身一つで立つ場所①-頼れるものは自分だけ
橘平は午前中、ゆるーく陸上部の練習があった。
それを終えてスマホを見ると、向日葵からメッセージが入っていた。
〈今日の稽古、葵くるよ~!!〉
これを見てすぐ、橘平は〈すっごくワクワクする!〉と、桜にメッセージを送った。桜も行きたくて仕方なかったが、今日までは妹の面倒を見ることになっていた。また辛さを味わう。
〈橘平さん!!動画撮ってきて!!〉
〈りょーかい!〉
「アオちゃん、ここ最近、剣術ばっかりみたいね。躰道来ないの?」
息抜きにコーヒーでも買おうと休憩スペースに来た葵は、自販機の前で樹からこう声を掛けられた。
「あー、そろそろ行った方がいいか」
「そーよ、鍛えなきゃ!いっぱい鍛えなきゃ!僕も今週から毎週行くって決めたの。剣の方もね。春休みだし!大人だけど!最近ほら、いろいろ忙しくてしばらくお休みしてたから!」
樹は発達した上腕とともに、葵の上半身を手でばんばん叩きながら「しっかりしてるけど、まだまだよ!一緒に鍛えよう!」などと言う。樹の隣にいる二宮蓮も、そうだよ一緒にさ、といいつつ、
「君、剣術は強いけど、素手はそうでもないじゃん。久しぶりに君がひまちゃんにぼっこぼこにされるの、すっごく見たいな」
という余計な文言も付け加える。蓮はレディース服のSサイズが合うほど、男性にしては華奢で小柄で、一見すると害がなさそうだが、実は性格に難しかない。言い方にトゲがあり、特に葵によくつっかかる。
「やだレンちん!アオちんもけっこー強いでしょ!ぼこじゃないわよ、コツンよ!そうだわ、今日じゃない、ねえ今日の夜さあ、一緒にケイコ、しよ?」
樹の邪気の無さすぎる圧と体格の圧に負け、葵は稽古に参加することになった。もちろん、樹も蓮も参加する。席に戻った樹は、早速向日葵にも「今日アオちゃん来るわよ~!僕もね!」と報告した。
からの、即、橘平にメッセージ、である。
そして稽古の時間がやってきた。
稽古場は18時から開き、18時30分から子供たちが準備運動や基礎練習を始める。大人たちが集まるのは19時であり、それまで中高校生たちが先頭に立って稽古を行うのだ。橘平も18時から稽古場にやってきた。今日から道着も着ることになり、より稽古への意欲が増す。
しかし、今日はなんだか保護者の数が多い気がする、と橘平は感じた。
18時20分ごろ、道着を着た向日葵はがっしりした大柄な男性と、小さな男性、二宮蓮とともにやってきた。橘平と蓮はすでに挨拶程度の仲であり、今日もこんばんはを交わす。蓮はそのまま子供たちの方へ向かった。
このがっしりした人、なんとなくは顔を見たことがあるけれど…。と橘平は記憶を探る。
「きーくん!こんばんちわ~」
「向日葵さん、こんばんは」
「やだあ、道着似合う~かわいい」
「最近入った子?」
がっしりした男性が向日葵に尋ねる。
「そうだよ。きっぺいくん。あ、きーくんこっちは」
「きっぺい!?〈舎弟のきっぺい〉!?」
柔道場が吹き飛ぶほどの大声。がっしりした男性は目が飛び出るほど大きく見開き、橘平を凝視した。なぜその名を知るのか、橘平も大きく見開く。お互い相手と目が離せない。
「あ、あ、あなたがひまちゃんの、お、思い人…?こ、高校生よね?」
「えええ??な、なに言ってるんですか!?」
「兄貴、何変な事言ってんだよ!この子はただの高校生で舎弟!この未成年にそんな気持ちあるわけないだろ!ってかなんでその登録名を」
「だだだだだって、ひまちゃん、お酒飲んでこの子に電話してたじゃない…」
「ああ!!あれは…ちょっとこっち!」
と、向日葵は兄を連れて外へ出て行った。あれが向日葵さんのお兄さん?がっしりしてる…なあ…と橘平は二人の残像を見ていた。
葵が柔道場にやってくると、表で二宮兄妹が言い合っていた。
あのカワイイ系の男子高校生がきっぺーなの、女性じゃないの!?はあ、何バカ言ってんだ!!だってえ…と。
ついに〈舎弟のきっぺい〉に出会ってしまったか、とため息をついた。
「樹ちゃん」
「ああああアオアオアオちゃん!僕ついに〈舎弟のきっぺい〉に」
「あの子の名前を借りてるのかも。事情が、ほら」
樹は、は!と息を吸い、そうか、そういうことなのね…と妹を切なげな眼でみつめ、「僕は応援する」と言って稽古場へ戻った。
「ええええ、な、何何??」
「…暴走してるだけだから」
俺のせいで、と心の中で謝罪し、葵も稽古場へ入っていった。
戻った樹に、橘平は「ゴメンね。僕、樹。よろしくね」と話しかけられ、しかも向日葵以上の力で抱きしめられた。何がゴメンか理解できなかったし、骨がきしんだ。
本格的に稽古が始まった。やっぱり今日は人が多い。絶対的に多い。さらに増えている。よく見ると、橘平の母もいた。恥ずかしくて仕方ないが、田舎は情報が早いので、葵のことが何かしらのルートでバレたのだろう。
前半は基礎稽古。コートを分けて半分が子供、半分が有段者。まだまだ初心者の橘平は端っこの方で向日葵から丁寧に教わる。
ちらっと有段者コートに目をやると、葵たちが技の稽古をしている。保護者の皆様はまったく自分の子供を見ていない。
そのうち子供と大人合同でバク転やバク宙の練習も始まって、アイドル並みの視線がたった一人に注がれていた。
何あの人、バク転もバク宙もできるの。
橘平も一度は葵にくぎ付けになったが、向日葵と蓮のほうがバク転は上手い。アイドルよりもそちら二人の動きのほうが、橘平をワクワクさせた。
休憩時間の時、向日葵に「桜から動画を頼まれた」と話した。撮ってもいいか一応許可を取らねばと思ったのだ。向日葵は快く許可してくれた。
稽古の後半、有段者たちの試合形式での稽古が始まった。子供たちはその動きをよく見る稽古となす。躰道の試合は体重などでクラスが分かれたりしないため、練習試合も体格は関係なく行われる。
初めて葵の試合を見た。妖物相手でも人間相手でも洗練された、刀のように切れ味が鋭い動き。相手は蓮だったが、二人はわりと互角のようで、技を繰り出しあうもなかなか決定打が出ない。身長差はかなりあるものの、それぞれの体格をいかした動きで、試合は進む。引き分けで時間切れとなった。
向日葵は男性陣を身軽さで翻弄し、余裕の表情で勝っていた。他にも女性は居るが、彼女らでは向日葵の相手にはならないらしく、試合は行われない。
ついに、橘平が見たかった対戦が始まる。葵と向日葵だ。助け合って戦う二人しか見たことがない橘平は、興奮で動画がブレそうだった。こんなとき三脚があれば。隣の小学生に「三脚持ってる?」と聞いてみたが「ないよ」と返って来た。
さすがに向日葵相手は危ないのか、葵はメガネを外す。ギャラリーははわ、っとなった。
「すいませ~ん、ギャラリーの方々。皆様のアイドルけちょんけちょんにしちゃいます!今から謝っておきまーす!」
と元気よく向日葵は宣言した。
保護者含め大半の人間は向日葵の強さを知っているし、長く通っている人はこの二人の対決を何度か見ている。
むっとはするが、まあ仕方ないと飲み込むところはあるのだ。葵が向日葵に勝ったところは、ほとんど見たことがないのだ。
蓮はコートに立つ前の葵に「久しぶりにかっこ悪い君が見られるね」と余計なことを言った。
俺はいつもかっこ悪いけど。
その思いで葵はコートに立つ。
周りからの評価にはいつも納得がいっていない。自分の何がかっこいいのか、素敵なのか、優秀なのか、全然わからない。
一人じゃ何もできない人間だから努力しているのに、家族が医者だから勉強ができて当たり前、有術も見た目も持って生まれの物。努力は評価されたことがなかった。自分の持っているもの、どれにも自信がない。
だから、身一つで立つ場所は、無意識に委縮してしまう。
自分しか頼れない場所で試合が始まる。
バク転、バク宙はほんとです。動画などご覧ください。
知人の躰道家もやってます。
それでは、ごきげんよう。よい一日をお過ごしください。
本エピソード読後、こちらの短編もどうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n3734jb/5/




