1:怠惰聖女、道化師に出会う
趣味は創作小説投稿、さんっちです。広く浅く触れてます。
全ての人の「再出発」に、幸あることを願って。
「執務を怠ける貴様に、聖女の器は無い!出て行け、この【怠惰聖女】め!!」
司教にそう糾弾され、私は教会から追い出されました。
私はマチルダ。孤児ですが、突然聖女の力に目覚めた者です。王都の教会に引き取られ、聖女としての務めを果たすことになりました。
ですが、教会にいた聖女は皆、良家出身の美しいご令嬢方。そんな中に紛れた、平民の私。孤児院の出自で、焼け焦げたような髪に大して整ってない顔。
見下されるのは、至極当然でした。
嫌がらせとして、掃除や洗濯などの雑務を押し付けられる。それに追われて執務をこなせず、周囲の信頼も失う。「怠けている」と冷ややかな目で見られ、また嫌がらせが加速するのです。
そんな悪循環の末に、私は【怠惰聖女】の烙印を押され、捨てられました。これ以上、虐められないと思えば気は楽ですが。
これから何処へ行けば良いのでしょう。既に消えた孤児院と、追い出された教会の中だけで、16年を過ごしたのです。私は、外の世界を知りません。
けれど、何となく分かります。この先に、私の居場所は無いのだと。
私は独り。何処へ行っても、独りぼっち。
そう思うと、足が動きません。どこかの路地裏で、うずくまることしか出来ないのです。こんな私なんて、こんな私なんて・・・。
「どうした?そんな泥だらけの場所にいたら、服が汚れるぞ」
明るい男性の声です。顔を見て失礼ですが、驚いてしまいました。だってその方、真っ白な肌に、林檎のように真っ赤で丸いお鼻でしたから。
「そ、そのお鼻・・・どこか、お怪我を?」
「ありゃ、道化師を知らないのか?」
道化師と名乗ったその男性は、手袋を付けた手から、ポン!と綺麗な1輪のお花を出したではありませんか。え、これを私に・・・?
「オレは道化師プルート!お間抜けな馬鹿野郎でも、泣いている奴は放っておけねぇ。これやるから、泣き止んでくれよ」
私、いつの間にか泣いていたようです。ちょっと恥ずかしい、でも嬉しい。こんな私を心配して、声をかけてくれるなんて。心配させてしまった申し訳なさと、話しかけてくれた嬉しさで、不思議な気分です。
「ご、ごめんなさい・・・お手を煩わせてしまい」
「いやいや。誰かを笑わせるのが、道化師の仕事だからな」
何故でしょう。明るく笑うプルートさんを見ていると・・・私も、笑えます。先程までの申し訳なさが消えて、心から嬉しいです。
「私は、マチルダと申します。それにしても、綺麗なお花を出すなんて・・・どんな魔法をお使いになったのですか?」
プルートさんは一瞬目を丸くすると、「ブッ、アハハハハ!」と大笑いしたではありませんか。私、変なことを申してしまったのでしょうか?
「魔法なんて希有なモン持ってりゃ、こんな道化なんかしなくても、ガッポリ稼いでるって!コレは手品。言っちゃ悪いが、種も仕掛けもあるパフォーマンスさ」
手品?魔法とは違うのですか。やはり世の中は、私の知らないモノばかりなのですね。
「魔法使いなんて、滅多にいないぜ。聞いたところによれば、風を操れたり水を出せたり・・・」
「火を起こせたり、ですか?」
指先から久しぶりに出した、火の魔法。蝋燭の灯火のように、ユラユラと揺れております。
私は聖女と言われたが故に、色々な魔法が使えます。教会にいた時は雑用に追われて、全く使っていませんでしたが。
魔法を見たプルートさんは「ギャッ!」と驚いて、尻もちをついてしまったようです。あっ、お召し物が泥で汚れて・・・大変、私はなんて酷いことを!
「本物の魔法を見たら、どんな反応をしてくださるのか」なんて私欲が先走って、取り返しの付かないことを!
「も、申し訳ありません!お召し物が・・・」
「す、スゲぇ!お前、マジの魔法使いなのか」
ですがプルートさんは、怒るどころか目を輝かせていました。
「マチルダだっけ。その力を見込んで、頼みがあるんだ!」
聞けばプルートさんは、先程のような手品や、お仲間さんと協力した大道芸を披露する、サーカス団の一員だそう。サーカス、こちらも初めて聞いた言葉ですね。
「オレ達、そこの通りで小さいショーをしてたんだが・・・団長の奴、足を挫いて次のパフォーマンスが出来なくなっちまってさ。
オレ1人じゃ華がねぇ!だから、マチルダのスッゲぇ力を借りたいんだ!!」
私に華があるのか、凄い力があるのかは分かりません。ですが助けてくださった方が、困っているのなら。私なんかで、助けられるなら。
ですがパフォーマンスとなると、人前に出なくてはなりません。こんな私が、人前に・・・そう思い詰めた途端、震えてきました。
「ど、どうしたマチルダ?」
「も、申し訳ありません・・・見られることに、緊張して」
緊張、という言葉で濁しましたが・・・怖いです。みすぼらしくて風変わりな容姿を、好奇な目で見てくる視線が。それを囁く陰口が。教会の中でも、どれだけ向けられたのでしょう。
「ん、じゃあコレ付けてみろよ。視線を感じなければ、少しは落ち着くぞ」
そう言って渡してくださった、カラフルな帽子に猫のお面。どうやらサーカス団の方々は、このように奇抜な格好をして、パフォーマンスをされるそう。
それは幸運です。この髪も、この顔も、隠すことが出来るなんて。
「ですがもし、魔法が失敗してしまったら・・・プルートさんに、ご迷惑を」
「その時はその時さ。寧ろオレが無理を言ってるのに、協力してくれてるだろう?お前に嫌な思いは、絶対させない。
だってオレは、見る人を皆楽しませる道化師プルートだからな!」
不安になりすぎる私に手を差し伸べながら、道化師さんは微笑んでいました。