完璧な嘘
市役所の窓口で、男は深いため息をついた。
嘘がばれたと言われて、職員に呼び出されたのだ。
男は嘘つきだった。
というより、嘘が得意すぎて、それが自分の存在理由だと思っていた。
彼は生まれてから一度も本当のことを言ったことがなかった。
幼い頃、友達に「お前の話は全部嘘だ」と言われたが、彼はそれを誇りに思った。
それが唯一の“個性”だったから。
ところが、人生の終盤で異変が起きた。
嘘が一切通用しなくなったのだ。
電話口でさえ嘘はバレ、仕事も家族関係も崩壊した。
なぜか全ての嘘が暴かれ、男は孤立無援に陥った。
そして市役所に呼ばれた。
「あなたは、これまで嘘ばかりの人生を生きてきましたね。しかし今、世界は“嘘の排除”を完了しました」
職員はそう言って、男に小さな箱を差し出した。
「これは、“嘘をつく能力”の装置です。
今から装置を完全に破壊し“完全な真実”の世界を作り上げます。」
ふと気づくと、彼の嘘は消え、言葉は全て事実になった。
それは――
彼が本当はずっと独りぼっちだったこと。
誰も彼を愛していなかったこと。
そして彼自身が、自分を騙し続けていたこと。
男は泣いた。
だが、その涙もまた、真実だった。
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数日後、男の棺は無人だった。
葬儀には誰も訪れなかったが、彼の最後の言葉が刻まれていた。
「嘘は私の人生だった。
でも嘘のない世界も、恐ろしくて見たくなかった」