・コモンウェルス星団所属(中略)惑星監視官、惑星軌道上から転移する
俺っちの名はヨアヒム・バーニィ・サンダース。年齢:98歳、種族:ヒューマノイド亜種ホモサピエンス、職業:惑星監視官――まあいわゆる宇宙人ってやつだ。この衛星軌道の下で暮らす連中から見ればな。
職場はこの宇宙船。自宅もこの宇宙船。同僚なし、24時間勤務、ワンオペどころじゃねー素敵な職場がここ。ここで俺っちはこの【惑星ファンタジア】を研究している。
なんたって、若い頃の俺っちが発見して、名付けてやった星だからな。前職を引退した時にここで働きたいと志願したら、前任の惑星監視官に泣いて感謝されたもんだ。
「ああっ、騎士ヨアヒムッ!! 交代していただきありがとうございますっ!!」
「おう、よくかんばってくれたな。今日からは俺っちに任せてくれ」
通信もままならねぇ宇宙の辺境で、たった一人で異星人の生活を監視し続ける生活に、前任者はえらく参っていた。極め付きになんの技術もこの星から盗めなかったのだから、まあ気もおかしくなる。
「私には無理でしたが、貴方ならば必ず何かを見つけられます!! ご健闘を!!」
「お前が残してくれたレポート、こいつぁは発見者冥利に尽きる。必ず有意義に使わせてもらうぜ」
で、交代してかれこれ今年で8年、なんの成果も上がってねぇが、なんだかんだ毎日楽しくエンジョイしている。
だってここは俺の星だぜ。俺が見つけた、宇宙で最も深い神秘に包まれた星だ。
「やれやれ、また負けたか。報われねぇな、魔族って連中は」
この星をファンタジアと名付けたのは、そこに空想上のファンタジー世界が存在していたからだ。
この惑星ファンタジアでは、英雄と魔王、光の種族と闇の種族の果てしない戦いが繰り広げられている。
この星には本物の魔法が存在する。魔法とそう変わらねぇ魔法みたいな必殺技を繰り出すヒューマノイド型の超人類たちがいる。
そしてその戦いは必ず、魔王と魔族の敗北によって締めくくられる。惑星ファンタジアはお約束に忠実な星だった。
「さてさて、次はどんな魔王様が召喚されるのかね。力押しじゃどうにもならねぇって、そろそろ学習して欲しいもんなんだが……」
スパイドローンを介して俺は魔王召喚の儀式を盗み見た。
魔王軍残党は散り散りの満身創痍。都を捨てて魔界深部に逃げ込み、親の顔より見飽きたウンブラ寺院で魔王召喚の儀式を始めた。
「がんばれ、がんばれよ、お前ら。次こそ勝てる、きっと次こそいけるぜ……」
ポテチを片手に俺は画面にのめり込む。先代の魔王は傲慢で人望がなかった。先先代の魔王は慎重過ぎてたびたび機を逃す小者だった。
歴代の魔王たちは全て、異世界から召喚された者たちだ。魔王の対となる英雄たちもまた異世界転移者だ。
俺は画面の前で腕を組み、彼らと共に召喚の呪文を唱えた。
「アル・アブ・イヘム。いでよ、新たなる魔王……我らに勝利を、永遠なる楽園を。果てしないこの戦いにどうか終止符を打ちたまえ」
この惑星はループしている。俺が発見してよりずっと、光と闇の不公平なシーソーゲームが続いている。
歴代の監視官も皆、こう記録に残している。
『ああ、なぜ我々はこの星に降り立つことができないのだ。負け続ける彼らを助けてやりたい……』と。
当然だが、未開惑星への介入は銀河条約違反だ。いやそもそも、この惑星は強力な惑星シールドに守られている。
しばしばこの銀河では、狂った惑星監視官が神様気取りで未開文明に介入する事件が起きるが、ファンタジアでは1度も起きていない。
この星の中に俺は入れない。網目状のシールドの隙間に小型ドローンを通過させるのがせいぜいだ。
誰がここにシールドを張ったか知らないが、残酷なことをする。
「アル・アブ・イヘム。いでよ、新たなる魔王よ」
儀式最後の詠唱を終えて、俺はポテチの袋にチョップスティックを入れた――はずだった。
・
俺っちの名はヨアヒム・バーニィ・サンダース。衛星軌道上の宇宙人である。数秒前までリアリティショー感覚で彼らを監視していた、ポテチが大好きな観測者である。
その俺っちのチョップスティックの先にポテチはない。ポテチ袋が突然消えた。いや正しくは俺っちが衛星軌道上のコルベット型宇宙船から消えた。
「おお……おお……っ、これが新たなる我らの主!!」
「お待ちしておりました、魔王様!!」
「我らをお助け下さい、魔王様!!」
「魔王様っ、魔王様っ、我らの新しい魔王様っ!!」
魔王なる者、チョップスティックを虚空に掲げたり。俺っちヨアヒム・バーニィ・サンダースは、儀式の中心核で魔族たちに囲まれて、大歓声と共に拝まれていた……。
「状況をご説明いたしましょう、魔王様。貴方は我々に、新たなる王として召喚されたのです」
「これ、夢……?」
「は、現実にございます、魔王様。……よろしければお名前をうかがっても?」
「ヨア――いや、バーニィだ。俺っちはバーニィ・ゴライアス、職業はその……いわゆる、のぞき魔ってやつだっ、ははははっ!」
誰かと言葉を交わしたのは8年ぶりだ。それがまさか、大気圏の下の連中になるとは想定外にもほどがある。
未開惑星へ降りることは銀河条約違反だ。過失がなければ懲役3年、あれば懲役10年の刑が課される。
「魔王バーニィ様、よろしければ我々の話を聞いていただけないものでしょうか」
「……悪ぃ、そりゃできねぇ相談だ」
未開惑星への介入もまた銀河条約違反だ。規模に応じて懲役10~200年の刑が課される。
助けてやりたいのは山々だが、助けるとさらに俺の罪は重くなるって寸法よ。
召喚早々に魔王に見捨てられた魔族たちは己の運命を嘆き悲しんだ。
「魔王様はお疲れのようだ、パイアッ、お部屋に案内しなさい!」
「はーい、こちらへどぞどぞー、新しい魔王様~……」
パイアと呼ばれた魔族は牛の角を持つサキュバス族だ。髪は明るい緑で、尻と乳がすげぇでかい。ここまででかいのは同族の中でもそうそういない。バルンバルン揺れている。
「おう、生で会うのは初めてだな。案内よろしくな、姉ちゃん」
「ほぇ……? あたしのこと、知ってるの……?」
「おう、俺っちは神様なんだ、なんだって知ってるぜ」
「えー……変なおっさん……」
「パイアッ、魔王様のご機嫌を損ねるでない!! この方は我らが主っ、口答えは私が許さん!!」
残党のリーダーはカカシの姿をしている。顔はカボチャで、身体は棒きれ、服はぼろ布藁、足は1本、黒い魔剣を握っている。
「でもさー、アンタが期待してたのと違くない、コレー……?」
「いいから案内しなさいっ! 失礼しました魔王様。パイアが気に入らないならいずれ他の者に付き添わせますので、当面はこの跳ね返り者でご辛抱を……」
「いやお構いなく。そちらの事情は全部わかってっし、その上で俺っちは期待には添えねぇ事情があんだわ」
落ち着いた場所で考えを整理したかった俺は、パイアちゃんの揺れるおっぱいに気を取られながら廊下を抜け、アンティーク家具がひしめく部屋に通された。
「魔王様って、スケベオヤジ……?」
「おう、男がスケベで何が悪いよ? のぞいたぜ、のぞき魔だからな、俺っちはよ」
「ふーん……」
イスに腰掛けるとパイアが向かいに座った。パイアは自分の巻き毛をオモチャにしながら身を屈めた。
おっさんの世話を任されていかにもかったるそうだった。
「ま、いっか。先代よりマシだしー……」
「おう、俺もアイツは高慢ちきで嫌いだった」
「はぁ、なんで知ってんの……?」
「神様だっつってんだろ。見てたんだよ、全部」
パイアはいぶかしむだけで俺っちの言葉を信じなかった。それからしばらく気むずかしそうに俺の顔を盗み見て、急に席を立った。
「デスとちょっと話してくる」
「おう、あの魔剣な、俺っちは協力できねぇって重ねて伝えておいてくれ」
「え……なんで、知ってるの……? あのカカシの名前と、正体を……」
あのカボチャ頭のカカシは名前をデスという。正式名称はソード・オブ・デス。カカシの腕に握られた魔剣がその正体だ。
「だから、見てたから、だよ。長ぇ長ぇ敗北の歴史をな」
パイアは背中にコウモリの翼を生やすと、一刻も早くデスに伝えなければと、部屋を取び出していた。
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