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六話

 昼間はベラドンナとして学生生活を送り、放課後はベラノクスとして生徒会役員・会計の仕事をこなす。


 生徒会の仕事を全面的に手伝えるようになったわけなのだけど、数日が経過したところで、わたくしはとんでもなく重大な問題に気づいてしまった。

 薄々は勘づいていたことではあったのだが、まさかここまでとは……。


 彼の仕事量、それは明らかに学生の担う量ではない。完全なるオーバー・ワークだ。


 彼の負担を少しでも減らそうと、生徒会の仕事はわたくしがほぼほぼ巻き取り、許可の確認と処理した報告だけに収めてみたが、それでも彼の仕事量が一向に減っていかない。

 生徒会長としての仕事以外にも、多岐に渡る仕事を手掛けていることはもちろん知っていた……けど、それを加味したとしても多すぎる。


 おかしいなと疑問に思いつつ様子を窺っていれば、彼は少しでも余裕ができると、すぐにまた新たな仕事をねじ込んでしまうのだ。

 さらには、一緒に仕事をしている間に休んでいる姿を見たことがない。

 食事や睡眠はきちんととっているのだろうけど、休憩時間と言える休憩がまったくないように思える。

 そんな動向から、わたくしは看過できない問題に気づいてしまったのだ。


 彼は紛れもない、仕事中毒者! ワーカホリックだった!!


 若い年齢と身体だから、多少は無理をしても平気だと思っているのかもしれない。

 だがしかし、それは認識が甘く、感覚が麻痺している証拠。大変に危険な状態であり、由々しき事態なのだ。

 実際には、とうに身体が限界を超えているというのに、本人はいつものことだから平気だろうと見誤り、ぽっくりと逝ってしまうものなのだから。

 そう()()()たるわたくしは語る。気合いと根性と勢いでどうにかなると思っていた。そう思いたい気持ちもよくわかる。わかるけども……ワンオペ・ハードワークなんて駄目! 絶対!!


 この王国に王位継承を持つ王子はアレクシス殿下しかいない。

 責任感と正義感の強い彼は、『魅了体質』という自身の欠点を、国民への貢献で補おうとしているのだろう。


 しかしながら、このままでは彼が倒れてしまう。最悪の場合、推しが過労で早死にしてしまうなんてこともありえる、危機的状況なのだ!

 これは、何がなんでもどうにかしなければいけない、最重要案件!!

 推しには、幸せに長生きしてもらわなければならないのだから。


「殿下、少々お時間いただいてもよろしいですか?」


 少しでも息抜き的な時間を取っていただくため、わたくしは計画を実行する。

 生徒会室の机で書類仕事をしていた彼が、作業の手を休めることなく、書類に視線を落としたまま返答する。


「どうした?」

「ご相談させていただきたいことがありまして。休憩がてら、お話を聞かせてください。お茶菓子を用意しましたので、こちらへどうぞ」


 持参してきたティーセットをテーブルに置き、ソファーを手のひらで指し示す。

 彼はチラリとソファーに視線を向けただけで、また手元の書類に視線を落としてしまう。

 仕事熱心なそんな姿が絵になる、さまになる。ああ、今日も推しが尊い。


「私のことは気にせず、お前たちは自由に休憩を取っていい。相談内容だけ話してくれ」


 ただ単に休憩するように促したところで、ワーカホリックな彼には効かないのはわかっていた。なので、理由を付け足す。


「あ、いえ、殿下が西の僻地の支援について苦心されているご様子だったので、思い付きの提案があるんです。その件で提案したいお茶菓子を用意したので、ご賞味いただいてご意見など伺いたかったんです」


 彼は相談内容に興味を持ったようで、改めて茶菓子に視線を向ける。


「……それは提案の茶菓子なのか?」

「はい。それと、頭を使う仕事の時は甘い物で糖分補給すると、脳が活性化して良いんですよ。長時間の連続作業よりも、適度に休憩を挟んだ方が仕事効率は上がるので、一石二鳥――いえ、三鳥です」

「ふむ、なるほど」


 茶菓子を食べることに合理性を加えると、彼は考える素振りをするので、もうひと声。


「僻地の詳しいお話もお聞きしたいですし、ぜひお願いします」

「そうだな……では、話そう」


 よしっ、成功! 彼がその気になってくれた!!

 内心、ガッツポーズをしながら、すかさず側近たちにも呼びかける。


「もちろん皆さんの分もあるので、少しお茶休憩にしましょう」

「甘い香りがするの気になってたんだよね」

「一息つけるのは、ありがたいな」

「一応、毒見で私たちが先にいただきます」


 わたくしはその場で、保温して蒸らしておいた丁度飲み頃の紅茶をティーカップに注いでいく。

 そんな姿を見て、彼や側近たちは感心したように嘆息する。


「ほう……手慣れているんだな」

「わたしは作業中に飲むことが多いので。自分で入れた方が早いですし、その時々の好みに調整できますから」


 話しながら、紅茶に茶菓子を添えて差し出す。


「へぇ、それで慣れてるんだね」

「なかなか様になっているな」

「無駄に艶っぽいのは気になりますが……」


 紅茶を一口飲み、見慣れない茶菓子に目を向ける側近たちへ、軽く説明する。


「琥珀糖と言うお菓子でして、アレンジして花を閉じ込めた宝石をイメージして作ってみました。砂糖菓子なので、保存状態が良いと結構日持ちしますし、旅行土産や贈答品にしても良いと思うんですが、どうでしょう?」


 透明から透き通る赤紫と青紫のグラデーションの中に、菫の花が舞っている。宝石のような見栄えのする菓子。


「華やかだし、贈り物にしたら喜ばれそうだけど、味はどうかな?」


 側近たちが茶菓子を頬張り、各々に感想を言う。


「うん、シャリシャリしてて独特の食感だね。優しい味だ」

「俺はもっと固くして、味も濃くした方が好みだな」

「花を食べるのは初めてですが、鼻を抜ける香りが良いです」


 味や食感、香りは好みが分かれるところなので、改良するのに人から意見も聞きたかった。


 感想をメモしていれば、彼が呟くようにして訊く。


「これは、お前が作ったのか? 私が西の僻地の件で悩んでいたから……?」

「はい。作り方もそこまで複雑ではないので、材料さえあれば、比較的誰でも簡単に作れますよ」


 彼は茶菓子をじっくり眺め、わたくしの目を見て微笑む。


「美しい見た目の菓子だな。お前の目と同じ色……綺麗だ」

「ぐはっ?!」


 唐突に繰り出された過激なファンサに、見事に心臓を撃ち抜かれ、勢い余って後方にひっくり返った。

 わたくしは致命傷で胸を押さえ、震えながら椅子を戻してよろよろと席に戻る。


「くっ……そんなにファンサをしていただかなくとも、わたしは殿下に全力でお仕えする所存ですから……うぐっ、お気遣いは無用です! ですが、殿下からいただいたお言葉は一生の宝として、わたしはこの目の色を誇りとして生きていきます!!」


 わたくしが女体だったら絶対に言われないお言葉、男体だからこそ言ってくれたお言葉なのだ。

 TS薬を開発して良かった、この目の色に生まれてきて良かったと、心底思って内心は狂喜乱舞している。


 感涙して拝むわたくしの姿に、彼は軽く引いてたじろぐ。


「おおげさだな。色が綺麗だと言っただけで、そんな他意はないぞ……」


 それから、彼はゆっくりと茶菓子を召し上がった。


「花の風味が上品で、味も悪くない……西の僻地でもよく育つ、菫草の花を使っているのか? だが、普通の菫草とは少々違う気もする……」

「さすが殿下、よくお気づきになられました。この薬草は、わたしが菫草を元に改良した品種で、根は薬になり、葉や花は食用になります」


 ちょっとした違いなのに、彼が気づかれたことに感動し、嬉々として説明する。


「日照時間の少ない僻地でも育ちやすい品種ですから、栽培して特産品にするのに打ってつけだと思うんです。花を加工すれば染料としても使えますし、花畑は観光名所になるでしょう。養蜂と合わせれば、蜂蜜も採れて食用にも加工品の材料にも使えます。新規産業のとっかかりになるのではと――」


 西の僻地は、国内で最も寂れた暮らしにくい土地だ。

 彼の魅了体質の影響で罪を犯してしまった女性たちが追放された、修道院のある場所でもある。

 金銭的な支援はしつつも、彼女たちの暮らしがもっと楽になるようにと、彼は心を砕いていたのだ。


 わたくしは西の僻地について彼から詳しく聞き、互いに意見交換して議論する。


 一方で、彼が茶を飲み休息しているように見える姿に、側近たちは唖然としていた。


「……あの殿下が、お茶休憩してる」

「いくら休憩するよう言っても、まったく聞かなかった殿下が……?」

「それに、殿下の議論についていけるなんて、すごいな……俺には半分も理解できないぞ?」


 側近たちは会話内容について、全容は把握しきれていないようだ。


「お茶も美味しい……こうして、少しでも休息してもらえたらいいんだけどね」

「議論が休憩になってるかどうかは、人しだいかもしれないが……殿下は楽しそうだしな」

「私たちでは上手く休ませることができませんから、こまめに休まれるように諭して欲しいものです」


 ぼやいている側近たちを彼が横目で睨む。


「お前たち、ブツブツとうるさいぞ」


 側近たちからは、もっと休憩を取るよう促して欲しいという視線を向けられる。

 だけど、わたくしは推しにはやりたいことをやりたいようにして欲しいと思うわけで。

 推しのことならなんだって肯定したい、全肯定BOTになってしまうわけで。

 この際、はっきりと明言しておく。


「誰よりも志が高く、それでいて有言実行してしまえる殿下は素晴らしく尊いお方です。そんな殿下が間違っているはずはありません。わたしは殿下のなさりたいことを全面的に支持しますし、邪魔する気など微塵もありませんよ」

「!」


 彼は要らないことを示唆されると身構えていたのだろう、驚いたように目を見開いてわたくしを見た。


「お前は、私のやり方を無茶だと止めたりしないのか? 高すぎる理想を無謀だと思ったりはしないのか?」


 彼の問いに頷いて見せ、わたくしは続けて言う。


「わたしが殿下のなさりたいことに異を唱え、阻害することは絶対にありえません。誰がなんと言おうと、わたしは殿下を信じます。殿下のすべてを肯定します」


 そう断言すると、彼は言葉を詰まらせ、揺らめく瞳でわたくしを見つめた。

 彼の口元が微かに開き、何か言いかけては止まる。

 おそらく、博識で深慮な彼は理解されないことも多いだろう。

 ゆえに、一人で抱え込んでしまうのだ。全肯定されること自体が珍しいのかもしれない。


「ただ、目的が一つであっても、方法は一つとは限らないと思っています」

「……どういうことだ?」


 眉をひそめる彼をまっすぐに見据えて告げる。


「そんな殿下に憧れて、お力になりたい、お支えになりたいと思っている者が近くにいるのですから、上手く使えばいいんですよ」

「ベラノクス……?」


 要領を得ない様子で困惑した表情を浮かべる彼へ、ズイッと詰め寄って力強く訴える。


「――と言うことで。昼食休憩の時間を使ってわたしも仕事を手伝いますので、生徒会室と資料室の入出許可をください。そして、どうぞ思う存分、わたしに仕事を任せてください! 必ず殿下のご期待に添ってみせますから!!」

「「「!?」」」


 言い切ると、彼と側近たちは面食らったような顔をした。

 特に彼は信じられないといった表情で呟く。


「本気か……?」

「ええ、もちろんですとも。殿下のお役に立つために、わたしはここにいるのですから!」


 即答して手のひらを差し出し、目を爛々と輝かせて待機する。

 彼は戸惑いつつも考え込み、懐から鍵束を取り出す。


「……そこまで言うなら、手伝ってもらおう」


 生徒会室と資料室の合鍵を差し出してくれたので、恭しく受け取る。


「ははぁ! ありがたき幸せ! 殿下のお力になれることが何よりの至福です!!」


 入室許可と鍵をゲットし、わたくしは満面の笑みでホクホクしてしまう。

 どうやら、転生しても社畜気質は変わらないのかもしれない。


「ああ、なるほど。そういったアプローチの仕方もあるんだ。勉強になるね」

「人の振り見て我が振り直せではないが、抱え込み過ぎてるの見ると心配になるからな」

「ある意味、客観的に自分を顧みる良い機会になって、抑止力になるかもしれません」


 何かよくわからないけど、側近たちは納得しているようだった。


 丁度、休憩がひと段落したところで、生徒会室の扉がノックされる。


 コンコンコンコン。


 扉が開かれると、義兄が顔を出す。


「迎えに来たぞ」

「はい、テオ兄さま」


 約束の時間になり、義兄が迎えに来てくれたのだ。

 前回、秘薬の効果時間切れで危うくバレそうになったことを話したら、心配した義兄がこれから迎えに来てくれることになった。


「あ、ベラが作ってた菓子か。俺も食べたい」


 目敏くティーテーブルの上の茶菓子を見つけ、義兄が手を伸ばそうとするので、ペチリと叩く。


「こら、行儀が悪いですよ。それは生徒会の皆さんに用意したものなので、テオ兄さまは食べちゃダメです」

「ベラ……この俺にそんなことを言ってもいいと思っているのか?」


 義兄が顔に影を落とし、低い声で呟いた。


「テオドール、お前……」


 彼が義兄を睨み、場の空気が一瞬にして凍りつき、側近たちの顔が強張っていく。


「ちょっ、ちょっとお菓子の取り合いで喧嘩なんてやめよ?」


 フェリクスが慌てて言うと、義兄は顔を上げて断言する。


「そんな仕打ちをすると、泣くことになるぞ…………俺がな!」

「「「お前がかよ!!」」」


 ガクンと肩を落とす側近たちを尻目に、もはや半泣きの義兄を仕方なく宥める。


「もう、テオ兄さまの分は好みに合わせたものを家に用意していますから」

「本当か?! ……もしかして、俺だけのために作ってくれた?」

「もちろんです。テオ兄さまは花よりも果実の方が好きでしょう」

「うん! ああ、やっぱりベラは可愛いな~!!」

「はいはい。ほら、早く帰りますよ」


 さっきまで絶望の顔で泣きべそをかいていた義兄が、超絶ご機嫌な顔になってわたくしに抱き着こうとするので、軽く躱して背中を押す。


「では、今日はこれで失礼します」

「ああ、ご苦労」


 彼と挨拶を交わして退室しようとすると、側近たちからも声をかけられる。


「お茶菓子、美味しかったよ。また用意してもらえると嬉しいな」

「やっぱ、休憩は大事だな。本当に効率が上がってる気がする」

「殿下を休ませる口実にもなるので、あるとありがたいです」


 彼を休憩させる作戦は好評だったようだ。

 毎日続けられるように頑張ろうと思う。


「わかりました。また明日、改良したものを持ってきます」


 こうして、わたくしは生徒会のメンバーに馴染んでいき、彼の仕事も手伝わせてもらえるようになったのだった。


 ◆

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