2 前世を思い出せ
トーガシュは、おそらく夢を見ていた。
おそらく、というのは、たまに見る普通の夢とは少し違っていたからだ。
夢の中で、トーガシュは薄暗い空間に座っているようだった。目の前には、それなりの大きさのスクリーンだけが浮かんでいる。
そこに、映画のように映像が次々と映し出される。
最初に映ったのは、今暮らしているのとは違う孤児院。だけど、トーガシュにはひどく懐かしく思えた。
(あそこは確かに俺が育った場所。そこで、「国のために」として様々な教育と訓練を受けさせられたんだったか…)
映像はどんどんと流れていく。
それは、今のトーガシュとは全く違う姿かたちの男の子が、こことは異なる世界で、成長し、大人になり、そして死ぬまでの、彼の一生のハイライトのようなものだった。
(ああ、ああ、そうだ。あれは、俺だ。そうか、僕は、『トーガシュ』は、俺が死んだ後の新しい人生だったんだな)
こうして、トーガシュは、高熱に魘されながら、前世というべき前の人生をすっかり思い出した。
前世、彼は、地球と呼ばれる丸い星の上の、とある国に暮らしていた。
前世での彼もまた、孤児だった。
その国は独裁体制が敷かれていて、彼をはじめとした孤児たちは、「国のため」として洗脳に近い教育を受け、それぞれの適性に応じて仕事を用意された。概ね、汚れ仕事だ。
身軽で物覚えもよく、特に反抗することもなかった彼に用意されたのは、敵国等に潜入して様々な工作活動を行う、工作員や諜報員と呼ばれるような仕事だった。
はじめは、体術や暗器術、毒や化学兵器の専門的知識、監禁や拷問された場合の対処法などを徹底的に叩き込まれた。
実際に仕事が始まってからも、少年期は物騒な指令が多かった。
時代が下るにつれ、世界は急速に変化していった。科学技術がますます発展し、世界はどんどん狭くなった。
それに伴い、彼の仕事も、情報を扱うものが増えた。容赦なく下される指令のままに世界を飛び歩き、架空の人間になりすまし、様々な組織に紛れ込んで情報を掴んだり、誤情報を掴ませたり。体術よりもプログラミングやハッキング、文書偽造、特殊メイクなどのスキルをアップデートすることが肝要になった。
けれど、指令の内容が変わっても、彼は、幼少期から続けていた訓練を欠かすことはなかった。投擲術などは少し間を空けると感覚が鈍るし、何よりルーティンをこなすことで身体の些細な変化に気づくことができたからだ。……というのは建前で、こうして映像で客観的に振り返ると、ただの鍛錬バカにしか見えないことに気づき、トーガシュはひとり羞恥に震えた。
彼は、淡々と鍛錬と指令をこなす日々を、結局おおよそ60代くらいまで送り、東洋の島国で工作活動を送っている間に心臓発作か何かで死んだようだ。正確な享年も本当の名前も分からない。気がついた時には孤児だったし、本当の名前や年齢を教えてくれる人なんていなかった。
(ともかく、何故秘密の訓練を続けていたのか理由が分かってすっきりしたな。前世で毎日こなしていたのと同じような訓練をしていたんだな。ひたすら毎日やっていたから、生まれ変わってもやらないと落ち着かないんだろう)
前世を思い出して一番にトーガシュが思ったのはそんなことだった。
それに、幼少期から指令をひたすらこなす日々が染みついていて、きっと生まれ変わっても、自ら指令を下してでもそれを達成し続けるという行動パターンから抜け出せないでいるのだろう。
前世はもう終わった生。家族も本当の友人もない前の人生には、未練も何もないし、思い出したところで、あまり感慨もなかった。ふーん、なるほどー、ぐらいの感じ。
それよりも、今日一日中あった違和感の元が分かってすっきりした気持ちの方が大きい。
(この世界で毒は未履修だったな。ああ、あと、この世界は前世と違って魔法があるからな。魔法は早めに極めたいな)
羞恥に震えていたはずの鍛錬バカは、新たな訓練目標を見つけ、珍しくも心が高鳴るのを感じた。
今生のトーガシュは工作員ではない。だから、訓練なんて必要ないのに。そんなことにも思い至らないトーガシュの鍛錬バカは、生まれ変わっても治らなかったようだ。
夢の中のスクリーンはいつの間にか消え失せていた。
そして、トーガシュの意識は再び闇に沈んでいった。
今後も一話の文字数がバラバラになりがちかと思いますがご容赦ください…




