3:悩める魔法使い
【魔法使いマーズ】、それが舞台での私の名前。プルートさんが、1晩で考えてくださったのです。素敵だと喜ぶと、プルートさんはヘヘッと笑います。
「気に入ってくれて嬉しいよ。このサーカス団でマチルダは、可愛い魔法使いだ。覚えといてくれよ」
もう、可愛いなんて・・・また人をからかうようなお言葉を。それでもプルートさんから言われると、とても嬉しいのです。何故でしょう。
そんな思いを抱え、サーカス団の一員としての日々が始まりました。
団長であるジュピターさんのご指導で、サーカスは出来上がっていきます。曰く、サーカスは団体芸。1人1人の小さなパフォーマンスが、舞台の全てを担うと。私の魔法1つでも、舞台は大きく変わるとのことです。
皆様のパフォーマンスを彩るため、お客様をあっと言わせるため、このサーカスを楽しんで貰うため。教会にいた頃より、毎日必死に魔法を練習しております。
それでも【怠惰聖女】として蔑まれていた頃と比べれば、本当に幸せ。誰にも虐められず、見下されることも無く、仲間として受け入れられているのですから。
このサーカス団に入れて良かった。同時に、プルートさんと出会えて良かった、とも強く感じています。
彼は舞台で活躍する、素晴らしいパフォーマー。手品で皆様を魅了する、誰もが羨む人気者。
それでも暗くて内気な私にも、明るく優しいのです。
私の魔法の自主練習も、無理のない範囲で見守ってくださって。
緊張する私には、綺麗なお花を1輪渡してくれて。
明るさと優しさを持つ、とても素晴らしい方なのです。
もっと仲良くなりたい。もっと近くにいたい。もっと親しくなりたい。
いつしか、プルートさんへの感謝や恩義が・・・恋慕に変わっていました。
「プルートさんは、あくまで仲間・・・。こんな感情、間違いですのに」
「ん?プルートと何かあったのかい、マチルダ」
とある夜、うっかり独り言を、ジュピターさんに聞かれてしまいました。「何だい何だい?」と、不思議とニコニコしながら伺ってきます。
こんな時、上手な嘘や誤魔化しが出来たらどれだけ良いのでしょう。アワアワと顔を真っ赤にして慌てれば、「おやまぁ」と笑うジュピターさん。
「もしかして、プルートが気になってるの?良いよ良いよ、アイツは絶賛お一人様だからね」
「えっ、そんな・・・!」
「ただゲットするのは、ちょーっとばかし手を煩うかもね。舞台以外でも道化師を名乗って、本心も隠してるような奴だし」
それから熱が入ったのか、ジュピターさんはプルートさんについて、色々教えてくださりました。
本当なら、あまり聞いてはいけないかもしれませんが・・・「本心を隠している」という部分が、どうしても気になって。気付けば熱心に、その話に耳を傾けていました。
曰く、プルートさんは2年前の雨夜、ずぶ濡れの姿で、突然サーカス団に入れて欲しいと飛び込んできたのです。お召し物は貴族ご用達の上等品なのに、オンボロな仮面で顔を隠していたのが、印象的だったそう。
自らを【道化師プルート】と名乗り、素晴らしいカードマジックを次々と披露して。雑用でも何でもすると土下座までされたため、可哀想だから入れてあげた、とジュピターさんは言います。
「入団してすぐに化粧を覚えたら、今のような白塗りをするようになったんだ。
でもねぇ、プルートの奴・・・パフォーマンスの時だけじゃなくて、舞台降りてもずーっと道化師なんだよね。舞台以外でもプルートって名乗るし、カードマジック見せてくるし、白塗りとか一向に落とさないし。
明るくて接しやすいけど、どこか演じているようでさ。仮面や白塗りで、必死に取り繕ってる感じが否めないんだよ」
勝手に想像するのは、失礼だとは思います。ですがお話を聞くとプルートさんは、私以上に苦労された方なのでしょう。
今までプルートさんとは沢山お話ししましたが、ご自身のことはお話しになってません。もしかしたら、私には到底語れないような、辛い過去が・・・?
「でも・・・マチルダになら、心を開いてくれるかもね」
・・・え?
「だってアンタといるアイツ、心から楽しんでるんだよ。道化で誤魔化してないというか、ありのままの自分を出しているというか。アイツはアンタを気に入ってるから、きっとアンタを信じて、いつか話してくれるよ」
ま、女の勘だけどね!と大笑いするジュピターさん。そろそろ寝る時間だと、お部屋に戻っていきます。
本当に私が、プルートさんのことを分かるのでしょうか。
ですが、同時に・・・分かりたい、という思いも強くなっていたのです。