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7. 気まずい二人



ぎこちない空気が漂う中、それでも淡々と日常は過ぎていく。


「おはようございます、師匠」

「ああ、おはよう」


いつも通りの挨拶。いつも通りの朝——のはずなのに、まとわりつく違和感を拭えない。


最低限の会話しか交わさず、必要なやり取りだけを淡白にこなし、任務が終わればすぐに解散する。まるで互いの領域に踏み込まぬよう、距離をおくかのように。


あれからというもの、以前のようにユリウスが馴れ馴れしく距離を詰めてくることはなくなった。けれど、あの日を境によそよそしくなり、それでいて発言や態度の端にはどこか棘を含むようになった。

一方でアデルもまた、彼に対してどう接すればいいのかわからなくなっていた。


「……」


ちらりと横目でユリウスを盗み見る。いつもと変わらぬようでいて、どこか冷めたような横顔。

以前であれば、アデルの視線にすぐ気付いて余計な軽口と一緒に嬉しそうな表情を見せるのだが……。


(……面倒くさい)


内心で嘆息しながらも、なにも言えず、なにもできず。気まずさばかりが募っていった——





「通達にもあった通り、ここ最近、D地区でメトロスチームの供給が滞る事案が発生している。報告書によると、地底を通るパイプの一部に大きな亀裂が——」


淡々とした口調で任務の説明をするアデルの声が、どこか遠く感じる。

目を細めながら彼女を見つめるユリウスだったが、すぐに小さく鼻を鳴らすと、つまらなそうに視線を逸らした。


(本っ当に面倒くさい)


アデルはいつも通りを装っているつもりなのかもしれないが、どこかぎこちないのは、やはり先日のことを引きずっているからだろう。

かといって、そう簡単に和解できるほどユリウスに余裕などあるはずもなく。

そうこうしている内に、腹を割って話す機会をすっかり失ってしまった。


(師弟関係がどうのとか言うくせに人の顔色ばかり伺って。俺が気付いてないとでも思ってるのか?)


内心で毒づきながらも、それを表に出すつもりはなかった。今さらまた不用意な発言をしたところで、事態が好転するなど考えられない。


「……了解です。さっさと終わらせましょうか、師匠」


思ったよりも冷たい声になった気がするが、もうどうでもいい。

案の定、視界の端でアデルが肩をわずかにこわばらせた。

それを見てまた一つ、感情の波が心の奥でうねったが、それを表に出すつもりはない。

ユリウスはそれ以上なにも言わず、先陣を切って歩き出した。



***



巨大パイプ管の通路を二人は無言のまま歩く。

頭上の遥か彼方には無数のパイプが縦横無尽に張り巡らされ、ところどころでかすかに蒸気が漏れ出していた。

高濃度のメトロスチームが通るそれらは、都市を維持する生命線でありながら、一歩間違えれば脅威にもなり得る。

冷たく鈍い鉄の匂いが鼻をかすめ、時折、パイプの接続部が軋むような音が小さく響いた。

湿った空気と閉塞感。光の乏しい空間は、どこまでも続く迷路のようだった。

アデルもユリウスもそんな環境には慣れきっている。ただ、互いの気配だけを感じながら淡々と足を進めた。


「……あった」


アデルが立ち止まり、壁を這うパイプの一部を指さした。

植物の根のように絡み合うパイプの隙間から覗く一際太い管の一部。

そこに大きな亀裂が走っており、白い蒸気がもくもくと漏れ出ていた。


「メトロスチームが漏れ出てる。供給不良の原因はこれか」


パイプの劣化による破裂であれば全部品を撤去する必要があるが、幸いにも周囲の部位はそこまで痛んでいなく、亀裂を修繕できれば再利用できそうだ。

羽織っていたジャケットを脱ぐと、それをユリウスが無言で受け取り、丁寧に畳んだ後に通路の隅に置いた。

絶賛喧嘩中ではあるものの、こういう時は感情に流されずしっかりと協力してくれる姿勢は評価したい。


ゴーグルとマスクを装備したアデルは腰のポーチから修繕用の器具を取り出し、壁に絡みついたパイプに足をかけ器用に登っていった。

小柄なアデルだからこそできる、足場の悪い高所での精密な作業。

灰色の爪の中でアデルが重宝される理由の一つでもある。


立ちこめる蒸気を見極め、複雑に絡まるパイプの隙間に細い腕を突っ込み、注意深く補修パッチを当てていく。しばらくすると白い蒸気が徐々に細くなっていった。

その間ユリウスは周囲を警戒しながら、アデルの作業を静かに見守っていた。


「ふぅ……よし、終わった」


念入りに確認を済ませ、ひらりと下に降りた。

最後に補修箇所を見上げて問題なく作動していることを確認すると、ようやく肩の荷が降りたように一息吐いた。

ぶるる……と身を震わせる。

作業中は気にならなかったが、地底の空気はひんやりと湿っており、動かないでいるとあっという間に体が冷えてしまうのだ。


「問題なさそうですね」


隣でユリウスも見上げる。

久々の急接近に思わず体が硬直してしまう……が、以前のような馴れ馴れしい詰め方ではないせいか、どこか距離感を感じる。

そう思いかけて、慌ててアデルは思いをかき消すかのように首を横に振った。

一瞬でも物足りなさを感じた自分が恨めしい。


「帰還しよう」


悟られないよう短く言葉を発し、身支度を整えようと折り畳まれたジャケットの元へと歩を進めた。

しかし、その瞬間——


ゴゴゴゴゴ……!!!


突如、轟音とともに足元が大きく揺れた。

辛うじて転倒を免れた二人だが、あまりにも酷い縦揺れにその場から動くことができずにいた。

何度目かの激しい揺れが続いた後、周囲の床に亀裂が走り、甲高い爆発音と共に白い蒸気が立て続けに噴射した。


「師匠!!」


咄嗟にユリウスがアデルの腕を引いた。

その直後、アデルが立っていた場所の床が破裂し、中から勢いよく白い蒸気が噴射した。

間一髪直撃は免れたものの、今度は頭上の古びたパイプが衝撃に耐えきれず、鈍い金属音を響かせながら剥がれ落ちていく。


「っ……クソッ!」


崩落を避けながらアデルの身体を庇うユリウスだったが、降り注ぐ鉄パイプの雨に退路を絶たれてしまった。

蒸気が満ちる中、アデルとユリウスはわずかに確保された狭い足場に取り残される。周囲を見渡してもこの状況を打破できそうな道筋はない。

——いや、一つだけ見つけた。

狭い通路の壁際に絡みつくように伸びたパイプの群。そこに僅かな空洞ができているのを見つける。

そこならば、落ちてくる鉄塊を避けられるかもしれない。


考える間もなく再びユリウスはアデルの腕を引いて走った。

無理矢理アデルを空洞の中に押し込めた後、滑り込むようにユリウスも続く。

直後、まるで天が崩れたかのような轟音が響いた。

幾重にも重なる鉄の塊が無慈悲に降り注ぎ、外の空間を埋め尽くしていく。

砂埃と煙が空洞の奥へと侵入し、空洞の中にまで広がる。

鉄の軋み、粉塵の匂い、そして振動。五感すべてが混濁し、しばらく何も聞こえなかった。


ユリウスは荒い呼吸を整えながら体を壁にもたれさせた。

隣を見ると、アデルも同様に肩を上下させながら呆然と宙を見つめていた。


(……ギリギリだった)


先ほどの出来事を思い返すと、背筋が冷える。

パイプの破裂は予兆もなく、あまりに唐突だった。

あと少しでも判断が遅れば、二人とも崩れ落ちてくる鉄塊に巻き込まれて悲惨な目に合っていたことだろう。


肩を揺らしながら息を整え、ユリウスは身じろぎする、しかし——


「……」


視線を戻した先で、思わず顔を引きつらせた。

先ほどまで開いていた空洞の入り口が、崩れ落ちた鉄塊によって完全に塞がれていた。


「閉じ込められた……」


低く呟くユリウスの言葉が、二人の間に重く満ちた。




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