二人で有休、しちゃう?
ヤカンに水を入れ、火をかける。沸騰までの長いようで短い時間。シンクに両手を置き、向日葵は台所の窓の外をぼんやり眺める。
横に葵がやってきた。彼は向日葵が一人で台所に立つと、頼んでもいないのに手伝いにくる。
「さっきの有休の話、ちょっと思ったんだが」
「何を?」
「同じ日に有休申請するのって、偶然って思ってもらえるのか。それとも」
「…それとも?」
この不器用が一体、どんな面白いことを言ってくれるのか。向日葵は少し期待する。
「俺に嫌がらせか、とか課長なら言うかもな。残業したくないから」
「は?」
期待するような言葉はなく。肩透かしをくらってしまった。
「まあ現状、同じ日に2人消えるわけにはいかないからな。休日出勤、ないといいな」
それだけ言うと、葵は茶箪笥から緑茶の入った茶筒を取り出し、向日葵が洗っておいた急須に茶葉を入れ始めた。
肩透かしも何も、二人の関係を邪推する者は部内にはいないし、邪推されたらどうなるかわからない。絶対されてもいけない。向日葵はもやもやと切ないと悲しいと諦め、そんな気持ちがいっしょくたになった。
はあーあ。
そのすべてをため息に乗せる。
どうした?と葵は声をかけ、どんどん距離感を破壊していくのだった。
「ねえねえ、鑑賞会本当に行きたいんだけど。ひま姉さんも興味あるみたいだし2人で行ってもいいかなあ。お友達、挙動不審になんてならないよ。ひま姉さん話しやすいし、すぐ打ち解けるって。親しみやすい、会えるアイドルだよ」
「アイドルかあ…恩返しに向日葵さんを連れて行くのもアリか。うん」
真冬のイルミネーションのように一斉に。ぱあっと明るい笑顔が点灯する。
「ありがとう!橘平さんのお友達ともお友達になれるかな」
まあ変だけどいい奴らだよ、と返したが、自分以外にも友達が増えていくことに多少のさみしさもあった。先日「クラスメイトとお近づきになれた」という話を聞いた時も、ほんのりと感じた。
桜は自分だけのものでもないし、むしろどんどん、友達を作るべきだ。
橘平だって友達はいる。桜だけが友達じゃない。よく分からない感情で気持ち悪いけれど、桜の一番の友達というポジションだけは守りたいと思うのだった。
そんなこんなで本日はお開き、次に4人で会うのは桜まつり。
それまでに、桜単独で家の捜索、橘平は犬の散歩ついでに鳥居探し。そして野宿の会。成人組は辛い通常業務の日々。
桜はバイクに乗って帰っていったが、本日橘平は向日葵に送り迎えをしてもらっている。
はい乗って~と言われ、乗り込もうとしたが、橘平は「すいません、忘れ物」と古民家へ戻った。
玄関を開けると、ちょうど葵が台所へ向かうところだった。
「忘れ物か?」
橘平は家にあがり「ちょっといいですか」と葵に近づく。
「実はこの間、酔っぱらった向日葵さんからまた電話がありまして」
葵の心臓が深く跳ねる。知らんふりをするか否か。
ここは顔にも出さない、動きもしないことを決めた。
「あの時、向日葵さんの隣に誰かいたっぽくて。それ、葵さんですか?それがどうしても気になって」
無表情を貫く葵。橘平がこの後、何を話すのか、ドクドクするが、何があっても動じない、と心の中で唱える。
「…なんで気になるんだ?」
もし隣にいたのが違う人だったら、葵さんは…。
気になって尋ねてしまったが、この話題はするべきじゃなかったかもしれないと、橘平は後悔しはじめた。
しかし口にしてしまったからにはと、自身の思いを伝えた。
「心配ですよね、向日葵さんがお酒飲んだら。隣にいたのが葵さんだったら、葵さんが側で心配できるから、そうだといいなって」
まっすぐに、葵に思いを伝える姿勢。
橘平なら「大丈夫」だと思えた。
「…俺だよ。隣にいたの。舎弟のきっぺいに電話したの、見てた」
橘平はほっとしたと同時に、隣に居たのが彼で良かったと心底思った。さっきまで心を読ませない顔だったが、今はよくわかる。
「近くで心配できて良かったですね」
生意気だな、と葵は橘平の頭をぐしゃぐしゃにする。
「電話の内容、誰にも言うなよ。向日葵にも絶対」
「それは、はい、絶対守ります。ところで話に出てきたポンコツって葵さん?」
葵は下駄箱の横の箱から靴ベラを取り出し、「メガネ外すぞ」と脅す。
すいませんすいません、と橘平が謝っていると、「きっちゃんまだー?」という大声とともに向日葵が玄関をがらっと開けた。
男子陣はびくっとし、聞かれてなかったよな、はい大丈夫、とアイコンタクトをとる。
「今行きます!」
「そうそう、帰りにうち寄ってくれる?」
「向日葵さんち?」
「義姉さんとタケノコの煮物とかご飯とかいっぱい作ったのよ。お裾分けしたいからさ。お家の人と食べて」
あ、うちもタケノコ、父さんが取ってきました!そうかい、などいいながら、二人は玄関を出ようとする。
その二人の後ろから声がかかった。
「え、俺には?」
その声にぴたりと向日葵は立ち止まり、「な・に・が?」と言いながら声の主を見る。橘平もそちらに振り向く。
「いや、俺にもタケノコご飯とか、夕食に」
「子供か!自分で作れ!」
ぴしゃんと玄関が閉められた。
「いいんですか、タケノコ」
「いいんだよ、自分で作らないとねえ、料理はうまくなりません。学生時代、納豆だの卵だの混ぜてただけのツケだな」
少年は車での葵との会話を思い出す。
天然じゃなくて、そう振舞ってるのかもしれない。
「あれ、わざとですかね?」
「…さあ。前はあんなこと言わなかったのになあ」と苦々しい顔をして車に乗り込んだ。
そういう顔はしつつ、少しくらい持っていってやらないこともない、とも考えているのだった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
評価、ブックマーク等、励みになります。
よい一日をお過ごしください!




