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七話

 翌日の昼食休憩。

 早速、手軽に食べられるよう、持参したサンドイッチを齧りながら、書類に目を通していると、予想外に生徒会室の扉が開かれる。


「ベラノクス、もう来ていたのか」


 突然、彼とレオンハルトが現れたのだ。

 びっくりしてサンドイッチが喉に詰まりそうになる。


「むぐっ……殿下!? ど、どうしてこちらに?」


 つっかえそうになる胸をトントン叩きながら訊くと、彼はわたくしの様子を窺う。


「お前のことだから、昼食も摂らず仕事に打ち込んでいるのではないかと、心配になって見に来た」


 どうやら熱狂的信者なわたくしが無茶をしていないか、確認しに来てくれたようだ。


「さすがに食事はちゃんと摂っていますよ。身体を壊して、殿下のお力になれなくなったら本末転倒ですから」


 貴族学園の昼食休憩は少し長めで二時間近くあり、上位貴族などは専属シェフがランチ用のコース料理を出してくれるものなのだ。

 王族ともなれば、毒見も含めて余計に時間がかかる。こんなところで時間を潰していては、食べる時間がなくなってしまう。


「それよりも、わたしは殿下のお食事の方が心配です」

「朝と夜にしっかり食べているから、昼はいつも軽めに済ませている。少し抜いたくらいで何も問題はない」

「問題大有りです! 殿下はまだまだ育ち盛りなんですから、しっかり食べて身体を作らないと駄目ですよ!!」


 まさかの食事を抜く発言に驚き、思わず立ち上がって大声が出てしまった。

 彼はそんなわたくしの反応に目を丸くし、首を傾げて訊く。


「そういうものか?」

「そういうものです!」


 よくわかっていない様子の彼に、力強く訴える。


「もう、殿下は下々の者のことまで細やかに気を配ることができるお方なのに、ご自身のこととなると極端に無頓着になりますね。そんなところが、周囲の方々に心配されてしまう要因なんでしょうけど……やっぱり、殿下も少しは反省してください」


 わたくしが真剣な顔で訴えると、彼はムッとした表情をしてぼやく。


「お前……私の指針は間違っていないと、支持すると言っていたではないか」

「もちろん間違ってなどいませんし、支持しますとも。わたしは殿下のすべてを肯定します」


 彼のことは全肯定したい。できることならなんだってしたい。したいのは山々なんだけど……それ以上に、彼の身体が心底心配でならない。


「……ただ、殿下を見ているとどうしても、仕事のしすぎで倒れてしまうんじゃないか、早死にしてしまうんじゃないかと、気が気ではなくなるんです」


 彼にもしものことがあったらと思うと、考えただけで涙が滲んでくる。


「心配のあまり夜も眠れず、心労で殿下よりも先にわたしが倒れて早死にしてしまうかもしれませんよ? お願いですから、殿下を慕う下々の者たちのためにも、殿下は元気に長生きしてくださいね」


 潤んでしまう目で彼を見つめ、わたくしは手を合わせて必死に頼み込む。

 眉尻を下げて涙目で懇願していれば、彼は困ったように視線を逸らして呟く。


「う…………善処する」

「本当ですか?」


 逸らされた目を覗き込んで改めて問う。


「そんな目で私を見るな。どうしていいかわからなくなる……わかったから……」


 お優しい彼は善意の涙には弱いのかもしれない。

 そして、わたくしは『わかった』の言葉を聞き逃さなかった。


「言質取りましたからね!」


 明るく言うわたくしを見て彼は一瞬呆気にとられ、次いで呆れたような顔をしてぼやく。


「お前……さっきまでの泣き顔はどうした?」

「いやもう、殿下は約束を守ってくれるお方だと信じていますので、安心しました」


 ニコニコな笑顔で切り替え、わたくしはサンドイッチを頬張る。

 もぐもぐと食べていると、レオンハルトが不思議そうに言う。


「見た感じ細いのに、結構な量を食べるんだな」

「腹が減っては仕事に身が入りません。身体が資本ですからね。何をするにも元気な身体があってこそです」


 女体の時も食が細いわけではなかったけど、男体だと余計にお腹が減るので、食べる量が倍に増えていた。

 筋力や体力が上がる分、エネルギー消費も激しいといった感じだろうか。


「それは、何を食べているんだ?」


 彼が興味深そうに手元のサンドイッチを覗き込んでくる。


「簡単に摘まんで食べられるよう、サンドイッチとスープを作ってきました。鶏肉の香草焼きに茹で卵や生野菜をスライスしたもので、特製ソースをかけてサンドしています。よろしければ、お一ついかがですか?」


 そう言った途端―― 


 パクリ。


 ――わたくしが手に持っていたサンドイッチを彼が頰張った。


「なっ、なっ、なっ、何してるんですかっ?! 殿下ぁ??!」


 あまりのことに混乱して、どもってしまう。


「わたしの食べ、食べっ、食べかけなんて、食べて! 何してるんですか!?」

「毒見が必要になるから、丁度良いだろう?」


 サンドイッチを咀嚼して飲み込み、彼はけろりとした顔で言ってのけた。


「はっ! えっ!? 毒見って? ……直接???」


 毒見って取り分けて、混入物がないか見分したり、食べて異常がないか確認するものではなかったかな?

 食べかけを直接的に口にするなんて、普通はしないはずだよね?

 だって、これでは、まるで、か、か、か――()()()()ではないか!!


「ふああああああああっ!?」


 推しと間接キス!?!? そんなことが許されて良いのか!? いや、良くない! 断じて良くない!!

 推しは清らかで美しく汚してはならない尊い存在なのに……なのに、なのにこの推しはファンサが過激すぎるうううう!!!

 女相手だったら絶対にしないでしょうに、男相手だから気にしないの? 男同士なら間接キスもノーカンってこと?? 待って、間接キスに性別って関係あるの???


 わたくしが内心大騒ぎしながら宇宙猫顔している傍で、彼がサンドイッチを美味しそうに食べている。


「うん。少し食べ慣れない味だが、これはこれで美味い」

「俺も貰おう。ぱくもぐ……お、なかなか美味いなコレ」


 このままでは二人にわたくしの昼食がたいらげられてしまう。


「あっ……ちょっと食べすぎ、もう駄目です! わたしの昼食がなくなってしまうじゃないですか。殿下たちもしっかり食べないと身体がもちませんから、早く食事しに行ってください!!」


 ランチボックスを取り上げると、彼が物足りなさそうな目で見てくる。


「それなら、明日から私の分も用意してくれ。昼食休憩の時間に私も仕事をすることにした」

「え……殿下も?」


 唐突な話に思考が追いつかず、困惑してしまう。


「わたしが殿下のランチを用意するんですか? わたしのような素人が作るものなんて、殿下へお出しできるような代物じゃありませんよ」

「そうは思わないが? さっき食べたものはとても美味かった」


 彼に美味しいと言ってもらえたのは嬉しいけど、プロの料理人のような手の込んだものは作れないので、やはり気が引ける。


「あの、ランチをご持参いただくことは?」

「ベラノクス」


 そろりと彼の顔を窺うと、名を呼ばれた。

 彼はわたくしをじっと見つめ、一言。


「頼む」


 後光が差すような輝かしさで、ニッコリと微笑まれたのだ。


「ぐふぅっ! ……わっかりました!!」


 推しの尊い笑顔を前にして、抗えるオタクがどこにいようか。

 そんなのどだい無理な話だ。瞬殺の完全敗北で反射的に即答してしまうくらいには無理だった。

 推しが最強すぎて、絶対に勝てる気がしない。やっぱ推ししか勝たん。


 わたくしが悔しい顔をしたり、悟った顔をしたり、百面相していると、彼の笑い声が響く。


「あははは。本当に私の頼みなら、なんでも聞いてくれそうだな。はははは」


 さらに追い打ちをかけるこの屈託のない笑顔! ああ、推しの尊さが天元突破して、供給過多がすぎる!!


「かはっ、はぁはぁ、致死量です。なんですか、その眩しい笑顔は? わたしを殺す気ですか? 殺す気ですね? 知っていました……うぐっ、ぜぇぜぇ、動悸しんどっ、心臓が破裂して尊死します……パタッ」


 机の上で胸を抑えてパタリと倒れるわたくし。それを愉快そうに眺めている彼。


「ははは、面白いが死なれては困るな。今日はこのくらいで勘弁しておいてやろう。また明日に」


 勝ち誇った顔をする彼はレオンハルトに目配せし、退室しようと背を向ける。

 そんな彼の背中へ尊死体のわたくしはひとつだけ投げかける。


「殿下、何か食べたいものはございますか? できるだけ、ご希望に添うようにしますけど」


 彼は振り返り、少し考えてから答える。


「そうだな……温かいものがいいな」

「わかりました。では、腕によりをかけてご用意します」

「ああ、楽しみにしている」


 機嫌を良くした彼は、レオンハルトを伴って退室していった。

 二人の後ろ姿を見送った後、しばらくしてからわたくしはハッと気づく。


「……やらかしてしまったかもしれない」


 もしかして、これは彼のワーカホリックを助長してしまったのではないかと。

 彼の負担を減らすために始めた仕事なのに、彼まで昼食休憩中に仕事してしまったら、減らすどころか増やすことにしかならないのではないかと。


「うわぁー! どうしよう、どうしよう、どうしたらいいのー?!」


 これはいかん、なんとかして彼を休ませなければならぬと、わたくしは頭を抱えたのであった。


 ◆


 放課後の生徒会室。

 テオドールが迎えに来てベラノクスが帰った後、アレクシスは前もって生徒会役員たちへ伝えておく。


「――ああ、そうだ。明日から私もベラノクスと同じく、昼食休憩中に仕事することにしたから、そのつもりでいてくれ」

「でしたら、私たちもご一緒します。護衛は必要ですし、殿下をお支えしたいのは、我々も同様ですから」


 ジークベルトの言う通り、側近たちは皆同様に主人であり友人でもあるアレクシスの力になりたいと願う、良き忠臣だ。

 続けて、フェリクスが明日以降のことを考えて言う。


「そうなると、昼食用のランチも手配しないといけないね」

「私の分はベラノクスに頼んであるから不要だぞ」


 アレクシスが自分の分は要らないと告げると、レオンハルトが昼に食べたものを思い出し、生唾を呑み込んで言葉をこぼす。


「昼に少し摘まんだサンドイッチも美味かったな」

「へぇ、いいなぁ。お菓子も美味しかったから、きっとランチも美味しいんだろうね」

「私たちの分もお願いできたらいいんですけど」


 側近たちも食べたがっているのを聞いて、アレクシスは逡巡し、渋い顔をして注意する。


「お前たちの分は駄目だぞ。ベラノクスにばかり負担がかかるだろう」

「えー、殿下ばっかり美味しいもの食べられるのずるいー」

「ベラノクスは私の信者だからな。それにどうせ、お前たちも毒見と称して摘まむんだろうが」


 それもそうだなと側近たちは頷く。

 それから、アレクシスの物言いを面白そうに揶揄する。


「とうとう、殿下が教祖になってしまいましたね」

「取り分が増えるように、拝んでおこう」

「美味しいお昼ご飯にありつけますように」


 側近たちがベラノクスの真似をし、手を合わせて教祖アレクシスを拝む。


「お前たち……献上品を目当てにするとは、随分と図々しい信者だな」


 結局、アレクシス以外はランチを各自で持参することになり、皆が昼食休憩の時間にも仕事をすることになったのだった。


 ◆

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