野宿に舞い降りたアイドル
桜が必死に勝ち取り、楽しみで眠れないほどの行事。野宿の日がやってきた。
実際は八神の親戚からテントなどを借りて行う春キャンプである。桜にとっては野宿でもキャンプでも、名前なんてどっちでもいい。友達や同年代と、楽しそうな遊びができることが嬉しいのだ。
家から八神家への道中は、用心に用心を重ねた。バイクの速度は抑えめに、誰も見てないこと、見られても問題ない村民かをよく確認しつつ、八神本家を経由して、夕暮れ時には橘平の家までたどり着いた。
「いらっしゃい!」
「こんにちは、こんばんはかな?あ、そちらが」
「大四優真です。橘平くんからお話は聞いてます。優真と呼んでください」
「では優真さん。桜とお呼びください」
じゃ、じゃあ桜さんで、と優真は恥ずかしそうな声で答えていた。
同じ苗字ばかりで男女関係なく名前呼びが多いのに、どうも桜の前だと、自分も含めて名前を呼ぶのが特別な感じになってしまうようだ。
優真は女子が参加すると聞き、もちろん「彼女!?」と反応した。しかし橘平からその子の家柄を聞き「それは絶対違うね。お伝え様ね」とすぐに取り消した。ちなみに優真も一宮に同年代の娘がいたことは知らなかった。
また、彼女がお忍びである事、今日の事が絶対に家にはバレてはならないということも伝えた。
口は軽いほうではないはず、と信じて話したところ「いいね、秘密。僕たちだけの、絶対に隠し通すやつか。映画みたいでいいね」と変にノリ出してしまった。なんにせよ、この秘密をばらすことはないだろうと思われる。
自己紹介も済み、彼らは夕飯の材料や食器などを持ち、早速、テントのある場所へ向かった。テントはすでに、明るいうちに橘平と優真、そして橘平の祖父の力を借りて設置してある。桜用と男子用の2つだ。本当は桜もやってみたかったのだが、家のことで夕方からしか参加できなかったのだ。
歩きながら、優真は自分の趣味の話をし、桜にも何か趣味や好きなモノ・コトはあるのか、という質問をしていた。
桜の好きなものは猫や犬、通学時のバイクの風、趣味は読書だという。さまざまなジャンルを読むということで、優真が好きな海外小説も読んだことがあるらしい。
そこに優真は食いつき、桜と感想評論大会を始めていた。クラシカのプラモを作ったときもそうだが、桜は意外と作品について語れるタイプのようだった。
好きな事。趣味。ハマれるもの。語れるもの。
ずっと好きでいられるもの。
そういうもののある人が、橘平は昔から羨ましかった。彼は語れるほど好きなことも物もない。走るのは嫌いじゃないから陸上部、映画をみるのも嫌いじゃないから優真とつるむ。特に好きな教科もない。
祖父をぼやっとしてる、なんて思うけれど、祖父にはプラモデル作りという立派な趣味と技がある。本当にぼやついてるのは自分なんだよな、と時折思う。
二人が楽しそうなのは嬉しいけれど、好きや楽しいのオーラがまぶしくて、割り込むことははばかられた。橘平はただただ、語り合う二人をにこにこ眺めていた。早速、桜は優真と友人になれたようだった。
俺も好きなものが、趣味でもハマれるものでも何でもいい。
好きが欲しいなあ。
彼のどうでもよくて、どうでもよくない、昔からの悩みだった。
テントを張った場所に着き、早速夕飯の準備に取り掛かった。
折り畳みテーブルの上にコンロを置き、持ってきた大き目の鍋に、持ち運びが意外と大変だった2Lペットボトルの水を注ぐ。水大変!と言いながら、3人はそれぞれ2本ずつ、リュックにいれたり手に持ったりして上ったのだ。
沸騰したところで、即席ラーメンを3つ投入。味は優真のリクエストで塩だ。
「具はこれ。うちで用意したねぎとわかめ。あと優真が持ってきてくれた手作りチャーシュー、煮卵」
「優真さんチャーシューと煮卵作れるんですか、すごいです!」
「いや、こんなのさ、動画見れば作れるよ。ま、まあお母さんと、だけどさ」
優真は親友の橘平が今まで見たこともないほどに照れていた。こんな反応するのか、と新鮮だったし、友達のちょっとかっこつけてさらに照れる姿は、なんか見てて恥ずかしい気にもなった。お母さんと作った、で、かっこつけるのもなんだか。
「葵兄さんには絶対無理よ、動画見たって」
「桜さん、お兄さん居るの?」
「お兄さんみたいな存在の人。ご存じでしょうか、三宮葵さん」
「知ってるよ、かっこよすぎて!」
魔法とサメにしか興味のなさそうな優真ですら、葵のことを知っている。
橘平は向日葵の幸せな行く末を願いながらラーメンの行方を見守る。
「あのかっこいい人は作れないの?」
「頑張ってはいるんですけれど、全然、料理スキルが上達しなくて。頭はいい方なのですけど。不思議」
「葵さんこそ向日葵さんに料理教わればいいのになー」
と橘平は菜箸でラーメンをほぐしながらつぶやく。向日葵、に優真が食いついた。
「え、ちょ、向日葵さんて」
あ、口が滑った、と橘平は口に手をあてた。鑑賞会に彼女を誘おうとはしていたけど、今口にするタイミングではなかったと。
「え、き、き橘平く、くんは、もしや、ひ、ひま、向日葵さんとお友達、なワケ?」
「う、あ、うん、実は、友達??っていうか」
「なんで!?なんで教えてくれなかったんだよ!?」
「いや、俺も友達??になったのは最近なんだよ、そ、その桜さんのお友達なんだよ、向日葵さんは!」
桜が鍋にスープの素を入れて、橘平が置き去りにした菜箸でかき混ぜる。
「ラーメンできましたー」
男子二人が向日葵をめぐってなんだかんだ言っている間にラーメンはできあがり、桜は丼型プラスチック容器に麺とスープをよそう。慌てて、橘平と優真が具を載せた。
ふわっと湯気があがり、即席特有の食事とスナックの中間のような香りが広がる。
いただきます、と3人は手を合わせる。男子二人は早速割りばしで麺を勢いよくすする。桜はじっとラーメンをみつめ、鼻を近づけじっくり匂いを嗅いでいた。
その姿に、そうだ初めてのラーメンなんだよな、と橘平は見守っていたが、優真が声をかけた。
「桜さん、食べないの?」
「あの、私インスタントのラーメンって初めてでして。まずは見た目と匂いを楽しんでいるんです。じゃあ味も楽しみましょう」
と、桜はずずっと初即席麵を口に含んだ。よく噛んで味わっている。スープも飲む。
その様子を見届ける二人。
ごくん、と桜が飲み込んだ。
二人も桜の感想をごくんと待つ。
「うん、美味しい!」
その笑顔に、よくわからないが男子二人はとてつもなく嬉しくなって、ハイタッチをした。
「じゃ、じゃあ、その僕が作ったチャーシューなども」
かしこまりました、と桜はチャーシューを小さく一口かじる。その小動物のような食べ方が可愛らしいなあ、と橘平はいつも思っている。煮卵も食べて、と優真が薦める。
「どっちも味がしっかりついてて、美味しいです。さっぱりした塩ラーメンと合います!うん、すっごく美味しいな~」
周りはすでに暗くなっているのに、桜だけまぶしい。優真は手を合わせ、うつむく。まるで拝んでいる格好だ。
「え、優真」
「いやなんかさ、桜さん、すっごい褒め上手だね…涙が」
「ちょっと優真さんたら、本当の事言っただけで」
幸次も大粒の涙を流していたが、桜は感動させ上手というのか。
「それが…刺さるよ…。桜さんはそうか、一宮の人だから神なのか、そうだアイドルなんだ…!誰もが信じ崇める最強無敵の一番星!」
「ええ、向日葵さんが優真のアイドルでしょ。浮気?」
「違うよ!向日葵さんは憧れの女性、桜さんはアイドル、そう、偶像なんだ!やっぱり神社の娘さんだ!」
どう違うのか橘平にはさっぱりで、優真からは「辞書引けよ!」と訳もなく怒られた。神か神じゃないか、なのだろうか。
桜は「そんな大した人間じゃ」と恥ずかしそうだったし、ちょっと困惑の様子でもあった。「無敵の笑顔のアイドルです!」と優真は力説していた。
「ああ、アイドルですからスキャンダルには気をつけてくださいね。スキャンダルはノーサンキュー、清いイメージで、正しく美しく、ですよ」
「え…ええ、気をつけますね。そうだわ優真さん。クラシカ・ハルモニの第1期鑑賞会をなさったって橘平さんから伺ったんです。オタクさんの解説付きとか。私も好きなので、ぜひ解説付き第2期鑑賞会にお招きいただきたくて」
「えー!!もちろんですよ!!ぜひ!!」
「日にちはいつなんでしょう。実はその、土日だったらと…」
「じゃあさ、今度の土日はどうですか?春休み最後の土日」
ちょっと、お待ちを、と桜はスマホを取りだした。隣に座る橘平がちらとのぞくと、向日葵にメッセージを送っていた。
「スペシャルゲスト…」
「わ、のぞかないで!」
「ゲスト?」
「もう一人、鑑賞会に興味ある人がいるんだよ。あ、よっしーにも聞かなきゃ」
橘平がよっしーにメッセージを送ると、秒で「承知」と返って来た。
向日葵も「OK!楽しみ!」ということで、鑑賞会の開催が決まった。
それからはテーブルの上のランタンの灯りを囲んで、学校の事、日常のこと、趣味の事、好きな食べ物…「どうでもいい」雑談をした。特に記憶に残るようなトピックなんかない、ただのおしゃべりだ。
でもそれが、今しかない話題を話せることが、桜にとってはとても楽しく尊い時間だった。自分にそんな時間を持てる日が来るとは、思ってもみなかったのだ。
橘平と出会ってから、少しずつ、環境、というよりも気持ちが変化してきた。かちこちの氷のような感情、思想。そういったものが徐々に溶けて。よどみなく流れる、人らしいもの。冬から、春。
本当に「なゐ」を消滅させられるのか、ずっと不安だった。先生の話以上の手掛かりはみつからない、タイムリミットだけ近づく。
それが、彼に出会って、進み始めた。彼なら、友達の橘平となら、きっと大丈夫だ。すべての不安がはれたわけではないけど、そう感じることが増えている。
葵と向日葵もそうだ。橘平と出会ってから少しずつ変わってきている。
菊が亡くなってから、いや生まれてからずっと。二人ともしなくていい苦労を、たくさんの我慢を積み重ねてきている。
向日葵は元から明るく親しみやすい性格ではあるが、苦労や我慢を人に気取らせないように、隠すために、もともとの性分に加えて過剰に「演出」している。先生と出会って目覚めて、好きなファッションやメイクに身を包んではいるが、これもその一つで、元々の趣味より過剰に装っているところがある。
しかし、橘平に出会ってから「演出」が薄まってきている。リラックスした表情が増え、声にも優しさがあふれている。
葵は顕著に人間らしくなってきた。以前は整いすぎている容姿もあって、冷たい機械のようだった。最近は薄い笑顔ではなく、心からの笑顔をみせるし、橘平と話している時なぞはいい意味で隙があって少年のようだ。子供の頃のような彼に戻りつつあると、桜は感じている。
夜もだいぶ深まり、優真が船を漕ぎ始めた。
そろそろ寝るか、と、三人はテントに入っていった。
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