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8. 閉所で



肩口に力を込め、何度か押し開けようと試みるが、降り積もった鉄パイプと瓦礫はびくともしない。

ユリウスは塞がれた入り口を睨みつけ、拳を握りしめた。


「……くそ、全然動かない」


苛立たしげに舌打ちしながら、僅かに開いた隙間から外の様子を窺う。しかし、崩落の勢いで巻き上げられた蒸気と塵のせいでほとんど見えなかった。


「無茶はするな」


背後から冷静な声が飛ぶ。

振り返ると、アデルが発煙筒を取り出し、カチリと火をつけた。赤々とした煙が細長く立ち昇る。


「業務時間内に私たちが戻らなければ、ギルドの何人かは異変に気付くだろう。任務地も明記しているから真っ先にこちらへ向かってくれるはずだ」

「救助を待つしかないってことですか」


発煙筒を入り口の隙間から外へ押し出した。暗がりに広がる煙が、希望の印のように揺らめく。


外からは、かすかに空気の抜けるような音が響いていた。

どうやら先ほど一斉に噴き出たメトロスチームが絶え間なく漏れ出ているようだ。


一時の破裂であれば、メトロスチームに含まれる成分が空気に触れることで結晶化し、程なくして亀裂を塞ぐだろう。

蒸気が吹き出し始めた直後は勢いよく噴射するものの、時間が経つにつれて周囲の温度や湿度と反応し、細かな結晶が形成されれば、管の亀裂も自然と塞がり圧力も安定する。


しかし、時折この結晶がうまく定着しないことがある。

湿度や温度、蒸気圧のわずかな違いによって結晶化が遅れたり、不完全なまま排出され続けたりするのだ。

そうなると、今回の任務でやったように、人の手による修繕が必要になる。


「……迂闊だった」


アデルは低く呟いた。

任務を受けた時点でこうなることは予想できたはずだ。ならば、古くなった配管の崩落も想定すべきだった。

更に言えば、可能性は限りなく低いとは言え、危険度の高い任務を受けるのであればなおさら複数の隊員とチームを組むべきだった。

報告書には一箇所の漏れとしか記載されていなかったため、単独で対処できると判断をしたのだ。

その結果、弟子を危険に巻き込んでしまった。


(あの時……ユリウスが動いていなかったら)


ふと脳裏に、さっきの出来事がよぎる。

足元のパイプが破裂した時、間一髪でユリウスに助けられた。対するアデルは、揺れに気を取られるあまり一切気付けなかった。

ユリウスに手を引かれていなければ、今ごろ無事では済まなかったかもしれない。


「……」


考えたくもない未来に、アデルは堪らずぎゅっと拳を握る。

それに気付いたユリウスは、そっと手をアデルの肩に伸ばしかけ……一瞬ためらう素振りを見せた後、苦々しく首を横に振り、静かにその手を引っ込めた。


「へぇ、師匠にしては珍しくしおらしいじゃないですか」


ユリウスのからかうような声が閉鎖的な空間に響く。

久々に聞いた弟子の不遜な発言に、アデルの眉が僅かに動いた。


「……なんのことだ」

「いや、だって今、随分と神妙な顔してましたよね?」


ユリウスは軽く肩をすくめ、壁にもたれかかる。


「もしかして、俺に助けられたのがそんなに悔しかったんですか?」

「なっ……なにを」


アデルの顔が赤く染まる。

言ってる場合ではないことはわかっているが、ユリウスの指摘はあながち間違いではなかった。


師匠たるもの弟子をよく見守り導くべし、という言葉がある。

実際アデルはその教えに感銘を受け、自身もそう在ろう、と心得ていた。

故に、弟子のユリウスにそうホイホイ助けられては立つ瀬がないのだ。


「……ふざけるな」

「ふざけてませんよ」


誤魔化すようにアデルは低く呟いた。ユリウスはそれを聞き逃さず、少し笑みを深める。

壁にもたれかかったまま、膝を立て、リズムを刻むように指でトントンと弾いた。


「あの時のこと、まだ怒ってますか?」


急に真面目な声色になったユリウスに、アデルは目を瞬かせた。


一瞬、なんの話かと思ったが、すぐに察する。「師弟関係だから」と突っぱねた、あの日のことだ。

アデルは目を伏せ、静かに息をついた。


「怒る理由がない」

「嘘ですね」


間髪入れず返された言葉に、アデルはわずかに顔を上げる。


「師匠、俺のこと避けてますよね。今日だってそうだし、ここ最近ずっと」

「お前が余計なことばかり言うからだ」


淡々と返したものの、ユリウスの表情は険しくなるばかりだった。


「"師弟関係だから"って、それで全部済ませようとするの、ずるくないですか?」


アデルは僅かに目を見開く——が、ややあって皮肉混じりに口角を上げた。


「そういうお前こそどうなんだ。普段あんなに鬱陶しかったお前が、あの日から随分と他人行儀になっていったじゃないか」

「あれは……!」


珍しくユリウスが言い淀む。しかしアデルの口撃は止まらない。


「今日だってそうだ。露骨に不機嫌そうな態度を取ったかと思えば、話の途中で勝手に現場に向かおうとする。まったく、任務の説明中にふてくされた顔をされるこっちの身にもなれ」

「……」

「それだけじゃない。やたらと私のことを睨んではなにか言いたげな顔をするくせに、すぐに視線を逸らしてだんまりを決め込む。あれは一体どういうつもりだ」

「……師匠?」


何故かユリウスの瞳が棘のあるものから気遣わしい色に変わっていった。

それでもアデルは意に介することなく続ける。


「不満があるならさっさと話せ。言わないくせに、私が気づかないことに腹を立てるんだろう? そんなもの、ただの子どもの駄々も同然——」


アデルの言葉を遮るようにユリウスの腕が伸びる。

あれと思う間もなく引き寄せられ、身体中を覆うように抱きしめられた。

突然の行動にアデルの思考が停止する。


「——やっぱり。なんかおかしいと思っていたんですよ」

「は……離せ! 急にこんな……」

「寒いんでしょ、師匠」


言い当てられ、アデルの肩がピクンと跳ねる。


「なにを言って……」

「寒いんですよね? さっきからずっと震えてるし、唇も青い」


ユリウスは腕を緩めるどころか、ジャケットを広げてアデルの身体をすっぽりと包み込んだ。

ふわりと鼻を掠める香りに思わずアデルは息を潜める。


「師匠こそ、意地を張りすぎですよ。俺に気を遣って遠慮したつもりでしょうけど、そんな薄着で動きもせず長時間地底にいたら誰だって冷えますって」

「ち、違う」

「違くないです」


即答するユリウスの声は、どこか優しげだった。

ジャケットの上から大切なものを扱うようにそっと抱きしめ……少ししてフッと吹き出した。


「なんか師匠、ずっと力んでますよね。肩にすごく力が入ってる」

「う……うるさい、そんなわけあるか!」


顔を真っ赤にしながら反抗するアデルだが、この状況下では全然説得力がない。

ユリウスは優しくアデルの背を撫でながらぽんぽんと軽く叩く。


「ほら、力抜いて」


アデルは抵抗しようとしたが、思った以上に疲れていることに気づいた。じわりと体温が伝わるのを感じる。


「どうせ救助まで時間がかかるんです。助けが来るまでこうしてましょう。その方が俺も暖かいですし」


しばらくの沈黙の後、アデルは観念したように小さくため息をついた。


「……ったく、お前は本当に……」


力なく呟きながら、ほんの少しだけユリウスにもたれかかる。その変化に気づいたユリウスは、満足そうに微笑んだ。



——数時間後。駆けつけた隊員たちが目にしたのは、ユリウスの腕の中でぐっすりと眠るアデルの姿だった。

二人の無事が確認され安堵が広がる一方で「もしかして二人は特別な関係なのでは?」という噂がまことしやかに囁かれるようになったが、それはまた別のお話。



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