身一つで立つ場所②-情緒がない!
やはり、向日葵の動きは速い。柔らかくてすべていなされる。それでいて力強さと体力もあり、簡単には疲れてくれない。葵はすれすれで技をかわすのに精いっぱいで、自らの技を出すことができなかった。
向日葵は向日葵で、すべて寸前でかわされ、技が入らないことにやきもきする。他の男性陣ならもっと余裕で技があてられるのに、と。
ばて始めた葵の隙をみて、向日葵は変体斜状蹴りを放つ。あっとした葵だがそれをかわして抑え、倒れた向日葵にえ字突きを入れた。
そこで試合終了、葵の勝利で終わった。保護者たちは「良いものみた」顔で溢れている。
「…葵が…勝った」
実を言うと、葵も勝てるとは思っていなかった。本当に向日葵は強い。まさか勝つとはと、自分でもびっくりしていた。嬉しいはずなのに、なんとなく向日葵に対して申し訳ない気持ちが湧いてきた。
向日葵はうっすら涙を浮かべている。
「えと、向日葵」
「リベンジ!」
彼女は勢いよく立ち上がり、葵を指さして
「次は勝つから!!もう負けない!!」
試合終了のあいさつもそこそこに、ずんずんとコートから出て行った。挨拶が適当だと、唐揚げ課長に叱られていた。
稽古後、橘平は向日葵に動画を桜に見せていいのか聞いてみた。彼女が負けてしまった試合だ、あまりいい気もしないだろう。
「え?いいよ。撮っていいって言ったわけだし」
「あ、じゃあはい。見せます。今度家来るし」
「はあ、あんだけ宣言したのに負けちゃったよ。恥ずかし~いままでほとんど負けたことなかったんだよ?くやし~次、次勝つからね!」
そう言って、道着からスカイブルーのジャージに着替えた彼女はよく見る笑顔で帰っていった。
橘平の背後から葵がお疲れ様、と声をかけてきた。
向日葵に勝ったというのに、なんだかうれしそうではない。敗北のようなオーラを放っている。その理由は全く橘平には分からないけれど、こういう時こそ、自分がお役に立てるのだと、葵の手を取り、お守りを描いた。
「は?なんで?」
「葵さん、勝ったのに負けた顔してるから。うーん、あったかい気持ちになれるように、かな?」
〈どうだった?〉
〈葵さんが勝った〉
〈えええ!?そうなんだ!?〉
〈うち来た時動画見せる!接戦だった!〉
〈楽しみ~妹の看病今日までだから、明日は行けるよ!〉
〈まじで?OK明日来て!〉
古民家に戻った葵は風呂に入って汗を流した。そして朝に炊きっぱなしだったご飯で不格好な握り飯を作り、とりあえず腹を落ち着かせる。
そして今、電話をかけようか、それともメッセージを送るかで悩んでいた。相手は向日葵である。なんと声をかければいいかもわからないけれど、向日葵と一言でいいから言葉を交わしたいのだ。おやすみなさい、だっていい。
橘平には「互角」と言い張っていたが、負けるというのも少し恥ずかしかったのだ。圧倒的に負けるわけでもないから、そう間違いじゃないだろうというだけの。
実際勝ってみると、彼女のアイデンティティを奪ってしまったような気持ちになってきたのだ。剣でも能力でも圧勝な葵、それが体術まで。二人の関係のバランスが崩れたりすることはないか、と心配になってきた。
ごんごん、と玄関を叩く音がした。こんな時間に誰だ、と玄関を開けると向日葵がビニール袋を提げて立っていた。あがるよっ、とそのままソファのある部屋に直行する。
向日葵は椅子をどかしてカーペットにどっかと座り、葵にも隣に座るようカーペットをバンバンと叩いて促す。葵はとりあえず、促されるままに座った。
テーブルにビニール袋を載せ、向日葵が取り出したのは500mlのビール缶二本。
「あ、おい!なんで酒なんか」
「飲まなきゃ!飲まなきゃあ話せない気がするから!だって今話せないもん!!すっごく話したいのに!!」
「はあ?ぶっ倒れるだけだろ」
とビール缶を奪おうとすると、向日葵が両手に抱いてダンゴムシになり阻止する。
「ぶっ倒れたら兄貴呼んで」
「何時だと思ってるんだ」
「ヤツは来る。大丈夫」
ビール缶を二本ともあけ、一本を無理矢理、葵に飲ませた。樹から聞いたのと同じ手法である。なんとか怪力の向日葵の手を払う。
いきなり飲まされ、悪酔いしそうだった。
向日葵もぐいっと飲み始めた。
「あ!!飲むなって!!」
半分ほど流し込み、顔が真っ赤を超えたところで、向日葵は葵をぎゅーっぎゅーっと抱きしめた。
「痛ぁっ!」
「嬉しかった!!!」
「はあ?!」
「葵が素手で私に勝ってくれて、すっごく嬉しかった!だって、葵はいつも何かに頼ってたから。有術とか刀とか。優れてるのは自分じゃない、生まれつきの能力。俺はダメだ、何もできない、だからモノに頼る。本当はできる奴なのに、自分にとことん自信がない。自分の力を信じられない。そこがね、私はずーっっっとやきもきしてたのさ。だから、素手じゃ私に勝てなかったの。私は分かってたのよ。本当は私によゆーで勝てるのに、最後の最後で自分の力が信じられなくなっちゃって、負けるの。あとあれか、遠慮もしてたかな。有術は、剣は、自分じゃないから、一人じゃないから自信がある。でも自分一人、頼れるものがなくなるとそう、うん、葵は葵に負けてた」
光を反射しないほど真っ黒な彼の瞳をじっと見つめる。
「これでもう大丈夫だ。葵は自分に自信が持てた。良かった。『なゐ』とも戦える。私の分までぶっ殺して。ああ、そうきっとこれは」
へへへー、と気の抜けた顔になった彼女はあの名を呼ぶ。
「橘平ちゃんのおかげだ~」
また橘平か。
でも今では葵も、その名が出ることに疑問は湧かなかった。
葵が向日葵を抱きしめ返そうとすると、彼女は爆発したようにきゃはは、ぎゃははと高い声で笑い始め、ジャージのポケットからスマホを取り出した。
テーブルの上で電話帳を検索し、かけた相手は〈舎弟のきっぺい〉だった。
「おい、また少年に電話って」
橘平はすぐ電話に出た。なんですか~ひまわりさ~んと眠そうな声だ。その声を聞くと向日葵は大声で笑いながら、
「わー、きーちゃんこんばんは~あのねー、わたしはあれよ、酒の力に頼らないと、言いたいことが言えない、さいてーのにんげんなの~あはははは!!!」
え、はあ…と橘平が声というより二酸化炭素を吐き出して答えると、ふっと向日葵は陰のある表情を見せた。
「お酒にも、橘平ちゃんにも頼らないで、本音を言えるようになりたいな…」
しんみりしたところで、また突如笑い袋のように高い声で爆笑しはじめ、今度は「とんでもない昔話」を始めた。電話越しの橘平はばっちり目が覚めてしまったことだろう。葵も血の気が引いた。
「お、おいそれ…!!」
このままいくと、橘平が思う日本刀の君の尊厳にかかわる話に発展しそうだったので、葵はくねくねと逃げる向日葵から何とか電話を奪い取り、即、通話を切った。
直後、彼女は泣き出し、彼に抱き着いて大量に嘔吐、気を失った。
「情緒…」
泣きたいのはこっちだという気持ちだが、とりあえず葵は向日葵を横にし、お互いの服についたものとカーペットに落ちた嘔吐物を処理。それから樹に電話した。
すると彼も酒を飲んでしまっていた。自分も無理矢理飲まされたと葵は告白する。
「え~…ホントゴメン、妹がご迷惑を…どうしようかな…じゃあまたゴメンね、なんだけど、一晩そこに泊めてくれるかしら?明日の朝うかがうわ」
試合元ネタです…。
https://www.youtube.com/watch?v=ozYt9HMk67U&t=6s
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ごきげんよう。




