Genius Idol
先日、あさひから「桜まつりの土日は私と神社でご奉仕」と聞いていた通り、権宮司の千里から正式に、葵に依頼の電話があった。
職場のデスクで、樹と和やかに昼ご飯を食べていた時の事である。妻のよう子が作ったという漬物を、樹が分けてくれた時に。
一宮の頼みを断れるわけがない。
はい、わかりました。それしか言えない力関係である。また詳しい内容はあさひから聞いてほしい、とのことであった。
葵は通話を切り、画面を見ながらつぶやいた。
「…何やるんだ俺は」
「うーん、裏方でしょ?荷物運びとか?甘酒配り?お掃除?ごみ収集?」
ぽりぽりと漬物を食べながら、樹は答える。
「まあ、そのくらいなら」
「御朱印だよ、アオイくん」
トイレ帰りなのか、淡いピンク色のハンカチを持ったあさひが、春風のような笑顔で葵の疑問に答えた。
最近は駆除ばかりで、課長を除く課員はみな常に作業服姿である。あさひも同様だ。より性別不詳に磨きがかかる。
「は?御朱印?」
「そうだよ、私と一緒に御朱印担当だ」
と、あさひは葵に後ろからばっと抱きつく。すぐに葵は、その手をどかした。
「おい、俺は一度もそんなもの書いたことないぞ。お前か、俺に書かせようなんて言ったのは。好きだな嫌がらせ」
「確かに企画したのは私だが、いろいろな案の中から最終的に了承されたのは吉野様だよ。先輩に対して口の利き方がなってないな、直しなさい」
何年か前。お伝え様でも流行に乗って御朱印帳を作ってみたそうなのだが、思った以上に在庫を抱えてしまっているらしい。
そこで、村だけでなく近隣からも多くの参拝者、花見客が訪れる桜まつりを活かして、これを少しでも解消しようと考えた。
ということで、今回通った企画が「お伝え様オリジナル御朱印帳を授かると、葵君に御朱印を書いてもらえる」…というものだった。
「あらあ、意外と俗っぽいことを…どっかのアイドル戦略とか、一つ買うと一つおまけがつくキャンペーンのような」
「それはまあ、神社と言えど、だ。仕方ないね。ちなみに私はお伝え様以外の御朱印帳担当だ」
「俺は神職じゃない。ただの地方公務員だ」
「資格は持ってるじゃあないか。それに、字がきれいな一般の人を雇って書いてもらうこともあるんだから、アオイくんでも無問題だよ」
「字はきれいじゃない」
「決まったことだ、諦めなさい。練習セットを持ってきたから、あとで渡すね」
清掃やお守りの巫女バイト程度だとばかり思っていた葵は、頭を抱えた。一宮の当主である吉野の決定ならば、確かに覆すことは不可能である。思っていた以上にしっかりした仕事で、しかもこれでは客寄せパンダ。
誰もが目を奪われるような人間でありながら、学級委員長、生徒会長…とにかく前に立つのが、目立つのが苦手な葵の、最もやりたくない、利用されたくない部類である。
「そもそも、俺が書くからって捌けるとは思えないんだが」
「けっこーいけると思うわよ。村、っていうかこの辺の街も含めて、アオちゃんは一番のアイドルだからね!握手も加えたら~なんて!僕並んじゃう!」
「いいアイデアだね樹ちゃん!握手付か。言い方は悪いが『売れそう』だ。吉野様に提案してみよう。ハグも加えるか、それはやりすぎだな、うん」
話が聞こえていた隣の自然環境課の女性たちも、それなら御朱印もらいに行こうかな、などと寄ってきた。
「え、本気で言ってますか?いつも同じ部屋にいる俺ですよ?」
本気だよ~、と女性職員はきゃあと返す。しかも一人は子持ちのご婦人だ。
これで2冊はけた本当に来てね、とあさひは満足そうだ。
そこへ伊吹と向日葵が、「さあお昼ご飯だ!一緒に食べよう!」「そっすね!ハラ減りました!」「今日はタケノコご飯弁当なんだよ!」「見せてください!」、などとわいわい言いながら駆除から帰ってきた。駆除も手馴れてきたもので、こんな雰囲気で帰ってくることも増えてきた。
部内に入ったとたん、二人の前には、机にうつぶせてどんよりした雰囲気の葵と、その周りで楽し気に談笑する職員たち、という極端な光景が広がっていた。
「君たち、葵君をいじめているのか?一番若い子を囲んで!パワハラだぞ!」
違うわよ~、と樹が理由を説明した。それを聞いた伊吹は、なんだそれは、と軽く笑いながら、頑張れと葵の肩を叩いて席に戻った。
この周りの反応とは裏腹に、向日葵はこの状況を笑うことはできなかった。
後頭部しかみえない葵を反対の席で見下ろしながら、「早くどうにかしないと」という焦りを感じていた。
退勤時間を迎え、一時間ほどが経った頃。
どうしてもひと段落させたい仕事があった向日葵は残業をしていた。室内には同じく残業をする葵。二人きりである。
なんとか目途がつき帰ろうとしたところ、環境部の入口にひょこっと八神幸次が現れた。
「向日葵ちゃん、帰る?」
「あ、はい、これから帰ろうと」
「ちょっと、ちょっとだけ時間いいかな」
と、幸次が雑誌を手に向日葵の席へ寄って来た。その雑誌を彼女の席で広げる。
「実は君らにアクセサリーをプレゼントした翌日から、彫金を学び始めてね。ああ、金属でアクセサリーを作る技術ね。君たちにあげたのは既存のパーツを改造したものでさ、今度は自分で形を作れたらと」
「わお、特技がどんどん広がってますねえ」
「向日葵ちゃんと桜ちゃんが、あんなに喜んでくれたからさあ。あ、今日もつけてくれてるね、ペンダント」
だって、めっちゃ素敵だから、と向日葵は幸次に愛くるしい笑顔を見せる。
幸次はその笑顔に、今日の疲れがふっとんだ。
「奥さんと母に練習で指輪作ったんだけど、これがすごーく評判でさあ。向日葵ちゃんもどうかな、指輪好きなら作ってあげたいなあって」
「ええ!?いいんですかああ!?やたー!は、お金は」
「いらないいらない。いつも橘平がお世話になってるし。それにまだ始めたばかりだから。じゃあサイズ測っていいかな?」
わーいと向日葵が手を差し出すと、幸次は「どこに付けたい?」と聞いた。指輪を付ける位置で意味合いが違うんだって、と持ってきた雑誌のページを開く。
「え~じゃあ…右の小指!ピンキーで!」
「一つでいいの?」
「ええ、じゃあ…右の薬指」
了解、と幸次は近くの椅子を持ってきて座り、カバンからリングゲージを取り出す。向日葵の指にはめてサイズを確認し、メモした。
「分かった、ありがとう。じゃあ好きなデザインさ、本から選んで。付箋と、サインペンかなんかで印付けて」
そして幸次は、パソコンの電源を落とした葵の方に椅子を向ける。
「はい、葵君も手、出して」
「え?いや俺は」
「メンズ用の練習したいんだよ」
はあ、と葵は仕方なく手を出した。どの指がいいか聞かれたが、「どこでも。ああ、デザインもなんでも」と、適当に答える。サイズを測り終えた幸次は、
「うん、ご協力ありがとう。じゃあできあがったら声かけるから。最終調整するからうち来てもらうかな。じゃあお疲れさま」
と、去っていった。
「わー楽しみだなあ!!さて、私も帰りますわ。お疲れサマ~」
「あ、俺も帰るよ」
部屋の電気を消し、二人で廊下にでる。
「練習とはいえ、ブランド物と見分けがつかないクオリティのものが出来上がってくるんだろな、きっと」
「だろうねえ。このネックレスも、ほんとすごい。素人のハンドメイドじゃないよ」
「二人そろって八神課長に本物みたいな指輪作ってもらうなんてさ」
「ん?」
「タカってるみたいだよな。タダだし」
向日葵は、さすがに今回は面白いことを言ってくれるに違いない、指輪だぞ、と期待してしまった。期待した自分を殴ってやりたかった。
抜けてるみんなのアイドルに淡いモノを期待してはならない。分かっているはずなのに。
「…ソウデスネ。ねえ、それより」
向日葵には午後からずっと気がかりなことがあった。
いつ言い出そうか迷っていたが、職場では誰に聞かれているかわからない。しかしほとんどの人間が帰り、周りに誰もいない今なら。
「御朱印のこと…」
「…そろそろ、何かしら、させられるだろうな、という気はしてた。にしても客寄せはひどいな。絶対、あさひが初めに言い出したんだ」
平気そうに見せているが、きっと彼は、今すぐ泣きたいに違いない。体は鍛えてきたが、精神は絹糸のように細いまま成長してしまった。それなのに、周りは彼に我慢を強いる。真面目だからそれに答える。先日の青葉に対するような感情の高ぶりは、今までほとんど見せたことがなかった。そろそろ限界かもしれない。
向日葵も葵も、村の引力に抗ってみようと試みたことがあった。やってみたいことに挑戦しようもなぜか妨害され、上手くいかず、二人ともここにいる。
どうしようもできない、あらがえない。
幼い時から菊と桜を-菊は亡くなってしまったが-守るように、面倒を見るように言い聞かされてきた二人。ずっと一宮に、封印に振り回されるわけにはいかないのだ。
そのためにも、やはり悪神を消滅させるしかない。そうして桜とともに歩んできた。
人目は…ない。
向日葵はそれを確認し、葵の手、ではなく指…というより、真ん中三本指の爪の先端をぎゅっと握った。
「私の前では泣いていいんだよ。また二人でご飯食べよ」
そしてぱっと放し、全速力で駐車場へ向かっていった。いつ人が現れるかわからない場所での、彼女の限界だった。
葵は握られた爪を見つめ、ぽつんと玄関に立ち尽くしていた。おもむろにカバンから電話を取り出す。相手が出る。
「今日は?」
ダメ、と言われてしまった。
なんで、と反論すると、「筆の練習しろ!筆!」と返ってきてぐうの音も出ないのだった。
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