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三話

 翌日の放課後。

 義兄に伴われて、わたくしは生徒会室の前まで来ていた。


 TS薬を飲んで男体化し、義兄に用意してもらった男性用の制服に着替えている。

 どこからどう見たって、男子生徒にしか見えない。

 本当はわたくしが女子生徒のベラドンナだなんて誰も思わないだろうし、気づかれるはずもない。

 性別も体格も声音も変わり、別人に成りすましているのだから。


 だけど、バレるはずがないと思いつつも、昨日の出来事が脳裏をかすめる。

 彼と目が合った瞬間、正体を見破られてしまうのではないか、そんな一抹の不安が募っていく。


「……日を改めるか?」


 不安な心情を察してか、義兄が心配そうに訊いた。


「いいえ、大丈夫です」


 後戻りなどしない。

 やるべきことは決まっているのだ。


 〝推しを幸せにする〟 そのためなら、わたくしはなんだってする!


 前へと突き進む以外に選択肢などない、前進あるのみ。そう思って拳を握る。


「行きましょう」


 わたくしが言うと義兄は頷き、生徒会室の扉をノックした。

 すぐに扉が開かれ、彼の側近であるジークベルトが顔を出す。


「これは、テオドール殿。どのようなご要件ですか?」


 義兄は堂々とした態度で告げる。


「殿下に話があって来た。通してくれ」

「急な話は困ります。殿下は多忙で予定が詰まっていますので、前もって予約してもらわねば――」


 生徒会室の奥から彼の声が聞こえてくる。


「構わん。通してやれ」


 入室が許可された。

 ジークベルトは扉を大きく開き、道を開ける。


「……どうぞ」

「失礼する」


 入室する義兄の後に続き、わたくしも生徒会室へ入っていく。


「失礼します」

「……?」


 ジークベルトに軽く会釈すれば、首を傾げられた。

 生徒会室の中央まで歩いていくと、対峙する義兄に向かって彼が言う。


「生徒会役員の打診を断っていたお前が、ここへ出向いて来るとは……昨日の話を義妹から聞いて、苦言でも呈しに来たか?」

「言いたいことは山ほどある――が、この際、一切合切を呑み込んで、頼みがある」


 彼は少し驚いた表情を見せ、義兄の真意を探ろうと尋ねる。


「私に頼み? 婚約者を蔑ろにするような男は貴人にあらず、仕えるべき主君とは認められないと啖呵(たんか)を切っていたお前が? そんな私に頼みとは、どういった風の吹き回しだ?」


 ……は? 今なんと? 未来の国王である王太子に向かって、主君とは認められないと啖呵を切った? は? えぇ?

 こ、この義兄はわたくしの知らないところで、そんなことを(のたま)っていたんですかっ?!

 あまりのことにギョッとして、義兄の方を向き、思考が一瞬停止してしまった。


 特殊な公爵家の跡継ぎとはいえ、不敬にもほどがある……。

 義兄の生家である辺境伯家は代々、剣と忠誠で王家に仕えてきた由緒正しい名門。

 だからこそ、主君たる者の在り方にこだわりがある。


 そのためか、義兄の率直すぎる物言いを、彼は容認している節があった。

 義兄の親族であるわたくし(婚約者)を拒絶してしまっている負い目もあってか、多少の無礼は寛大に許しているのかもしれない。

 義兄からだけではなく、彼は国民から主君として認められるだけの明主になろうと、日々たゆまぬ努力をし続けてもいる。


 辺境領で流行病が発生した際には、彼の英断で一早く対処できたことで、被害を最小限に抑えられた。

 他にも、彼は女嫌いである瑕疵を補っても余りあるほど、数々の功績をあげている。

 国民を思い献身する王太子を救世主・英雄と称える者も少なくはない。


 主君として、これほど素晴らしい人物はいないはずなのに、わたくしのこと(婚約者の存在)が原因で拗れてしまっているのは、実に忍びない――。


 義兄が不承不承といった態度で、吐き捨てるように言う。


「婚約者を蔑ろにするような男、人間の()()()()()()野郎だと思っていることは変わらないが、それでものっぴきならない事情がある」


 ――はぁあっ?! 義兄はどこまで馬鹿なんですか?

 いや、馬鹿でしたね! 筋金入りの厄介シスコンでした!!

 なんてことだ! 頭がお花畑で手に負えない馬鹿野郎でした!!!


 だがしかし、そんなことは言い訳になりません!

 彼にそれ以上無礼を働こうものなら、このわたくし(義妹)が許しませんよ!!

 とりあえず、帰ったらお説教です! こってり絞ってやりますから、覚悟しておくがいいっ!!!


 そんな思いを込めて、義兄の後ろ姿をガン見する。


「……!」


 わたくしが凝視すると、義兄は不穏な気配を察したのか、身震いして咳ばらいする。


「ごほっ、ん゛ん……俺もできることなら頼みたくなどない――が……嘆かわしいことに、義妹だけではなく、今年入学する()までもが殿下を心酔している熱烈な信者なのだ」


 義兄は苦笑いし、お手上げするような手振りでおどけて見せる。


「可愛い義妹と弟に泣きつかれては、頼れる兄としては断れん。俺は家族を第一に大事にする主義なんだ」


 それから、真剣な顔で彼を見据えて訴えた。


「ゆえに是が非でも頼む。義妹ベラドンナが駄目なら、弟ベラノクスに生徒会役員の仕事を任せてくれ」


 義兄の言葉を受けて彼は思案し、わたくしへと視線を向ける。


 瞬間、彼と目が合う。


「!」


 女体の時のような、抑えられないほどの衝動的な感情は湧かない。

 あの湧き上がる激情は、魅了体質による影響だったのか。

 だけど、男体になっても、彼への想いが消えたわけではない。

 あくまでも衝動が湧かないだけで、わたくしの中にはたしかな想いがある。


 今わたくしはどんな目で彼を見つめているのか、彼の目にはわたくしがどう映っているのか……。


 緊張で手に汗を握り、心臓がドキドキとうるさく鳴り響く。


 彼はわたくしの姿を刮目し、わずかに眉間にシワを寄せる。


「婚約者と似ているな。まるで性別を変えただけのような生き写しだ……」


 わたくしがベラドンナだとは気づいていない様子だ。

 しかし、彼の疑わしい目が怖くて、どうしていいかわからない。


 すかさず、義兄が隣に並んでわたくしの肩を抱き、フォローしてくれる。


「まぁ、それはそうだろう。俺と義妹の母親が姉妹なのだから、似ていて当然。俺は父親似で弟は母親似なら、なおさらだ」


 たしかに、義兄とわたくしは血縁で、切れ長の目など似ているところも多い。

 従兄妹のベラドンナと弟がよく似ていたとしても、何も不思議ではないはずだ。


「知っているだろうが、俺は辺境伯の三男で義妹の従兄妹に当たる。義妹が王太子の婚約者になったから、公爵家の跡継ぎとして養子に入ったんだ。婚約が解消されるなら、俺が娶って公爵家を継ぐ。その点は問題視していない」


 義兄が彼に詰め寄っていき、問題点を主張する。


「義妹と弟が懸念しているのは、女嫌いで偏屈な王太子のせいで人選が偏りすぎ、有能な人員が確保できず、殿下の仕事が滞ってしまうことだ。通例通りなら、婚約者が担うはずだった仕事まで増えるんだからな」

「生徒会役員の選定も私の権限に任されている。婚約者の血縁を入れて余計なことを示唆されるのも迷惑な話だ。多少仕事が増えたところで問題はない。人員は間に合って――」


 バンッ!


 机を強く叩きつける音が生徒会室に響いた。


「!!」


 彼の言葉を遮り、義兄は鋭い眼光で見下ろして威圧する。


「大事にしない男などに義妹を無理にあてがう気などさらさらない。なんの非もない義妹が泣かされただけでも腹に据えかねるというのに……さすがにこれ以上、公爵家と辺境伯家をコケにして、敵に回すような愚かなまねはしないと思っているが、俺の読みが甘かったか?」


 高圧的な義兄に気圧されることもなく、彼は見据え返して明言する。


「そこまで言うなら相当自信があるのだろうな。使えないようならすぐに叩き出すが、それでいいなら、生徒会の仕事を任せてみようじゃないか」

「賢明な判断だ。俺の弟は有能。正当な評価をしてくれれば、それでいい」


 彼の返答に納得した様子で、義兄は軽く笑って頷いた。


 良かった。

 なんとか生徒会の仕事を任せてもらえそうだ。


 わたくしは前へと出て行き、姿勢を正して胸を拳で叩き、臣下の礼を取ってみせる。

 騎士然とした所作も義兄を見慣れているから、さまになっているはずだ。

 生徒会役員たちの視線がわたくしに注がれる。


「お初にお目にかかります。タンザナイト辺境伯家の四男、ベラノクス・タンザナイトと申します」


 改めて生徒会役員たちへと挨拶する。


「従兄妹のベラドンナに代わり、生徒会のお手伝いをさせていただきたく参りました。なんなりとお申し付けください」


 昨日は挨拶を交わせなかった面々。

 生徒会役員たちが互いに目配せをし、順に口を開く。


「僕はフェリクス・エメラルド。生徒会では書記を担当してるよ。殿下の側近兼護衛。よろしくね」


 彼はエメラルド伯爵家の跡取り、フェリクス(風属性)。

 エメラルドと同じ緑色の瞳、深緑色の髪が印象的な、柔和な美形。

 たしか、魔術マニアキャラで宮廷魔術師の子息。


「俺はレオンハルト・ルビーだ。生徒会では庶務だが、同じく殿下の側近兼護衛をしている。よろしく」


 続いて彼はルビー伯爵家の跡取り、レオンハルト(火属性)。

 ルビーと同じ赤色の瞳、紅蓮色の髪が印象的な、強健な美形。

 たしか、脳筋怪力キャラで近衛騎士団長の子息。


「私はジークベルト・サファイアです。生徒会では副会長ですが、殿下の側近で補佐が主です。よろしくお願いします」


 昨日、案内してくれた彼は、サファイア侯爵家の跡取り、ジークベルト(水属性)。

 サファイアと同じ青色の瞳、紺青色の髪が印象的な、知的な美形。

 見たまま、インテリ眼鏡キャラで宰相の子息。


「アレクシス・ダイヤモンドだ。王太子の立場だが、学園の伝統で生徒会長も務めている」


 そして、ブリリアント王国の王太子、アレクシス(光属性・魅了体質)。

 光り輝く碧色の瞳、眩く煌めく金色の髪、完全無欠の超絶美形。

 女嫌いとして有名な悪役令嬢の婚約者。わたくしの推し。


 生徒会役員は全員、乙女ゲームの攻略対象。


 顔面の偏差値、高すぎない?

 中でも推しがダントツなんですけど?

 やっぱり、推しが最強の推し。これは、推ししか勝たんわけですよ……って、いかんいかん、美形しかいない華々しい空間が現実味なさすぎて、脱線してしまった。


 義兄がわたくしの肩を軽く叩いて覗き込む。


「挨拶は無事に終わったようだな。それじゃ、俺は行く。頑張れよ」


 励ますように微笑む義兄は、そう言って退室していった。


 ジークベルトがおもむろに懐中時計を出し、時間を確認して告げる。


「殿下、そろそろ次の予定の時間です」

「ああ、もう時間か」


 彼がわたくしの方へ視線を向け、指示を出す。


「しばらく外出してくる。その間、書類の整理を任せる」

「はい、わかりました」


 すぐに側近たちが書類束を集めてきて、次々と積み上げていく。

 あっという間に机の上に小高い書類の山ができあがった。


「俺たちは殿下の護衛で着いて行くから、これも頼む」

「もちろんできる範囲で構わないよ。後はお願いね」

「あ……はい、わかりました」


 彼と側近たちはそう言い残し、生徒会室から出ていった。

 生徒会室に一人残されたわたくし。


 …………あ、じわじわきた。

 時間差でやっと現実味が湧いてきた。


 う、う、うわああああ! 生きてる、生きてる推し!!

 2次元ならぬ3次元――いや、2.5次元なのか? どっちかわからないけど、とにかく生物(なまもの)の推しが半端ない!!!

 ああ、もう息してた! 動いて話してた! 麗しい美貌から美声まで何もかも、全身全霊すべてが推し! もうもう推しが尊すぎて、うわああああ(語彙力喪失)。

 わたくし生きてて良かった!(?) この世界に生まれてきて良かった!! 推しのためにわたくし生きるーーーー!!!


 ハッとして、我に返る。

 推しのために生きるには、彼を側からサポートせねばならないのだ。

 彼から側に置いておこうと思われるほど、有能な人物であると認識してもらわなければならない。

 まずは、生徒会役員として役に立つことが先決――。


 バッと任せられた仕事に目を向ける。

 目の前には膨大な書類の山が聳え立っていた。


 ……なんだこの量。

 予想以上の量を見上げ、ちょっと唖然としてしまった。


「ふん……上等です。やってやろうじゃありませんか」


 気合を入れて腕捲りをし、書類の分類に取りかかる。

 こんな書類の山、前世のブラック企業では日常茶飯事だったわけで、書類の仕分けなら社畜OLとしての経験が存分に活きる。


 徹夜でやってもやっても終わらない、処理していく端からおかわりが追加される、無限わんこ蕎麦状態の仕事に比べれば、これくらい朝飯前のお茶の子さいさい。


 心なしか、男体の方が女体の時よりも体力があるからか、長時間でも集中して作業できる気がする。おや、これは意外なメリットかも。この調子で効率的に捌いていけば、そこまで時間はかからないはず――。


「――ふう、だいぶ片付いたかな」


 一息ついて、額に浮かぶ汗を拭う。

 しばらく作業し、書類の山もあらかた崩し終わったところで――


 ドクンッ!


 ――心臓が脈打ち、身体が熱くなってくる。


「あっ、ああ!」


 作業に集中しすぎて、二時間も経過していたことに気づかなかった。

 TS薬の効果時間が切れ、わたくしは元の女体に戻っていく。


「はぁ……うぅ、うああぁっ!!」


 TS中に連続で薬を服用すると、元の姿に戻れなくなる危険性があるため、再びTS薬を服用する場合でも、一度元の性別に戻らなければならない。


「はぁ、はぁ……はぁ……なかなか慣れそうにないな、この感覚……ふう」


 熱が納まれば、背丈や肩幅が縮んでいるせいで、制服の裾や袖があまってダボダボになる。

 そのくせ、胸とお尻はキツキツなのだから、男装の麗人とも言い難い、滑稽な格好。

 あえて言うなら、彼シャツを無理に着ているような、なんとも言えない萌え袖? ……誰得だよ。


 完全に元の姿に戻ったのを確認してから、ごそごそとTS薬を取り出し、再度一気飲み。


 ぐびっと!


 その途端、生徒会室に近づいてくる足音が聞こえてきた。


「嘘っ!?」


 まだ身体が男になりきっていない状態なのに、扉が開かれる。

 最悪のタイミングで、生徒会役員たちが帰ってきてしまったのだ。


「はぁっ……う、ぐうぅ!!」

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