11. 出会いときっかけ
「立てるか、少年」
黒い髪をたなびかせながらユリウスに手を差し伸べた。
彼女の背後には、汽化獣の骸が煙を立てながら転がっている。
「安心しろ、あの汽化獣は倒した。だが、いつまでもここに止まれば、また違う個体に——」
途中でなにかに気付いたように、彼女は金色の瞳を細め、そして息を呑んだ。
「その武器……」
視線の先には、半開きの状態で使い物にならなくなったクロウが転がっている。
彼女は無言でクロウを手に取り、細部を確認する。そして、険しい表情で静かに言った。
「誰かに細工されたのか」
彼女の言葉に喉の奥がひりつく。
ユリウスは静かに唇を噛んだ——
——ユリウスが「灰色の爪」に入隊したのは十四歳のとき。
その才能は見習い期間のうちから頭一つ抜けており、戦闘技術や判断力においても同年代の見習い隊員を圧倒していた。
当然ながら上層部の目にも留まり、将来を期待される存在となっていった。
しかし、その有能さがゆえに一部の隊員からは妬みや反感を買うことも多かった。
ユリウス自身の態度も問題だった。
生意気で、どこか周囲を見下したような言動が目立ち、敵を作ることも少なくなかった。
上官や先輩の指導に素直に従おうとせず、反抗的な態度を取ることも多かったため、「優秀だが扱いづらい問題児」としても有名だった。
その日ユリウスは、見習い隊員が立ち入りを禁じられている場所——地底へと足を踏み入れた。
ことの発端は同期からの伝達だった。
「地底の上層で実習が行われる」と聞かされ、今すぐ向かうようにと急かされたのだ。
怪訝に思いながらもユリウスはその言葉を信じた。だが、辺りを見回しても、人の気配は一切なかった。
「……なんだよ、どういうことだ」
眉をひそめながら、ユリウスは周囲を見渡した。
嫌な予感がする——そう思った矢先だった。
カチリ、カチリ……と金属音が近付いてくる。
反射的に腰のクロウに手を伸ばし、展開しようとした。しかし——
ガクンッ
「——え」
クロウが、開かない。
焦って何度も展開しようとするが、機構がかみ合わず、半開きの状態で止まってしまう。
「……なんでだよ」
何度試しても反応がない。
おかしい。確かに整備は済ませていたはずなのに。
——細工されている
その事実に気づいた瞬間、全身の血の気が引いた。
恐らく誰かがクロウに手を加え、使用できないようにしたのだ。
そしてここに呼び出された理由も——
背後からの殺気に背筋が凍る。
振り返ると、そこには巨大な影があった——汽化獣だ。
複雑に絡み合う鉄パイプと崩れ結晶をまといながら、汽化獣は地を蹴ってユリウスへと飛びかかった。
「っ……!」
咄嗟に横へ転がり、辛うじてその爪を避けた。
だが、肩に鋭い痛みが走る。爪の先がかすめたのだ。服が裂け、じわりと赤がにじむ。
武器を持たないままの戦いは厳しく、紙一重で避けながらも、ユリウスの身体は次第に傷だらけになっていく。
視界が揺れ、意識が遠のいていく中で、唯一浮かんだのは悔しさだけだった。
——こんなところで、終わるのか。
その時、鋭い声が響いた。
「伏せろ!!」
ユリウスの身体が咄嗟に地面に倒れ込むと、闇の中を疾るような影が横切った。
長い黒髪をなびかせ、金色の瞳を鋭く光らせながら、汽化獣に飛びかかる女性隊員。
的確な動きで獣を仕留めるその姿に、ユリウスは瞬きすら忘れていた——
***
「——他に選び放題だろうに。何故、私なんかに告白した?」
アデルの声に、スッと現実に引き戻された。
見ると、居心地悪そうに視線を逸らしながら、黒髪の毛先をくるくると弄る彼女の姿があった。
ユリウスはそんなアデルの様子を見て、口元に笑みを浮かべた。
──何故、か。
ユリウスの脳裏に、あの日の記憶が鮮明に蘇る。
同期からの悪意、武器に仕掛けられた細工、汽化獣との戦いで負った深手、死を覚悟した瞬間に現れた、一人の隊員。
長い黒髪をなびかせ、金色の瞳を鋭く光らせながら、まるで迷いのない動きで敵を仕留めた姿——。
あの時彼女に助けられていなかったら、今の自分はいなかったかもしれない。
……だが、それをアデルに言ったところで、彼女はなにも覚えていないのだろう。
きっと、彼女にとっては取るに足らない、数ある救助任務の一つに過ぎなかったのかもしれない。
わざわざ口にするだけ無駄か──。
ユリウスは小さく息を吐き、飄々とした笑みを浮かべた。そして、からかうように肩をすくめる。
「さあ、なんででしょうね?」
「……おい」
「あれこれ考えたって答えは出ませんよ師匠。好きなもんは好き。それだけじゃダメですか?」
アデルは明らかに動揺し、言葉に詰まった。
ユリウスはそんな彼女の反応を面白がるように、わざと軽い調子で続ける。
「それとも、そんなに理由が知りたいなら、今度じっくり語ってあげましょうか? 二人きりで」
「……っ! いい!」
完全に翻弄され、アデルはバッとユリウスから目を逸らす。小さく「……怖っ」と呟きながら。
そんな彼女の様子に、ユリウスはますます笑みを深めるのだった。




