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前世工作員は転生しても指令(ミッション)がお好き  作者: 寿多らんか


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3/7

3 状況を把握せよ



 ふっと意識が浮上した。

 トーガシュは、すぐに目を開けず、規則正しい呼吸を続けながら、いつものように、まず自分と周囲に意識を向ける。


 身体が重い。

 頭が痛い。

 吐き気もある。

 (まぶた)には陽の光を感じるから、いつもの起床時刻ではないだろう。

 身体を包む布団も明らかに違う。いつもの薄い毛布でなく、今は明らかにきちんとしたベッドに寝ている。現世では初めての感触だ。

 周囲に人の気配はない。孤児院なら、毎朝誰かしらに乗り上げられているのに。


 そこまで考えてから、ゆっくりと目を開け、辺りを確認する。

 質素だが、清潔感のある、見覚えのない部屋。孤児院とはまるで違う、おそらくとても裕福な家。


 ベッドサイドに水差しを見つけ、重い身体をなんとか動かす。一応、匂いと色を確認した上で、ゆっくりと水を飲み下した。


(熱を出したところまでは覚えている。前世を思い出したことも。ここは診療所、ではないな。何があったんだろう)

 前世と異なり、孤児院の子どもが病気や怪我をしても医者にかかることは、まずない。

 少なくとも、トーガシュの暮らす孤児院は、ただ住む場所を提供するだけだ。稀に、寄付された衣服が支給されることはある。

 孤児たちは、孤児院の隣の畑で農作業をし、畑から()れる作物の一部を食料とすることが許されている。残りは徴収される。赤子の世話や掃除に炊事洗濯は、全て子どもたちで分担して行う。通いの家政婦がいるが、院長たち大人の世話しかしない。街でのお使いで稼ぐ僅かな金銭で、自分たちに必要なものを(まかな)う。孤児院は孤児を育む場所ではなく、孤児がただ共同生活を送る場所に過ぎなかった。

 だから、熱を出したトーガシュも、本来であれば、隔離されて放置されるのが普通の対応のはずだ。


 それが、何故こんなに清潔な環境に置かれているのか。


(……うーん、分かんないな)

 ベッドから出るほどの体力もなく、殺風景な室内に何の手掛かりもない。

 分からない問題は即、棚上げする男児・トーガシュは、考えるのを諦め、再びベッドに仰向けになった。


(そういや、前世を思い出したってことは、あれか。『異世界転生』ってやつ? 情報収集しとけばよかったかなあ)

 することもないベッドの中で、トーガシュは、うつらうつらとしながらとりとめもなく考える。

 前世、最期の数十年の多くを極東の島国で過ごした。もちろん仕事だ。その国で『異世界転生』なるジャンルの様々な娯楽が流行していたことを思い出したのだ。

 それまでの人生で触れてきた宗教観とはかけ離れた死生観だったため印象的だった。しかし、その島国では外国人として活動していたため、あまり現地に馴染みすぎるのも任務遂行に(さわ)るかと、必要のない情報を積極的に集めることはしなかった。……単にそもそも娯楽一般に興味がなかっただけともいうが。

 だから、そのジャンルの代表作とか、よくある設定とかを全く知らない。あのとき調べていたら今役立ったか、と少し思ったが、いや今更どうしようもない、興味なかったし、とあっさり開き直った。

 それにしても、『転生もの』があんなに流行っていたのはノンフィクションだったからかー、とトーガシュは(いた)く納得した。世界の神秘に触れた気がして少しテンションが上がった。



◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 それから、トーガシュは多分5日間ほど、部屋に軟禁された。熱の影響か、とにかく寝ている時間が長かったので曖昧だが、多分それくらいだ。

 夢うつつを繰り返し、合間にメイドのような人々に水分や栄養を補給してもらい、身体もしっかりごっそりすっきりきれいにされた。現世で初の風呂だった。その間、芋洗い、という言葉が頭から離れなかった。

 清潔な服も着せてもらい、ピアスも返された。

 

 そう、ピアス。

 一度、執事的な人と医師的な人がやってきて、ピアスを渡されたのだ。トーガシュが孤児院に拾われた時には既に耳に付いていたというピアスを。


 この世界は、トーガシュの前世と異なり、魔法というものが存在する。この世界の人間は誰もが魔力というものを持っているという。

 トーガシュがこれまで院長室でこっそり読み漁った子供向け教本や街で聞きかじって仕入れた知識によれば、人の魔力量は個人差がとても大きいそうだ。魔力量には遺伝要因もあるそうで、魔力量が膨大な者は高位身分に多いらしいが、それは今はおいておく。


 魔力量が小さければ特に問題はないが、一定量を超えると魔力制御というものが必要になる。体内の魔力を適切に循環放出していないと文字通り爆発するそうだ。人体が爆発するのである。高魔力であればあるほど周囲を巻き込んで大爆発するというから、大惨劇である。

 もっとも、魔力制御自体は、赤子でも自然と習得する者がいるほど容易で、一度習得すれば基本的には寝ていても意識を失っても継続できるため、いろんな偶然やら如何ともしがたい事情やらが積み重ならない限り、そんな惨劇が起きることはまずない。

 しかし、その極稀ではあるもののゼロではない可能性をゼロにするため、この国を含む多くの国では魔力制御を補助する魔道具の着用が義務付けられている。


 この国では、出産前に親がピアス型の魔道具を用意し、生まれてきた子に装着するのが一般的だ。ちなみに、魔道具を付けていない孤児は発見され次第、保護というか捕獲されて魔道具を装着される。しかし、やはり親が愛情をもって用意する魔道具に比べて性能が落ちるという噂があり、万が一でも人体爆発に巻き込まれたくないと、その意味でも孤児は一層歓迎されないのである。

 このピアス型魔道具は、一度装着すると死ぬまで外れない仕掛けになっていると言われている。魔力は生命力と通じるらしく、生命力が失われた時に外れるようになっているのだとか。己の魔力で魔道具自体のメンテナンスも自動でされる優れものだ。


 説明が長くなったが、そのピアスが。死ぬまで外れないというそのピアスが、外された状態でトーガシュに手渡されたのだ。

 当然、トーガシュは混乱した。

(え、僕って一度死んだの? え、まさかのこれは3度目の生!?)

 そんなトーガシュに医師らしき人が投げた言葉は。


「早く着けなされ」

 という一言のみだった。

 トーガシュが何を聞いても彼らは「いずれ説明がある」の一点張りで、ピアスが装着されたのを確認して早々に退出していった。


(なるほどね。情報はタダでもらえると思っちゃいけないよね)

 トーガシュはニヤリと笑い、まずはストレッチから始めた。


 

 そして、数日掛けて、こっそり部屋から忍び出てはトレーニングがてら盗み聞きやら資料の盗み見やらを繰り返し、情報収集に努めた。

 部屋のドアに鍵は掛かっていたものの、見張りもなく、実にちょろかった。ピアスに巻きつけていた針金は無くなっていたが、簡単な造りの錠前なんてトーガシュにかかればあってないようなものである。


 自分がここにいる理由や屋敷の間取り、ついでに屋敷内の人間関係やはたまた財政事情まで把握しかけた頃。

 トーガシュは部屋を出るよう促され、屋敷で最も立派な執務室に案内された。ここまでに調べたところによれば、奥の立派な机で書類仕事をしている、真っ赤な髪の肥えた貴族の男がこの部屋の、そしてこの屋敷の主だという。

 名はピメント=ヴァン=タカメッツ。この国の伯爵位を有している。トーガシュとの対面にここまで日数を要したのは、ピメントとトーガシュとの間の血縁関係を確定させるのに時間がかかったから。もっとも、表向きにはその間トーガシュはあの部屋で軟禁されていたから、今までに誰からも何も説明を受けていないが。

 解錠や天井・梁移動などの孤児院での毎朝の訓練が早くもここで役に立ったとトーガシュは密かにご満悦だった。


 扉近くで立たされること数十分。

 赤髪の男ピメントがようやく手を止め、重たげな瞼の奥からこちらを見やると、控えていた家令がトーガシュを机の前に促す。家令は、そのまま部屋を出て行き、ピメントと二人きりになった。


「みすぼらしいガキだな。

 い、いいか、お前は孤児だったんだ。その、なんだ、卑しさがその身に染みついている。一生卑しいままだろう。

 それでも拾ってやるのだから、いいか、一生恩に着て私の言うことを聞いていろ。そうだ、決して出しゃばるな。我がタカメッツ家の名を汚すな。分かったな」


 いかにも高慢そうな顔つきを不器用に歪め、赤髪の男が言い放った言葉に、トーガシュは(ふうん?)と顎を上げた。

 男の赤茶色の眼はきょどきょどと落ち着きがなく、呼吸も浅く、その指は震えている。


「いえ、すぐに出ていきます」

「……な、何だと」


 わざと口の端を上げながら言ってやれば、男は簡単に動揺し、大きな音を立てて立ち上がり、威圧するようにトーガシュの前に立ち塞がった。


「勝手に拾われて恩に着ろと言われても。嫌なのですぐに出て行くと言ったんです。今度は聞こえましたか?」

「なっ! 出て行くだと!? それなら、こ、こうするぞ!」


 トーガシュが再び煽ってやれば、男は顔を真っ赤にして手を振り上げた。


(やっぱりこのおっさんちょろいな)

 その手を目で追いながら、トーガシュは音も立てずに跳び上がる。そう、孤児院で毎朝していたように。


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