6 貴族子息になれ(1)
(ちょーっとやり過ぎたかなぁ)
ピメントの執務室を出て、新たに私室として与えられることとなった部屋に案内されながら、トーガシュは少し反省していた。
前情報から単純な人物のようだったし、手を上げようとしてきたからこちらも文字通りマウントを取ってやろうという、ただ軽い気持ちだったのだ。マウントにはマウントを。最初が肝心だろう。
それに、トーガシュの両親を襲った悲劇について事前に情報を得ていたからこそ、一応、ピメントも容疑者の可能性はあるか、そこまでいかなくてもトーガシュの存在を快く思っていない可能性もあると考え、反応を見たかったのもある。
しかし、ほんのちょっと、極々僅かな時間、喉元をギュッとしただけだったのに、ぶるぶると震え、兄との思い出から長々と語り出したから、全て杞憂だった。
どうやら脅し過ぎたようだ。
貴族に物理的暴力は効きすぎるらしい、とトーガシュは頭の中にメモをした。
(それにしても、愛溢れる人だった)
ピメントの話は全編通して兄への想いに溢れていた。
長い話にもかかわらず、彼の口から出てきた人名はパーニシュとトーガシュのみだった。パーニシュの妻、つまりトーガシュの母の名さえ出てこなかった。
思わず、「愛ですね」なんて柄でもない感想がこぼれ落ちてしまった。……あまり伝わっていないようだったが。
『貴族らしく高慢、責務を最低限果たすタイプで向上心はない』という事前のピメント評に、『兄大好きというか盲目的に崇拝、自己評価低め、情に厚い』を足しておくことにした。
「トーガシュ様」
今までよりも広く豪華な部屋に到着し、ソファに落ち着いたところで、ここまで先導してきた家令がこちらに向き直り呼びかけてきた。
いかにも優秀そうな彼の名は、クラース=ドゥ=カプシック。
トーガシュの調べによると、青年期からこの家に仕え続けており、ピメントの信頼は誰よりも厚く、事実、現タカメッツ家の内外の実務の枢要を担う。雰囲気通り、実務能力はかなり高い。分家の出で、タカメッツ家一族によく見られる赤毛の系統を受け継ぎ、今は白髪メッシュの赤髪。
「旦那様からは今後について具体的な説明がなかったかと思いますので、私めからご案内いたします。これからトーガシュ様にはマナーをはじめ、基礎教育を受けていただくことになりますので…」
澄ました顔でつらつら説明を続ける家令クラースについても、情報を追加すべきだろう。
というのも、この男、先程ピメントが語りに語っていた最中、何度か執務室を覗いていたのだ。
事を起こした本人であるトーガシュが言うのもなんだが、貴族家当主が、ついこの間まで孤児だった少年を肩車状態で膝をついて懺悔するようにくどくど話している様は、控えめに言ってかなり異様だったろう。
なのに、この男クラースは、その光景を見ても「ですよね、そうなりますよね」とばかりに小さく頷いてみせるだけで、仕える主人を心配することもなく、話がいつ終わるのか把握するためだけに様子を窺っていた。忠誠心はどうしたんだと、トーガシュはガン見してしまった。
「…パーニシュ様はお小さい頃から魔術に大層ご興味をお持ちでした。トーガシュ様も才を受け継がれておられるやもと愚考し、パーニシュ様と親交のあった高名な魔術師を早速明日から家庭教師としてお招きする予定ですので…」
「…パーニシュ様は非常に勤勉であられて、5歳の頃より午前は勉学、午後は魔術や鍛錬といったように、丸一日をご研鑽にあてておられました。トーガシュ様も、最初は大変に感じられるかもしれませんが、是非同じスケジュールでお過ごしいただきたく…」
「…多才なパーニシュ様は馬術に加え、武術も広く嗜んでおられましたので、トーガシュ様にも是非一通り経験していただこうと思っておりましたが、先程のあの見事な動きに耐久力! 今後が実に楽しみです! そこで、スケジュールを見直してより効率的に…」
(おいおい、こいつもパーニシュ崇拝が甚だしいな…)
クラースの口からもひたすらパーニシュの名が連呼される。
どうやら、パーニシュへの崇敬の念により、クラースの中では、先ほどのトーガシュの蛮行が麒麟児の才の表れと変換されたようだ。
ピメントもクラースも、パーニシュが関わるとまともな判断も論理的思考もできなくなるのでは、と若干の疑念がトーガシュの中に生まれた。ピメントの話も、あまりにもパーニシュを美化しすぎていやしないかい、という突っ込みどころが多々あった。
(まあ、死者は思い出とともに美化されがちだというからな…。いや、そんなことよりも!)
情緒面での発達に不安があると自覚しているトーガシュにとっては、彼らの熱量に辟易もするし、一生共感できる気もしないが、まずは、疎まれずに受け入れてくれたことを素直にありがたがろうか、と受け止めることにした。
前世から数えても初めての、血縁関係ある人々との邂逅なのだ。『慣れぬことには素直にあたるのが一番』という教訓もトーガシュの前世の経験にはある。
生後間も無くの事件には謎も多く、ゆくゆくは調査も必要かもしれないが。
でも、今はそれよりも。
(魔術も勉学、馬術、武術も! これから鍛錬し放題だ!)
ただただ、死んでも治らなかった鍛錬バカの血が騒ぐ。
(しかも父パーニシュへの崇敬が強すぎるから、自己研鑽にどれだけ励んでも、褒められることはあっても止められることはないだろうし。最高の環境だな!
つまるところ、当面のミッションは『貴族子息になれ』だな。ミッションをこなすのと同時に鍛錬ができるなんて、なんと効率のよいことか!)
クラースの話を半分以上聞き流しながら、ウキウキで具体的な鍛錬計画を詰めていく。とても楽しい時間だ。
明日から全力で鍛錬に励むためにもと思い立ち、トーガシュは、逸る心のままに、先ほど酷使した脚のストレッチを始めた。
しかし。
「話の途中でいきなり運動しだすなんて! 貴族子息としてはあるまじき振舞いですよ! 品行方正であられたパーニシュ様は使用人に対しても実に丁寧に接して……」
とクラースに叱られた。当主の肩に乗りながら話を聞くのは許されたのに? とトーガシュは遠い目になった。叱られポイントが不明だ。
真顔で滔々と詰めてくるクラースは普通に怖かったし、説教が長くてうんざりした。
クラースに関しては、『敬虔なるパーニシュ信者、説教長い、怒らせない方がいい』という情報を足しておくことにした。
鍛錬の効率性を求めるのもほどほどにせねば、と一応反省したが、トーガシュの鍛錬バカはまだまだ治りそうにもない。




