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プロローグ

「どうしてこうなった?」


 落ち着いて、落ち着いて状況を整理しよう。

 まず、わたくしは王太子の婚約者で、もちろん女性。

 だけど、訳あって【TS薬】を飲み、一時的に男性に性転換している。

 そして今現在、なぜか男の身体で女装し、婚約者(元のわたくし)のフリをする羽目になってしまった。


 ……なにこれ。整理したけど余計にわけがわからない。


「支度はできたか?」


 こんなことになってしまった原因、王太子アレクシス殿下がにこやかに微笑みかけてくる。


「特別に用意していたドレスとアクセサリー、似合っているようで良かった。とても綺麗だ……、……」

「どの辺が似合っているとおっしゃるのですか? もう笑うのを堪えて震えちゃってるじゃないですか。笑いたければ、笑えばいいでしょう。ふんぬっ!」


 マッスルポーズを披露して、なけなしの力こぶを作って見せる。


「ぶはっ! あはははは、なんだその奇妙なポーズは? たいして力こぶできてないし、はは、あはははは」


 わたくしの渾身の力こぶを見て噴き出し、肩を揺らして明るく笑うアレクさま。

 女性には決して見せることのない、屈託のない笑顔が眩しい。

 ああ、〝推し〟が今日も尊い。是が非でも守りたいこの笑顔。


 太陽のような金髪に青空のような碧眼の超絶美形。控えめにいって、ビジュが神。

 そんな彼が若干涙目になりながら、楽しそうに笑っているのだ。

 カワイイかよ、尊死必至。ありがたいので、拝んでおこう。


 そう、彼はわたくしにとって絶対的な〝推し〟なのである。


 彼がわたくしのドレス姿をまじまじと眺めて呟く。


「似合ってはいるが、やはりよく見ると少々厳ついな」

「それはそうですよ、男なんですから」


 本来は豊かな胸やくびれた腰のラインが特徴的な、いわゆるボンキュッボンな女体なのだが、今は肩幅が広くなって胸板の張った男体になっている。

 全体的に曲線がなくなって直線的な印象なので、化粧と詰め物でなんとか誤魔化しているのだ。

 TSしていても変わらないのは、艶のある黒髪や色白な肌、切れ長な紫眼と整った顔の系統くらいだろう。


 彼がおもむろに隣に来て、腕を差し出す。


「さぁ、行こうか」

「本当にこんなの連れて行くんですか?」

「もちろんだ。婚約者が居てくれなければ困る」

「……わかりました」


 深呼吸して彼の腕に手を添える。

 わたくしは初めて彼にエスコートされ、卒業パーティーの会場へと入場したのだった。


「まぁ、王太子殿下がいらしたわ。本日も大変お麗しい」

「お連れのお方は……まさかの公爵令嬢ではありませんか?」

「お二人がご一緒に居るところなんて初めて見ますね」


 もっぱら不仲と噂の彼とわたくしが連れ立って来たことで、会場中がざわついている。


 ……というか、なんで女装だとバレないんだろう?

 TSしているのだから、明らかにいつもと雰囲気が違うでしょうに。

 あなたたちの目は節穴ですか?


 わたくしは扇子で口元を覆い、流し目を送って周囲の反応を窺ってみる。

 すると、あちらこちらから、ため息をこぼして囁く声が聞こえてくる。


「はぁ、公爵令嬢は妖艶な美女として名高いが、今日は一段と……その、なんというか、艶めかしくてドキドキしてしまうな」

「えぇ、同性だとわかっていても悩殺されてしまいそうな色香。あの魅惑的な眼差しにクラクラ……いえ、ゾクゾクしてしまいますわ」


 節穴だった! 紛うことなき節穴だった!!

 いやいや、これはきっと、淑女教育の賜物。公爵令嬢としてつちかわれた完璧な所作のせい。

 うん、きっとそう、たぶんそう。深くは考えず、そういうことにしておこう。


 わたくしが遠い目をしていると、パーティー会場の入り口の方が湧き立つ。

 視線を向ければ、待ちに待っていた人物、花も恥じらう可憐な乙女が登場する。


 柔らかい桃色の髪に大きな薔薇色の瞳を持つ美少女、ロゼリア嬢。

 桜色のドレスに菫色のアクセサリーがとても良く似合っている。まるで花の妖精のような愛らしさ。

 これぞ、ヒロイン・オブ・ザ・ヒロイン。わたくしの推しカプのヒロイン。圧倒的な可愛さ、カワイイがすぎる。


 あまりの愛らしさにほんわかした気持ちで癒されていると、彼女もこちらに気づく。

 パァッと花咲く満面の笑みを浮かべ、駆けてくる。


 ギャンカワー! なんだその反則的な可愛さはー!!

 キュン死してしまう……じゃなくて、いかんいかん、彼女の可愛さに感激している場合ではない。

 わたくしは悪役令嬢、ベラドンナなのだから。


 ここは前世でプレイした乙女ゲーム『薔薇色乙女のエンゲージ・ジュエル』の世界。

 ゲームの悪役令嬢は、婚約者に執着するあまりヒロインを虐め抜き、最終的に卒業パーティーで王太子から婚約破棄されて、〝ざまぁ〟される断罪イベントがあるのだ。

 ゲームシナリオを熟知していたわたくしは、推しカプの二人が最高のハッピーエンドを迎えられるよう、これまで根回しに奔走してきた。


 さあ、いよいよ最後の仕上げ。

 これが最終イベント。


 悪役令嬢は予定通り舞台から退場し、二人は幸せになる――完璧なシナリオ。


「殿下、わたくし少し外します」

「どこへ行くんだ? 私も付き合おう」


 彼から離れてロゼさまと立ち位置を変わろうと思ったのだけど、腰に腕が回されてしまって離れられない。

 そろそろTS薬の効果が切れる時間なので、一旦彼から離れて女体に戻り、断罪イベントに備えたいのだけど。


「諸事情で少し外すだけですから、殿下のお手を煩わせるまでもありません」

「離れる必要などないだろう。私の側に居ろ」


 余計に強く抱き寄せられて、逃げられなくなってしまった。

 そうこうしているうちに、ロゼさまが間近まで来て立ち止まる。


 ただならぬ気配を感じて目を向ければ、花咲く笑顔が嘘のように、ものすごい形相で睨んでいらっしゃる。

 可愛いお顔が台無し……いや、むしろ迫力がヤバすぎて、こちらはもう泣きそう。

 それはもう射殺さんばかりの鋭い眼光で、わたくし――ではなく、隣のアレクさまを睨んでいた。

 ん? あれ? 睨む相手を間違えていませんか?


 険しい表情のロゼさまがアレクさまに詰め寄る。


「……これは、どういうことですか? どうして、そのような格好をさせているのです?」

「私が婚約者にドレスを贈ってなんの問題がある? 他人が口出しすることではないだろう」


 二人がなぜか火花を散らし、険悪な空気になってしまった。

 ロゼさまの口ぶりから、友人である男体のわたくしが女装させられていると気づいた様子なのだけど。

 突然の修羅場にどうしていいかわからず、オロオロしてしまう。


 握った拳を震わせるロゼさまは、アレクさまとは反対側からわたくしに抱きつき――


「本当の姿を愛せない人なんかに、ベラさまは渡しません!」


 ――そう宣言し、わたくしの頬に口づけした。


「え?」


 ロゼさまは特殊能力を持つ聖女。彼女の無効化能力で、TSしている状態異常が解かれる。

 背丈が縮み、胸が膨らみ、腰はくびれて――本来の身体に変化していく。

 瞬く間に、わたくしは元の女体に戻ってしまった。


「えーーーーっ!」

「「「!?」」」


 自分の身体を掻き抱き、混乱してしまう。


 ど、ど、ど、どうしよう、どうしよう、早く離れなければ、彼は女性恐怖症なのだ。

 女だとバレたら大変! いや、待て、逆にバレてとことん嫌われるべきなのか?

 わたくしは悪役令嬢で、婚約破棄されるのが王太子ルートだから、推しの幸せのためにも悪役になる気満々だったわけで。

 で、でも、肉感的な女体は彼にとってはトラウマで、ひどく苦痛なはずなのに、なのになんで放してくれないの?! 二人とも抱きついて離れないんだけど、なにこれ、どういうことなの?!

 ああもう、どうしてこうなった???


 わたくしは大混乱のあまり、走馬燈のように一年前の出来事を思い返していた――――。


 ◆

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