、大きさは人間の頭くらいもあった。
「お、おう、ありがとよ……ソイツは遠慮しとくぜ。俺ぁ、斑点のあるキノコアレルギーなんだ……」
「あははっ、美味しいのにー、もったいないなー♪」
「好き嫌いはダメですよ。お、お兄ちゃん……」
「ア、アレルギーに好きも嫌いもねぇよ……っ!」
人は言う。それ、拾い食いなり、と。
美人のお姉ちゃんに会いに行くこのよき日に、拾い食いなんぞアホのすることだ。
「無毒!!」
スライムの第三の目がムダに覚醒して予言をしくれた。
「ほらーっ、バブリンくんも予言してるー!!」
「美味しいですよっ、おしっこの臭いに似てるって言う人もいますけど、平気ですよ……っ。あっ、あそこになってるのはっ、バイオレットデスアップル……!」
縦長で紫色の不気味なリンゴもお断り申し上げて、俺は魔界の森をひた進んだ。
・
森を抜けると視界が開け、平地の彼方に草木の生えない岩盤質の山岳が広がった。ステラとパイアはデスたちと共に、その山岳にある狭路を抜けてウンブラに落ち延びたと説明してくれた。
山岳の入り口に砦の姿も見えた。
しかしこちらから見えたということは、向こうからもこちらが見えたということだ。
「な、なんかいっぱい出てきてない……っ!?」
「こっちに、きてるような……っ、お、お兄ちゃんっ、どうしよう……っ」
「どうもこうも、もしヤバくなったらお前らは飛んで逃げりゃいいだろ」
スパイドローンを送ればすぐに判別できるが、それは俺の楽しみ方に反する。それに予知能力のあるバブリンがおとなしいということは、何も問題ないってことだった。
「おおっ、ありゃコボルト族か!」
700メートルの距離まで近付くと正体が分かった。
「ええーーっ!? な、なんでこの距離からわかるのっ!?」
「お兄ちゃん、すごく目がいいんです……。左目だけ、なんですよね……?」
「ああ、俺っちの左目は、実は望遠モードもあるんだ! ははは、あいつら飯食えると思ってヨダレたらしてやがるぜ!」
俺の左半身はサイボーグ、左目は目というより神経に繋がれた高精度カメラだ。ソイツをキュィィィーンッとやって望遠モードにすると、コボルトたちが尻尾をブンブンと降って俺の運ぶ飯へとかけてくる姿が見える。
「アンタ、コボルト族好きだよねー……」
「おう、ワンコは大の大好きだぜ!」
「えっと……厳密には、犬ではないらしいですけど……」
なんか眺めていたら俺まで楽しくなってきちまった!
俺はワンコの群れを目指して駆け足で大地を蹴った。あっという間に両者の距離は縮み、やがて俺の周囲を剣と鎧で武装したコボルト族50名ほどの軍隊が取り囲むことになった。
「いつものカカシの人じゃないワン!!」
「でも車からはデス様の匂いがするキャン!!」
「おじさん誰ワフ!? ワフたちは泣く子も黙るアルブケルケ軍ワフ!!」
そりゃこれだけのかわいいワンコに囲まれたら泣く子も黙るってもんだ、わーい。
コボルト族には個体差があり、でかいやつは俺の背丈と同じ、小さいやつはその3割ほどの背丈のやつまでいた。
「俺っちはデスの友達だ。飯届けにきたから、大将のところに案内してくれねぇか?」
「やっぱりご飯くれる人だったキャン!!」
「僕たちお腹ぺこぺこ! そっちの新しい魔王様に、ありがとうって言っておいてほしいワン!」
「そうかそうかっ、よーく伝えておくぜ!」
「キャッキャフゥゥーンッ?! 勝手に触られたら困るワフッ!!」
ヤバい、コイツは楽しい……。
手前にいたサモエド型のデカくて太いコボルトを撫で回し、俺はコボルト軍を引き連れて前進した。
「お兄ちゃん、すごくニコニコしてる……」
「なんか、この人のことわかった気がする……。程度の差はあるけど、誰に対しても保護者目線というか……。もしかして本当に神様なのかな、この人……」
「わ、私は好きだよ……。明るくて、正直で、すごく楽しい人だもん……。私、妹さんの代わりになってあげてもいいかな……」
砦までコボルト族とパレードだ。砦からはまだ続々とコボルト族が集まってきていた。
コルベット船では犬なんて飼えなかったしな、ホログラム映像で愛でるのが精一杯だった。
それが今や200匹を超える集団となって俺を取り囲んでいる!
ああ、美人とおっぱいに釣られてよかった……!!
俺は胸いっぱいの幸せを抱えてワンコに囲まれ魔界をひた走った!!